運命は一人の少年を不自然に消し去った。
それを知るのはごく少数のみ、彼女らが悲しんでも世界は難無く回り続ける。
胸の痛みを無理やり仕舞い込んで、それでも時間は穏やかに流れていた。
感じる空気が重くなり、空が時折 濁るようになっても、生活は続いて行く。


「マロン、この荷物はどこに置くの?」

「あ、それは納屋に片付けておいて」


リンクが消えたその日から、カヤノはロンロン牧場でお世話になっていた。
ガノンドロフやゲルド族が来やしないかと怯えていたのは数日で、何事も無い静かな日々にすっかり順応済み。
ここに来てもう半年が経過しようとしている。
ナーガも小さな体ながら一生懸命手伝いをし、見ている限り動物達を襲ったり食べてしまうような事は無いようだ。


「ごめんなさいね、迷惑かけっぱなしで」

「なに言ってるの、カヤノが牧場の仕事を手伝ってくれてどれだけ助かってるか! 人手不足なのにとーさんは相変わらず怠け者だし、お客さん減ったし……」


ガノンドロフが反乱を起こして以降、城下町はゴーストタウンのようになっているらしい。
人々はカカリコ村をはじめ別所に移り住み、そちらで生活を営んでいるそう。
確実に魔物は増えた。
配達の際には周囲を警戒しながら馬車を走らせねばならないし、こんな状況になって牧場を訪れる客は激減している。


「はー、毎日こうして仕事、仕事。いつか王子様でも現れて、アタシをお姫様にしてくれたらいいのに」

「ふふ、マロンったら」

「カヤノはいいよね、もう王子様いるでしょ」

「え?」

「あの妖精クン。今は用事で居ないんだっけ」


言われ、思わず俯いてしまうカヤノ。
マロンの言葉に照れ、リンクが居ない事を思い出して悲しみ、どうすれば良いのか分からない顔を見られたくない。
そんな雰囲気に気付かないマロンは明るく続ける。


「カヤノが誘拐された時のあの子、すっごい顔してた」

「そ、それはまあ、仲間だから……」


そうは言ってもダークの存在がある以上、リンクがカヤノに好意を持っている事は明白。
再会する時までにしっかり考えておかなければならないが、彼が側に居ない状況ではこれ以上の進展は望めない。

それよりも今は、リンクが戻るその日まで生き延びる事を考えなければ。
元の世界で仕来りがあった為にロクな友達が居なかったカヤノにとって、マロンはサリアに続くとても仲の良い同性の友達だ。
牧場の仕事は大変だけれど毎日が充実して楽しい。
だが大切だからこそ、マロン達へ害が及ぶ前に離れなければならない。
今の所ガノンドロフの手の者が来る気配は無いが、何事も無いうちに離れるべき。
追っ手が来てからでは遅いのだから。

与えられた部屋で休む用意をしながら、ナビィに告げる。


「ねえナビィ、私 数日のうちに牧場を出ようと思うの」

「そうね、そろそろ移動した方が良いかもしれないわ。そんな悲しそうな顔しないでカヤノ、また暫く経ってから来ましょ」


各地を転々とするという事は、またここに来る機会も作れるだろう。
それまで暫しの別れ……何としてでも生き延びなければという気力も強まる。

それから数日後、カヤノは牧場を出る事を告げた。
マロンは引き止めてくれたが、そろそろ移動した方が彼女達の安全が増す。
意思が固い事を確認したマロンは寂しそうに微笑んだ。


「まあ、また来るって言って本当に来てくれたし、信じてる。出来れば次は妖精クンも一緒に来てね!」

「ええ。ありがとうマロン、またね」


ナーガを頭に乗せ、ナビィを連れてカヤノは牧場を後にする。

この国はガノンドロフの支配下になってしまったのだろうか、ハイラル平原からは以前のような美しさが感じられない。
相変わらず緑が生い茂っているようだが、どことなく乾いた印象。
流れる風は爽やかに澄んでいた筈なのに、今はどこか淀んだ空気を孕んでいる。


