やはりこの清廉な森でもガノンドロフの影響は避けられないらしい。
魔物が出て来るような事態にならなければ良いが、デクの樹が居ない今、どうなるかは分からない。
これは出来る限り滞在して様子を見た方が良いだろう。

そう言えば、サリアには一つ謝らねばならない事がある。
囮に使いガノンドロフに奪われてそのままのオカリナ。
きっと壊されているか、良くても捨てられているだろう。


「あの、サリア。出発の時に貰ったオカリナだけど……」

「? なに?」

「……ごめんなさい。敵に奪われて、行方が分からなくなってしまって」

「えっ……そうだったの……」

「だけどサリアのオカリナが無ければ、私もリンクも殺されていたかもしれない。お礼も言わせて。ありがとうサリア、私達を助けてくれて」

「そっか、役に立てたんだね。それだけでも浮かばれるよ!」


サリアはとても優しい。
本当にリンクとカヤノの無事を喜んでいる彼女を見ていると、今更ながら他に方法は無かったのかと考えてしまった。

滞在中はまたサリアの家で一緒に暮らす事に決まった。
カヤノの寝床等はそのまま、リンクの家も時折コキリの子が掃除しているそう。
いつでも帰って来られるように……その気遣いがまた嬉しい。
ひとまず、もう動かないデクの樹へ挨拶へ行く事に。
墓参りのようなもので応えは無いと分かり切っている。
ただ話したい。

既に死んでいるデクの樹は変色したまま、何も変わらずそこに居た。
居るけれど、もう居ない。
ナビィが寂しげに名を呟き、カヤノは幹に触れて祈る。


「デクの樹サマ、私、あなたの言っていた事が少しずつ分かるようになりました。楽しく生きて、色んな人を好きになって。この国もこの国の人も愛しいです」

「かやの……」

「リンクの帰還を信じます。ナビィと、新しい仲間のナーガと一緒に待ちます。どうか無事に再会できるよう見守っていて下さい」


寂しげに呟くカヤノに、ナーガが彼女を見上げ鳴き声を上げる。
そんな彼を抱き上げてからナビィへ声を掛ける。


「さ、集落に戻りましょう。これから暫くは森の様子を見なくちゃ」

「……その事なんだけどねカヤノ。ワタシあなたに言わなきゃならない事があるの」

「え?」

「コキリ族の事。もう、あまり長くは一緒に居られないかも」

「ど、どうして……」

「コキリ族は大人にならない種族だから」


ずっと子供のまま生涯を生きる種族。
カヤノとはこれから見た目がどんどん開き、外界に疎い彼らを混乱させてしまう。
しかしそんな事よりもカヤノが気になったのは。


「大人にならない、って、子供のまま成長しないって事よね」

「ええ」

「……じゃあリンクは? 彼、幼すぎるから暫く封印されるって……」


成長しないのであれば封印も無意味になる。
そこで考えられる結論といえば一つだけ。


「本当はリンクは、コキリ族じゃないんだって」

「……」

「森を出て行くのもずっと前から運命付けられてたの」


デクの樹から聞いた話だそうで、彼は赤ん坊の頃に一人の女性が連れて来たらしい。
女性はリンクをデクの樹に託すと息絶え、赤子の彼に秘められた運命に気付いたデクの樹は時が来るまで彼を森で育てる事に決めたそうだ。


「……そう。じゃあ私、あと何年もしないうちに……」

「大人になってから別人としてなら訪れられるかもしれない。だけど今のカヤノのままでは、もう……」


せっかく温かな第二の故郷になってくれた森に戻れなくなる。
平和になって、いつかコキリ族が森の外へ出られるようになったら、そうして世間を知った彼らになら正体を明かしても良いだろうが、
今の世間を知らない彼らに大人の事や成長の事を明かすのはやめた方が良い。


「どうせコキリの森には長めに滞在する予定なんでしょ? たくさん思い出を作っておくといいよ」

「そうする。ありがとうナビィ、教えてくれて」

「お礼を言われるような事じゃないわ」


クスリと笑ったナビィは、どことなく元気が無さげ。
リンクが居ない上にガノンドロフにも狙われている状況で不安を抱えるカヤノに、追い打ちをかけるような情報を与えてしまった事を気にしているのだろう。

