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ダークと合流し行動を共にするようになってから更に1年以上。
17歳になったカヤノは、もはやすっかり元の世界での容姿を取り戻していた。
「綺麗だな、カヤノ」
「あ、ありが、とう、ダーク」
「前から可愛らしいとも綺麗だとも思っていたが、最近はまた一段と美しくなった」
「う……うぅっ……」
無表情で淡々と、しかし熱烈な言葉を吐くダークに、カヤノは照れて焦って心が大荒れだ。
恋愛話が好きなナビィはそんなカヤノ達を見て楽しそうにしているし、ナーガは純粋な疑問顔で首を傾げるだけ。
またカカリコ村やロンロン牧場、ゾーラの里などを転々としていたカヤノ達。
カヤノの魔法の腕も上がったしダークも居る事だし、思い切って時の神殿に行ってみようかと話が纏まって来た。
今日明日に行く訳ではないが、近いうちに行く事になりそうだ。
……と、思っていたら。
平原を歩いている最中に、3年振りの再会が待っていた。
「あ、あなたはシーク!」
「カヤノ達か」
コキリの森に別れを告げたその日に出会ったシーカー族の少年シーク。
あれから幾らか成長しているが、ダークよりそれなりに華奢な体つきなので年下かもしれない。
ミステリアスで掴み所の無い雰囲気が大人っぽくはあるが。
「久し振りね、今までどこに?」
「各地を転々としていただけさ。勇者の目覚めはまだ先のようだ」
「! 分かるの?」
「ああ。少なくとも年内は無いだろう」
「……そう」
無条件に信じてしまったが、インパと同じシーカー族だし、何よりカヤノは何故か彼を疑いたくなかった。
リンクの復活はまだ……一体いつまで待てば良いのだろうと気が滅入るが、いつの間にか足下に来ていたナーガがカヤノを見上げて鳴き声を上げる。
「きゅう」
「ナーガ……」
「かやの、げんき、だして。ぼくたちが、いる」
片言ながらも、この数年で驚くほど喋れるようになったナーガ。
しかもこうして落ち込んだカヤノを慰める事までしてくれるようになっている。
体の成長は無くても心の方は確実に成長しているよう。
カヤノはナーガに手を伸ばすと優しく抱き上げた。
「ありがとうナーガ。そうね、私にはこんなに頼もしい仲間が居る」
「りんく、かえってくる。ぜったい」
「うん……信じる。信じて待とうね」
こんなに成長したナーガを見ればきっとリンクも驚くだろう。
その時まできっと、何がなんでも生き延びる。
「リンクを待たなくちゃ。私、リンクに会いたい。リンクを信じてる」
心からの決意を口にするカヤノに、ダークは彼女を見る。
相変わらずの無表情なので何を考えているかは分からないが、今までの無表情とは違い、どことなく視線が冷たく感じるような気がする。
「ダーク?」
「今、リンクが戻らなければ良いのにと思った」
「え……」
「お前が一番心を砕くのはあいつに対してだ。それが悔しい」
「……」
「それにあいつが戻ればまた俺はお前から離れなければならない。……どうして俺が。俺だってお前と共に居たいのに」
そう言って視線を逸らしてしまったダーク。
これは、とカヤノは思う。
その言動の源が自分への恋心なのであまり客観的に見られないが、もしかしてダークはかつての自分のような思考になっているのではないかと考える。
課せられた運命を嫌い呪うような、そんな思考に。
「……ダーク」
堪らなくなって名を呼ぶと、ちらりと視線を向けて来るがすぐに逸らしてしまう。
ぴり、と空気が肌を突くような気がして身震いが出た。
そんなカヤノの肩を優しく叩いたのはシーク。
「どうにも複雑な立場のようだな」
「ええ……ダークはハイラルの為にその存在があって……。だけど……」
「彼だけでなく、君もだカヤノ」
「私?」
「そうだろう。勇者は今、眠りについているが……。待っているのは君だけではない。きっと勇者の方も君に会いたがっている筈だ」
「……」
「心の整理が付いていないなら今はそれで構わないと思う」
「いい、のかな……」
「時は全てを導く。始まりへ、終わりへ、友情へ、恋へ……。君の心も導いてくれるだろう」
目元以外、顔の殆どをターバンで覆い尽くしてしまっているのに、その声音と細められた目元で優しく微笑んでくれているのが目に浮かぶ。
心がホッと落ち着くのを感じたカヤノも穏やかな微笑を返した。
と、そこへナビィが。
「カヤノったらモテモテよね〜、鼻が高いわっ!」
「ナビィ……どうしてあなたが自慢気なの」
「う〜ん? だって今ワタシカヤノの保護者だもの、当然でしょ!」
「ほ、保護者……」
色々と言いたい事はあるのだが、彼女に助けられているのは事実なので何も口に出さない。
物理的にも精神的にもナビィはずっとカヤノを助けてくれていた。
和やかな雰囲気になったがそれも長くは続かず、シークが口を開く。
「カヤノ。勇者の目覚めよりも前に、ガノンドロフが戻って来るかもしれない」
「えっ……!」
「確証は無いが気を付けてくれ。ボクも傍に居られれば良いんだが、こっちはこっちでガノンドロフに会う訳にはいかないんだ」
「そうか、シーカー族はハイラル王家に仕えているものね」
もし捕まれば只では済まないだろう。
たいした効果は無いかもしれないが、戦力分散の為には別行動の方が良いかもしれない。
それにどうやらシークにもやるべき事があるようで。
「そのやるべき事、というのは……」
「すまない。まだ今は教える訳にいかないんだ」
「そう……」
「だけどボクはいつでも君の味方だ。それは忘れないで欲しい」
「ありがとう、シーク」
穏やかに微笑を返すと彼もまた目元が微笑みを作った。
素顔を見た事は無いのにやはり何故か笑顔が想像できる。
そろそろ行くよ、と立ち去りかけたシークに、カヤノは思い出したように一つ訊ねてみた。
「待ってシーク。あなた、ゼルダ姫の行方を知ってる?」
「……ゼルダ姫?」
「インパさんに訊いても教えてくれないの。無事では居ると言っていたけど」
その質問にシークは考える素振りすら見せず、ただカヤノを見つめる。
何かマズい質問になってしまっただろうかとカヤノは心中で焦るが、何でも無い調子でシークは口を開いた。
「分からない。ガノンドロフが居ない以上、きっと無事ではいるのだろう」
「でもそれだとガノンドロフが戻って来た時に危ないんじゃ……」
「カヤノ、君は自分の身を守る事に専念してくれ。ゼルダ姫の事はボク達シーカー族が何とかするから」
「……そう、分かった。姫の事をお願いね」
確かに人の心配をする前に自分の身を守った方が良い。
改めて立ち去るシークを見送り、その背中を見ながらナビィがぽつりと。
「ねえカヤノ。ワタシ、本当にアナタが危ない時はアナタを逃がすわ」
「え?」
「たった一度だけ……どこの世界、どんな時代に行くか分からないけど、存在そのものを移動させる事が出来るの。デクの樹サマから授かった力の一つよ」
「一度だけ、って、帰って来られないって事?」
「そうなるわね。だからギリギリ、本当に危なくなった時に使うわ」
帰って来られないのであれば、ハイラルを救う使命のあるリンクには使えないだろう。
デクの樹、延いては神から授かった力なのだろうか。
けれど……ナビィの言葉は嬉しいけれど。