「ナビィ、この国どうなってしまったのかしら」

「ワタシも詳しくは分からないわ。この重い空気……ガノンドロフの手に落ちてしまったのかな」


せめてトライフォースだけは無事だと信じたいが、確証は無い。
今は城下町へ行ってみるのも危険極まりないだろう。
どうにも不安が胸に燻って、滅入る気持ちを晴らそうと空を見上げたカヤノ。
美しい青空なのに、その空も以前に比べると味気なく思えた。


「……コキリの皆は元気かな」

「あ、ワタシも気になってたの。戻ってみる?」


カヤノが何気なく呟いた一言で次の行き先が決定した。
デクの樹に守られていた神秘の森……守護者が居なくなった今、どうしているのか。
もし魔物でも現れているのなら助けてあげたい。

翌日、カヤノはコキリの森へ戻った。
離れていたのは半年と少し。
この世界に来てから一ヶ月程度しか居なかったのに、妙に懐かしく思えてしまった。

旅立った時とは逆で、集落へ続く吊り橋を渡る。
トンネルを潜り抜けた先は相変わらず美しい光で満ち溢れていて、まだ悪しき気配が来ていない事にカヤノとナビィは安堵した。
そんな彼女達を見つけ、声を張り上げた少年が一人。


「あ、あーっ! カヤノ!」

「ミド!」


コキリのガキ大将ミド。
どうやら相変わらずの様子で一安心だ。


「帰って来たんだな! ……リンクは?」

「リンクは、今ちょっと大事な用事を抱えてるの。無事では居るから安心して」

「そ、そっか、オイラてっきり……って、べ、別に心配なんてしてねぇよっ!」


……本当に、相変わらずの様子。
仲直りしたとは言ってもその後一緒に過ごしていた訳ではないのだから、まだ照れ臭い感覚を持っているようだ。
微笑ましくてクスリと笑ったカヤノだったが、それを見たミドが呆気に取られた表情を浮かべる。


「……」

「? どうしたのミド」

「……オマエさ、変わった?」

「え?」

「笑ってるとこ初めて見た」

「……あ」


そう言えば森で過ごしていた一ヶ月間、ぴくりとも笑わなかった。
無表情で、言葉にも抑揚が少なくて、不気味にさえ見える態度と雰囲気。
今の自分からは考えられない過去に益々おかしさが募る。
サリアの家を訪ねようと集落の中を歩くと、コキリの仲間達が次々に声を掛けてくれた。


「あ、カヤノだ!」

「お帰り」

「お帰り」

「お帰りなさい」

「お帰り!」


一人一人の歓迎に「ただいま」と返しながら、カヤノの心は幸せで満たされる。
罪を償う為に送られた世界に自分の温かな居場所がある。
これを幸福と呼ばずして何と呼べば良いのだろうか。
リンクの事を訊ねられては答え、ナーガの事を訊ねられては答え、なかなかサリアの家に近付けない。
ちなみにリンクの事はマロンに話したように、用事があって今は居ない、と暈かしている。

やがてサリアの家に近付くと、騒ぎに気付いたらしい彼女は家の前に出て来ていた。
カヤノを認めるなり泣きそうな笑顔で駆け寄って来る。


「カヤノ、無事だったのね!」

「ただいまサリア、心配かけてごめんなさい」

「ううん、いいの。無事ならそれで……え、と、リンクは?」

「彼は今、ちょっと用事があって居ない。無事では居るから安心して」


彼が本当に無事かどうか確かめる術は無い。
無事だから安心して、とは、半分は自分に言い聞かせている。
サリアの家に行き今までにあった事を話し始めるカヤノ。
細かい部分や不安を煽るような内容は省略しながらだが、それでも話しながら自分で、結構な冒険をして来たと思った。


「大変だったのね……本当に無事で良かった」

「森はどう、変わり無い?」

「今の所は無い、けど、最近ちょっとヘンなの」

「変?」

「何だか空気が淀んで来たような気がして。迷いの森の魔力も濃くなってるし……」

「……」


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