それからカヤノは、最後の思い出を作るようにコキリ族の仲間達と過ごした。
笑顔を浮かべ表情が穏やかながらも変わるようになったカヤノに、最初のうちはかなり驚かれたが、少し経てば慣れて当たり前の日常になる。
魔物やゲルド族の襲撃は気配すら無く平和で楽しい日々が続いた。
しかしそんな中でも、段々と淀んで行く空気や強まる魔力は感じる。
誰にもばれないよう不安を胸に仕舞い込んでいたカヤノに、ある日サリアが迷いの森の奥へ行こうと誘って来た。


「迷いの森の奥? 魔力が強まって危ないんじゃ……」

「危ないのは分かってる。でもどうしても行っておきたいの」


サリアは何も無しにこんな危険な事を提案する子ではない。
彼女の真剣な表情を見たカヤノはその誘いに乗った。
サリアの演奏する曲でモンスター達を大人しくさせ、淀む空気の中、気が滅入りそうになりながら迷いの森の奥へ。

長い階段を上った先、そこだけは空気が澄んでいるような気がした。
人工的に区切られた四角い広場で、中央にはトライフォースが描かれた台座。
奥には石造りの立派な建造物の入り口。
以前、祭りのレリーフを間接的に壊してしまったカヤノが、代わりの石を取りに来た場所だ。

確かサリアのお気に入りの場所だと言っていた。
カヤノ達が旅立ってからここに来る頻度が増え、想いを馳せながらオカリナを吹いていたらしい。


「ここはね、森の聖域っていうんだって」

「森の聖域……」

「何だかここって……これからのあたしと、リンクやカヤノにとって、すっごく大事な場所になる……そんな気がするの。またカヤノが旅立ってしまう前に、もう一度一緒に来ておきたかった」


サリアが見ているのは広場の奥にある、朽ちているけれど立派な建造物の入り口。
大きいらしく入り口付近しか確認できないけれど、聖域と呼ばれる場所に相応しい佇まいをしている気がする。
サリアの横顔は寂しそうな笑顔。
その表情はカヤノの胸を締め付ける。


「ねえカヤノ。あたし、これから何かが大きく変わると思うの。どうして分かるのか分かんないけど、分かるの」

「……」

「だからアナタやリンクが心配。どうか無事でいてね。帰って来るのが難しいなら無理しなくていいから、せめて生きていてね」

「そうね……約束する。必ず生きてこの国を、みんなを守るから。リンクもきっと同じ事を言うはずよ」

「うん、だよね。リンクならきっと……」


カヤノだけでなくリンクにも会いたかっただろうサリアは、寂しげな表情のまま微笑んだ。



コキリの森での暮らしは、再びカヤノを穏やかに癒やして行く。


「カヤノ、遊ぼう! ナーガもいっしょに!」

「きゅう! あそぼ!」

「ふふ、ナーガもすっかり馴染んじゃったわね」


一応、こっそりと魔法の訓練は欠かさないようにしているが、懸念していた魔物の出現は無いので発揮する機会も無い。
子供に戻って無邪気に遊んで、これはもう罰と言うよりご褒美だ。
カヤノのような重い事情が無くとも、子供時代に戻りたいという大人は沢山いる。
それが叶っているだけでも幸せな事だろう。
しかしカヤノはもう、家族殺しを後悔してしまった。
あれを申し訳なく思う気持ちが芽生えてしまった今、何も罰せられない現状は寧ろ胸が苦しくなって行く。
それ自体が罰の一つなのかもしれないが。


「(ならせめて、私は私の出来る事をしよう。森に居られる間だけでも皆を守らないと)」


温かな故郷を与えてくれた森。
仲良く接してくれるコキリ族の皆。
何より根気よく自分に付き合い世話を焼いてくれたサリア。
せめて森を出て行くその日までは、何があっても守る。
カヤノはそう固く誓った。


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