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シークは少しの間カヤノを見つめていたが、やがて数歩後退って離れる。
「暫くはガノンドロフの脅威は無いだろう」
「なぜ?」
「奴は今、聖地を襲っている。トライフォースが手に入るまでは戻って来ない筈だ」
「そ、そんな! じゃあ止めに行かないと……!」
「君にそれが出来るのか? 一人でガノンドロフ、そして全ての配下と戦うと」
「う……」
「……ボクの見立てでは、奴はトライフォースの全てを手に入れる事は出来ない」
シークは、シーカー族に伝わるという隠された伝説を語ってくれた。
聖なる三角を求めるならば、心して聞け。
聖なる三角の在るところ……聖地は 己の心を映す鏡なり。
そこに足踏み入れし者の心、邪悪なれば魔界と化し、清らかなれば楽園となる。
トライフォース……聖なる三角……。
それは 力、知恵、そして勇気、三つの心をはかる天秤なり。
聖三角に触れし者、三つの力を合わせ持つならば万物を統べる真の力を得ん。
しかし、その力無き者ならば、聖三角は力、知恵、勇気の三つに砕け散るであろう。
後に残りしものは三つの内の一つのみ。それがその者の信ずる心なり。
もし真の力を欲するならば、失った二つの力を取り戻すべし。
その二つの力……神により新たに選ばれし者の手の甲に宿るものなり。
「ガノンドロフの心では完全なるトライフォースは手に入らないだろう」
「だけどそれは伝説でしょう?」
「今の君にもボクにも、その伝説に縋る他の手立ては無い。違うかい?」
「……いいえ、あなたの言う通りだわ」
今のカヤノ達ではとてもガノンドロフやその配下に太刀打ち出来ない。
何にせよ暫くはガノンドロフの襲撃が無いと分かっただけでも有り難かった。
その言葉の真偽は、この2年半、何事も無く過ごせた事が何よりの証拠になる。
ガノンドロフをみすみす放置するしか出来ないのは悔しいが、例え奴がこの世界に居なくても魔物は存在している。
今はリンクが復活するその日までを生き延びる事が大事だ。
「ありがとうシーク、あなたと話せて良かった」
「それはボクも同じだ。また会おう、カヤノ」
そう言うとシークは地面に向かって何かを投げる。
パン! と甲高い破裂音と共に一瞬だけ目映い光が放たれて思わず目を閉じ、再び開いた時にはシークの姿は完全に消えていた。
暫しの間シークが居た方を呆然と見ていたが、そちらを見たままナビィが口を開く。
「シーク……悪い人じゃないみたいね。彼とはまた会えそうな気がする」
「ええ。会えそうな気がするし、会いたいとも思うわ」
「あらカヤノったら、リンクが居なくて寂しいからって浮気?」
「う、浮気なんて! そもそも別に私はリンクとそんな仲じゃ……!」
「またリンクに強力なライバル登場ね、うきうきするじゃない!」
「……本当、楽しそうねナビィ」
恋の話が大好きだという彼女は、特にリンクだけを応援している訳ではないらしい。
成就するのなら誰がカヤノとくっ付いても良いのだろう。
勿論それはカヤノが望めばの話だろうが。
ナーガも全く警戒していなかったし、当面シークは味方だと考えて構わないだろう。
カヤノ達は改めてゾーラの里を目指して出発する。
ケポラ・ゲボラに連れられて楽に辿り着いた道程を何時間も掛けて歩き、リンクと一緒に遡った渓谷を彼抜きで再び遡り、大きな滝の前へ。
オカリナが無かったので少々照れながらゼルダの子守歌を歌うと、滝が割れてゾーラの里への入り口が現れる。
ここも無事だと良いが……不安を押し隠しながら通路を抜けると、美しい洞窟湖を左に望む道の先から誰かゾーラ族が走って来る。
それがルトだと分かった次の瞬間、彼女が大声を上げた。
「何をしておったゾラ!!」
「ル、ルト姫」
「わらわをこんなに待たせるとは不届きな者たちめ!」
どうやら歌声が聞こえて瞬時にカヤノの声だと分かり、一目散に出入り口へと向かって来たらしい。
ルトは動けずに立ち尽くすカヤノの元へやって来ると、形振り構わず思い切り抱き付いた。
「わ、わっ!」
「空気がヘンになるし、ジャブジャブ様も元気が無くなるし……、そなたらは帰って来ぬし! わらわがどれだけ心配したと思っておるゾラ!」
ルトもカヤノと同じように成長し、段々と大人に近付いている。
喚いて落ち着こうとしないルトを何とか宥めてキングゾーラへ会いに行くが、挨拶もそこそこな状態でルトに連れ出されてしまった。
洞窟湖の脇にある高所の道の縁に腰掛け、色々と話す事に。
「そうか、リンクは聖地に封印されてしまったのか……。カヤノ、そなたは本当に待つと言うのか? 終わりも見えぬのに」
「はい。私はリンクを待ちたい。これで終わりにしたくないんです」
「ふふふ……帰らぬ想い人をいつまでも待ち続ける女……。なんといじらしいゾラ、燃えるゾラ!」
「……ルト姫?」
「ルト姫もそう思います!? 寂しさを押し殺しながらリンクを待つカヤノがもう可愛くて!」
きゃあきゃあ言いながら、ナビィとルトが意気投合してしまった。
圧倒されて割り込む事も出来ず、カヤノは二人が落ち着くまでナーガを抱いたり撫でたりして過ごす。
好き勝手に言われて恥ずかしさが募るが、ルトがこんな事を言うようになったのは、もしかすると。
「あの、ルト姫」
「何じゃ?」
「もしかして好きな人でも出来ました?」
「!!」
冗談半分のつもりで言ったのだが、たちまちルトの頬が赤く染まる。
え、とカヤノが驚いている間にナビィが標的をルトに変えた。
「ええっ! ルト姫もついにご結婚ですか!」
「け、け、結婚などと! まっまだわらわには早いゾラ!」
「だけどお姫様ともなると早いうちに決めてしまうものでしょ? 現に2年半前は無理やり結婚させられそうになってましたし」
「しかし、想いすら伝えておらぬ……」
「じゃあ伝えちゃいましょうよ早く早く!」
「簡単に言ってくれるな! ミカウだってまだわらわの事を仕えるべき姫としか……!」
「ミカウさんっておっしゃるんですねー!」
「声がでかいゾラっ!」
好きな者は自分の力で振り向かせる、そう言っていたルトを思い出す。
未だリンクへの想いを上手く判断できないカヤノには眩しい。
元は18歳だったカヤノだが、今のルトの方がずっと大人だと思えた。
何はともあれ、リンクが大事な存在であるのは間違いない。
また会えればリンクへの想いにも答えが出るだろうかと考えながら、カヤノはルトの微笑ましい恋愛話に耳を傾けた。
−続く−