ダークは相変わらずの無表情で、何事も無く飛び降りて来た。


「良かった、無事だったのね……」

「リンクは封じられたそうだな」

「え? ええ、そうよ」

「……もっと早くお前に再会したかった。そうすれば俺が傍に居られた」


相変わらず、恥ずかしい事を何の躊躇いも無く言う人だ。
完全な無表情、抑揚の少ない声。
だけれど言葉の内容は熱烈で、しかもそれに嘘は無い。
ダークはぐい、とカヤノに近寄ると、一歩引いた彼女に構わず。


「どうすればいい?」

「な、なにが?」

「離れていれば大丈夫だと思った。なのにお前を愛しく思う気持ちは募る一方だ。以前は我慢できた事が、今はなかなか我慢できない」

「……」

「こういう事とか」

「っひゃ!」


突然ダークがカヤノを抱き締めた。
こういう事が我慢できない……それはただの思春期ではないかと思ったが、黙っておく。
そもそも年頃の男子と接した事が無いので詳しい事は分からない。


「ダ、ダーク放して、お願いっ!」

「嫌か?」

「い、嫌とかじゃ、なくて、その、恥ずかし……!」

「こらぁ! そういうのはまだ許しませんよー!」


わざとらしい言い聞かせ口調でナビィが割って入る。
ちなみに割って入れるのがカヤノとダークの顔の間だけだったのでそこに。
突然そんな所に入られてはダークとしても離れざるを得ない。


「という訳で、俺も行動を共にする」

「そ、そう。別に構わないけど……」


どういう訳だとツッコミたかったが、
こっちが恥ずかしくなる反応が返って来そうなのでやめておく。
ダークを仲間に加え、改めてカヤノ達は山を下った。

一行がカカリコ村に到着するや否や見知った女性が声を掛けて来る。
以前お世話になったコッコのお姉さん。ちなみに名をアンジュと言う。


「カヤノちゃん、丁度良かったわ」

「アンジュさん。どうかしたんですか?」

「インパ様が戻っていらしてね、あなたの事を話したら会いたいって仰っていたから。村の人に頼んでゴロンシティまで行って貰おうと思っていた所だったの」

「インパさんが……!?」


ガノンドロフが反乱を起こしたあの日、ゼルダと逃げたきり行方知れずだったインパ。
インパは以前カヤノがお世話になった彼女の家に居るらしい。
彼女が居るならきっとゼルダも一緒だとカヤノは逸る気持ちのまま駆けて行く。
辿り着いた家には、こちらも4年半振りの懐かしい人。


「インパさんっ!」

「おお、カヤノ! よくぞ無事で居てくれたな」


駆け寄って手を取り合い、無事を喜び合う。
しかしすぐにある事が気になってカヤノは疑問符を浮かべた。


「あの、ゼルダ姫は……」

「……姫様は、居ない」

「えっ!?」

「事情は話せない。無事でいらっしゃるのは確かだ」


まさか、ゼルダに忠誠を誓っていた彼女がゼルダから離れるなんて。
何を言って良いのか分からず呆然としていたカヤノ。
その間にダーク達が追い付いて来た。


「速いなカヤノ」

「!? リ、リンク!?」

「あ、そうか、インパさんはダークをご存知ないんですね」


カヤノはインパにダークの事を説明する。
大切な存在だの何だのの部分は恥ずかしいのでナビィにお願いしたが。
勇者を……と言うよりハイラルを守る為の不思議な存在に、インパは少しだけ顔を顰めた。


「そんな事情で、人が一人生まれるものなのか……」

「それよりインパさん、ゼルダ姫は本当にご無事なんですか? ガノンドロフに捕まってしまったなんて事は……」

「それは無い。すまないが、本当に事情を話せないんだ」

「そう、ですか……」


インパがそう言うなら、今はゼルダの無事を信じるしかない。
次はカカリコ村に滞在する事に決まり、インパの家でお世話になる。

また毎日を平凡に暮らしていたが、ある日の事。
インパがカヤノの魔法を見せて欲しいと言ったので披露したら、少し考えた後、付いて来て欲しいと言われ彼女に付いて行った。
ナビィ、ナーガ、ダークも一緒だ。
連れて来られたのは村のシンボルでもある風車の近くにある古井戸。
風車の回転によって水を減らせるようで、今は完全に涸れていた。


