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ナボール達のアジトは、以前にカヤノが囚われた砦と似た、まだ砂漠ではないが乾燥して荒れ果てた荒野のような場所にあった。
あの砦に比べると質素で周囲を取り囲む岩場に埋もれてしまいそうだが、身を隠すにはこれぐらいの方が良いのだろう。
視界が開けていたあの砦とは違い、人目を避けるようにして建っていた。
「ガノンドロフから隠れて、それなりの人数を組織するには好都合ですね」
「でも攻め難い場所は守り難くもある。展望が利かない場所は見付かり難い反面、見張りも困難だからね。かなり気を利かせて警戒しないと駄目なのさ」
確かに、このように岩場に隠れるようにして建っているのであれば、逆に敵が岩場を盾にして近付く事も可能だという事。
それを示すかのように、あちこちをゲルドの女戦士達が巡回していた。
以前 囚われたあの砦より厳重そうだ。
ただ広さ的にはこちらの方が狭いので、以前あの砦に居た者の話では、負担はそこまで変わらないらしい。
カヤノ達は広間に通され、そこで今後を話し合う事になった。
屈強なゲルドの女戦士達が味方になってくれるなんて心強いが、一人の戦士が怪訝そうな顔で口を開く。
「ナボールの姐御、本当にこのお嬢ちゃん達を引き入れるんですか? 私は反対です。役に立つかどうかも分かりゃしない」
「何を言うんだい、こんな時に」
「他にも不満に思っている者なら居る筈です」
その言葉に、数人の戦士が頷くのが分かった。
確かにカヤノ達は十代後半、年も経験も浅い。
屈強な戦士達から見れば仲間として役に立つのか疑問だろうし、一方的に守られるだけでは足手纏いになりかねない。
その言い分も分かるだけに、ナボールは一言で部下を黙らせられない。
困ったね、と言いたげな顔で頭を掻くナボールに、ならば手合わせでもして実力を見せるしか無いかとカヤノ達は思うが。
ダークやナーガは力を示せるかもしれない。
ナビィは妖精なので免除して貰えるだろう。
しかし自分はどうだろうかとカヤノは考える。
魔法の実力はだいぶ付いたが、だからこそ手合わせとなると不安だ。
対人戦で相手を傷付けない戦い方が出来ない。
しかし、解決策は向こうから提示してくれた。
「なあカヤノ。誰か乗馬や弓矢が出来る奴は居るかい?」
「え?」
「アタイ達ゲルド族では、乗馬や弓の腕が立つ者が認められるのさ。片方でも良いけど両方出来るなら尚いい」
それを聞いたナビィが嬉しそうにカヤノの頭上を飛び回る。
「それなら好都合じゃない! カヤノは乗馬も弓矢も大得意なんだから!」
「ええ。両方とも……。……え? ナビィ、あの、私……」
「へえ、カヤノあんた両方出来るのか。流鏑馬は知ってる?」
「え、あ、はい。出来ます」
走る馬上から、弓矢を用いて的を射貫く流鏑馬。
元の世界に居た時、祭事で何度もやった事がある。
少し離れた所に練習場があるのでそこでやろうという事になり、カヤノ達はナボール達に連れられて向かうが。
今、カヤノの心に巡るのは一つの疑問。
『カヤノは乗馬も弓矢も大得意なんだから!』
ナビィは先程、ナボールの言葉にそう答えていたが。
「(私、ナビィの見てる前で乗馬した事あったかな?)」
唯一あるとしたら、ガノンドロフがクーデターを起こしたあの日。
リンクを時の神殿へ行かせ自らは囮となってガノンドロフから逃げた時だろうか。
しかしナビィはリンクに付いて行ったので走り出した所ぐらいしか見ていないだろうし、あれだけで“乗馬が大得意”なんて判断は出来ない筈だ。
“乗馬経験がある”だけならともかく。
なのにあの言い方。
大得意なんだから! なんて、確実に知っている言い方だ。
“カヤノの乗馬をじっくり見た事がある”と言える程の確信をナビィは持っていた。
弓矢の腕に関しては数年前、城を抜け出したゼルダと遊んだ時に的当て屋で見せたが、乗馬の腕に関しては話をした事すら無いのに。
疑問には思うが、どうにも訊ねられない。
