「私、リンクを待ちたい」

「死んじゃったら元も子も無いでしょ」

「ええ、ナビィの申し出は嬉しい。だから本当に……本当の本当に危なくなってからで良いから」

「うん。まぁそんな日、ワタシは一生来てほしくないけどネ」


冗談めかして明るく言うナビィに救われる。
そんな日が来ないとも限らない世界で、そんな日が来ないとも限らない生活をしているだけに。

ちらとダークに視線を送ると、睨み付けるような視線でカヤノを見ていた。
もしかして怒っているのかと怖々な気分になるが、ダークの視線はよく見るとナビィに向いており、そのまま彼女に話し掛ける。


「それは移動させられるのは一人だけなのか」

「え?」

「可能なら、カヤノをどこかへ移動させる時は俺も一緒にしろ。ハイラルでない場所ならカヤノとずっと一緒に居られるかもしれない」


ハイラルの為に生まれハイラルの為に存在しているダーク。
そんな彼が愛する者と幸せになるには、ハイラルに居ては駄目だという皮肉。
ハイラルの幸福が守られる時、彼の幸福は捨て置かれる。
ナビィはそんな彼の心情が分かるだけに答えるのも辛そうだ。


「ごめんなさい。移動させられるのは一人だけなの」

「……そうか」


普段通りの調子で淡々と答えるダーク。
だが言葉の前に空いた間が彼の落胆を表しているようで。

カヤノはこの事に関して安易にダークを慰められない。
何よりも自分が渦中で彼の思考の中心に居るのだから、自分の気持ちに整理が付いていない状態では何を言っても無意味。
人の事を気にする前に自分を何とかしなければならない。

そんな事を考えながらダークを見ていると、ふと彼と目が合った。
その瞬間……確かにカヤノは見た。
今まで頑なに無表情を貫いていた彼が、薄く微笑むのを。


「ダーク……」

「お前は優しいなカヤノ。俺の為にそんな悲しそうな顔をしてくれるのか」

「え、あ……そんな顔してた?」

「無意識か。しかしだからこそ本心だろう。その間お前の思考には、リンクではなく俺のみが居るのだろうな」


リンク、と口にした辺りから薄い微笑みを消し、無表情に戻るダーク。
無表情なのに、どこか怒気を孕んでいるような気がする。


「カヤノ。お前はこの国を愛しているのか」

「……ええ」


それは間違いない。
贖罪の為に送られた世界だけれど、この数年で様々な人に触れ、カヤノはハイラルを愛するようになっていた。
真っ直ぐに答えたカヤノを見たダークは視線を下げて逸らす。
少し見難いが、その顔に浮かぶのは自嘲するような笑み。
これも初めて見る表情だった。


「……俺には無理そうだ」


カヤノはダークの声音に確かな感情が宿っているのを感じた。
これまで、どんな時でも抑揚の少ない淡々とした喋り方だったのに。
先程からダークは初めてのものばかりを見せて来る。

一体これはどういう変化なのか。
良い変化なら構わないが、彼がかつての自分のような、運命を嫌い呪う思考になっているのではと危惧するカヤノは、ダークに確かな感情が宿った事を素直に喜べない。
感情とはプラスのものばかりではない。
恨みや憎しみだって感情には間違い無いのだから。


「あの、ダーク」

「かやの、つぎはどこにいくの」


ダークに掛けようとした声はナーガの質問に中断される。
時の神殿に行ってみようかと話が纏まりかけていたが、シークの言葉を信じるのであれば神殿に行っても無意味だし、それどころか聖地から戻って来るガノンドロフと鉢合わせる可能性もある。


「どうしようかしら。もうコキリの森には戻れないし……」

「ここからそう遠くないし、またロンロン牧場にお世話になる?」

「それが良いかもしれないわね」


ナビィの提案に頷き、ダークも異論を挟まないのでロンロン牧場へ向かう。
この数年で何度もお世話になっている牧場だが、次は妖精クンも一緒に、とマロンに言われ続けている言葉を叶えられていない。
だからと言ってマロンがカヤノ達を邪険に扱う事は一切無いし、そもそもリンクが居ないのはカヤノ達のせいではない。
それでも気まずさや申し訳なさ、後ろめたさはあった。

その名の割に丘も多いハイラル平原を牧場目指して歩く。
暫く進み、ここを乗り越えれば牧場が見える丘を進み、見晴らしの良い所まで来て……。
その瞬間カヤノ達の視界に何かが入る。
だいぶ遠くに牧場が見えているが、その手前、遠くてよく分からないが複数の何かが……。


「こっちに来る……? あ、あれってまさか……!」


速い。馬だ。
しかし牧場の馬でないのは確か。
何故ならその背に乗っていたのはゲルド族の女戦士達だったから。
逃げようにもこんな開けた場所で馬が相手では勝ち目も無い。
あっと言う間に取り囲まれ、ダークが剣を構えると同時にカヤノも魔力を溜める。

が、一番に聞こえたのはカラッとした明るい声。


「お嬢ちゃん達じゃないか!」

「え?」


その方を見れば、数年前にカヤノがゲルド族に攫われた際、リンク達と協力して助け出してくれた義賊ナボールが馬上から見下ろしていた。


「ナボールさん!」

「覚えててくれたんだね。もう一人の王子様が見当たらないようだけど……」


王子様? と考えるが、ナボールが知るこの面子で“見当たらない”となれば、それはリンクの事だろうとすぐに予想がつく。
言い淀んだカヤノ達に、あまり良い事情で無い事はすぐに察したのだろう。
ナボールは少し悲しそうに顔を歪めた後、明るい笑顔を浮かべた。


「こっちはこの数年で反ガノンドロフ派が増えてね。空気が濁って魔物が増えた事に危機感を覚えた奴も結構居るみたいなんだ」

「そうだったんですか」


それで、数年前は一人だったナボールに複数の味方が居る訳だ。
ガノンドロフが聖地へ行って不在なのも離反を促した要因だろう。
彼が居たら恐ろしくて裏切れなかった者も多い筈。
カヤノの方も、各地を転々としながら生活していると現状を話す。


「そうだったのかい、無事で何よりだ。まあ積もる話もあるだろうし、一緒に私達のアジトへ来ないか?」

「良いんですか?」

「同じガノンドロフに対抗する者のよしみだよ。それに一方的な保護じゃない。私達と協力しないか」


その申し出は願ったり叶ったり。
何にせよカヤノ達はガノンドロフと対抗している訳だし、同じ事をするなら味方は少ないより多い方が良いに決まっている。
満場一致で決まり、予定を変更して反ガノンドロフ派のアジトへ向かう事になった。


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