「この井戸の中に下りるが……。カヤノ、特にお前には衝撃的かもしれない。心して付いて来てくれ」

「……分かりました」


インパがだいぶ真剣な顔で言うのでカヤノも緊張の面持ちで答える。
するとダークがカヤノの手を握った。


「心配するなカヤノ、何かあったら俺が守る」

「あ、ありがとう」


本当に彼には羞恥心と言う物が無いのだろう。
照れて恥ずかしがっているのはカヤノだけで、ダークの方は相変わらずの無表情。微塵も動揺する様子は無い。

井戸の壁面に取り付けてあった鉄の梯子を伝って下に降りる。
すると底の壁に通路があり奥へと続いていた。
歩を進めると煉瓦造りだった井戸の壁がしっかりした石造りに変わる。
しかしそんな事よりカヤノの心を占めているのは。


「(あ……や、いや、何ここ……怖い……)」


恐怖。ただひたすら身を竦ませる恐怖。
体が震え、ともすれば止まってしまいそうな歩みを、ダークに半ば引き摺られながら進める始末。
ナビィとナーガも何かを感じているのか恐々した様子だ。
進行方向から視線を外さないままインパが口を開いた。


「この通路も近く埋め立ててしまうつもりだ。しかしその前にカヤノ、お前に来て欲しかった」

「わ、私に……?」

「更に下りるぞ。その先に……この美しきハイラルの暗部がある」


インパが示す先、梯子があり更に下に降りられるようだ。
その大きな穴が奈落へと続く崖のように思え、カヤノは息を飲む。
……そして梯子を下りた先、“奈落へ続く”と思ったのは間違いではなかったと思い知る。
インパと共に少々先に下りたナビィが声を上げた。


「キャア! 何これ、人の骨……!?」

「え……」


下りた先、床が金網のようになっている通路。
そこには朽ちた人の骨がそこかしこに寄せ集められている。
壁や天井からは拘束具らしき鎖が複数垂れていて。


「ここは序の口だが……封じられたハイラル王国の悪しき真実。15年ほど前に終結した統一戦争で滅んだ、ハイラル南西の国を知っているか?」

「そ、存在だけなら……」

「国の名はジェンシー王国。小国ではあったが商人によって多大な財を成していた。これから向かう場所は、戦争で敗れたその国の多くの民が、拷問によって命を奪われた場所」


びくり、とカヤノの肩が跳ねた。
「えぇ〜……」と嫌そうな声を出すナビィに、雰囲気を感じ取ったナーガも身を竦ませる。
では金網状の通路のあちこちに集められている骨は、その人達の。
行きたくなかったがインパが進むため行かざるを得ない。
先にあった厳重そうな鉄の扉を開き、奥へ入った瞬間。
カヤノの耳を悲鳴が劈いた。


「ひぃっ!?」

「カヤノ! どうした!?」

「ひ、悲鳴が……凄い悲鳴がっ!」

「悲鳴? そんなの聞こえないわよ……」


聴こえない? こんなに木霊しているのに?

どうやらカヤノ以外に聞こえないらしい悲鳴は、それでもカヤノの耳を奥の方まで痛め付ける。
老若男女も人数も位置も分からない、巨大なホールで無数の人が喉が潰れんばかりの声を上げているような、それが悲鳴である事しか分からない凄まじい音がカヤノを襲う。
耳を塞いでも手を擦り抜けて耳へ脳へ響き渡る無数の悲鳴。
耐え切れなくなったカヤノは耳を塞いだままその場に崩れ落ちる。


「カヤノ……!」

「いやぁっ! やめて、止まって、怖い! 怖いぃっ!!」


耳の痛みで頭や顔は熱を帯びるのに、氷でも入れられたかのように背筋が凍る。
恐ろしいもの、おぞましいもの、それらが肌を突き破って体内に入り込んで来るかのよう。
インパは蹲ったカヤノを抱き込むようにして上半身を上げさせる。


「落ち着くんだカヤノ! 声によく耳を傾けろ、お前ならきっと……!」

「あ、あぁ、うぅうぅっ……!」

「やめろ女。カヤノをどうする気だ」


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