大した事ではないから訊けば良いのにと自分でも思うが、何故かこんな事で、気心が知れている筈のナビィに何も言えなくなる。
……そう言えば、迷いの森で初めてナビィに会った際、彼女はカヤノの事をデクの樹から聞いていると言っていた。
元の世界でカヤノがどんな生活をしていたかも聞いているのかもしれない。
きっとそうだ、そうに違いない。
そう思うのに何故か、カヤノの心は落ち着かない。
落ち着かない理由すら分からなかった。
++++++
流鏑馬で十分過ぎる程の腕前を披露したカヤノは、ゲルド族に認められ彼女達と共に生活している。
女性だらけの中でナーガはともかくダークは気まずいのでは、とほんの少し思ったカヤノだが、予想通りと言うか、全く気にしていない様子。
その端麗な容姿に“そういう目的”で声を掛けるゲルド族が居るものの、微塵も意に介する事なく淡々と拒否していた。
手合わせの申し込みの方には、一も二もなく応じていたが。
……ちなみにカヤノの方にも“そういう目的”で声を掛ける者が複数居た。
言うまでもないがゲルド族は全員女性である。
今も一人の女戦士に呼び止められており……。
「あら、あなた少しお肌が荒れてるんじゃない?」
「え……あ、荒れてます?」
「この辺り乾燥してるもの、無理もないわ」
「それにしてはお姉さん達、大丈夫そうですよね」
「まあねぇ、生まれが砂漠だからそもそも乾燥に適応してるってのもあるけど、ちょっと良いマッサージ知ってるのよ、やってみない?」
「良いんですか?」
「ええ。今夜にでも私の部屋に……」
と、そこまで言った所で女戦士が視線をカヤノの背後にやり、何かマズいものでも見たかのように顔を引き攣らせる。
疑問符を浮かべたカヤノが振り返る前に慣れた声が聞こえた。
「まったく、油断も隙も無い」
「ナボール姐さん……!」
「ナボールさん?」
「意味も分かってない うぶな子を騙くらかしてんじゃないよ、無理やり手ェ出したら許さないからね!」
呆れた様子で怒るナボールに、女戦士はすみません! と慌てて逃げて行く。
なぜ彼女が怒っているのか分からないカヤノは、妙な雰囲気だけは感じ取って怖ず怖ずと訊ねた。
「あの、ナボールさん。どうして怒っているんですか?」
「……アンタはアンタで心配だねぇ。危うく食われる所だったんだよ」
「食べっ……!?」
「ああ違う違う、そのままの意味じゃなくて、こう、性的な意味で」
そうハッキリ言われては色事に疎いカヤノも理解せざるを得ない。
同性同士で、なんて世界がある事も噂には聞いた事があるので、その世界に足を突っ込む所だったと思うと妙にドキドキしてしまう。
「だ、だけどあのお姉さん、マッサージって……」
「マッサージにかこつけて体中触られるに決まってるだろ? そういうのが好きだってんなら止めはしないけど」
「え! あ、いえ、その……!」
知識も経験も足りない頭でした拙い想像でも、カヤノは頬を朱に染めてしまう。
そのまま困ったような顔で俯き黙り込んでしまったカヤノに、ナボールは目をぱちくりさせて。
「……手を出したくなる気持ちも分かるね」
「え?」
「何でもない。ああいう手合いには気を付けな、まだそういう経験は無いだろ? カヤノみたいな子は、初めては好きな人の為にとっとくもんさ」
優しく言われ、いつか自分もそういう経験を……? と考えてしまう。
相手はどんな人だろうと思い描いたら真っ先に浮かんだのがリンクで、自分でした妄想に自分で恥ずかしくなってしまい、慌てて考えを振り払う。
……が、上手く振り払えない。
成長したリンクはまだ見た事が無いが、きっとダークと同じような容姿だろう。
そんな彼に抱き締められ、口付けされ、そして……。
「わ、わーっ!」
「え」
いきなり声を上げて走り去って行くカヤノを、ナボールは呆然と見送るしかない。
暫く呆気に取られていたが我に返り、やれやれと言った様子で微笑ましく息を吐く。
「ほんと、可愛らしい子だね。どっちの王子様とくっ付くのか分からないけど……。せめて平穏であって欲しいもんだよ」
彼らは穏やかではない運命の中に居る。
何故かは分からないがナボールはそれを確信していた。