リンクが見えない位置まで来た辺りでガノンドロフが追い付いて来た。
捕まりそうになった所を急激に曲がったり小回りを活かして逃げ回っていたが、やがて業を煮やしたらしいガノンドロフが魔法を放って来る。
こうなっては時間稼ぎも難しくなる。

カヤノは頭に乗せていたナーガをエポナの背に下ろした。
疑問符を浮かべるナーガに微笑み、今の状況に似つかわしくない優しい声音で言い聞かせるように告げる。


「ナーガ、エポナにしっかり掴まって。落ちないでね」

「かやの……?」

「リンクの為にも逃げて。必ず彼と合流してね」


慈愛を込めた優しい笑み。
そしてその笑顔のまま、エポナの背から飛び降りるカヤノ。


「かやの! だめ!」


ナーガの声とカヤノが地面に落ちた音は同時に放たれた。
急カーブした時に降りたため思ったよりダメージや衝撃は少なかったが、当然ながら速度は0になる。
地面に倒れた所を黒馬に服をくわえられ、ガノンドロフの居る馬上に引き上げられた。
カヤノは片腕を掴まれ吊り上げられる。


「うっ……!」

「随分と手こずらせてくれたな。時のオカリナを渡して貰おうか」

「……そんなもの、持ってないわ」

「シラを切る気か? 無事で居られるうちに従った方が身の為……」

「あなたの言っているオカリナって、これ?」


少々強気さを感じる笑みを湛えつつ懐から取り出された……サリアのオカリナ。
ガノンドロフはすぐさま奪い取って確認するが、いくら見てもそれは時のオカリナではない。
思わずと言った風にカヤノの手を放して落とし、ガノンドロフは城下町の方角へ顔を向ける。


「……囮だと?」

「今頃きっと私の仲間が聖地へ向かってるわ。残念だったわね、トライフォースは渡さない」


それがゼルダ姫の願いなら、望みなら。
命と引き替えにしてもカヤノは惜しくなかった。
これで私の人生も終わりか、なんて妙に清々しい思いで考えていると、背後から高い馬の嘶き。


「かやの!!」


ナーガの声と共に吹き抜ける風。
気付けばカヤノは、駆けて来たエポナの背中へ本能のみで動くように乗っていた。
夢中で走り抜けるエポナは城下町の方角から遠ざかって行く。

ガノンドロフは追って来なかった。
丘に阻まれ、彼がどこへ向かったのかは分からない。
十中八九 時の神殿だと思うが……。


「エ、エポナお願い、城下町の方へ戻って」


カヤノが言ってもエポナは止まらない。
飛び降りて当たり所が悪ければ命を落としかねない程度の速度は出ており、先程は死を覚悟したカヤノも、さすがにこんな事では死にたくない。
それに助かってみれば生きたいという気持ちも湧いて来る。
今はただリンクの無事を信じるしかなかった。


やがてエポナが辿り着いたのは、ロンロン牧場。
今までの疲労と作戦の緊張感を持ったまま長い時間エポナの背で揺られていたカヤノは、すっかりクタクタになって脱力しかけている。
それを必死な様子のナーガに支えられながら放牧場の方へ。

聞こえて来るのは優しい旋律の歌。
その歌が途中で途切れ、すぐに聞こえて来る可愛らしい声。


「エポナやっと帰って来たのね、この脱走常習犯! ……ところで乗せてるのって、カヤノ?」


声の主マロンは疑問符を浮かべながらエポナに歩み寄る。
そして背に乗ったカヤノがグッタリしているのを確認して慌て始めた。


「カヤノ!? まさか、また誘拐でもされちゃったの!? 早く休ませないと……!」

「ご、ごめんなさい、マロン、私、迷惑、かけっぱなし……」

「そんなのいいから! ちょっと、とーさん、インゴーさん!」


慌てふためくマロンの声を聞きながら、良い声だなあと呑気に考えていたカヤノの意識が途切れる。
どうやらよっぽど疲れていたらしい。
次に目覚めた時はきっとリンクが側に居てくれる筈。
意識が沈む直前、カヤノはそう考えていた。


+++


「カヤノ、ねえカヤノ!」


あれからどれぐらい経ったのか、カヤノは聞き慣れた声で目を覚ました。
ベッドで寝ていた自分の視線の先にナビィが居て、カヤノは慌てて飛び起きる。
しかしリンクの姿は無い。


「良かったナビィ、無事だったのね……。リンクは?」

「……」

「……ナビィ?」


言い淀んでいるナビィに、カヤノの中で嫌な予感が広がって行く。
誰も何も言わずに静かな時間が過ぎる。
ベッドの脇に置かれた椅子の上でナーガが立てる寝息が気になった。
やがてナビィが、躊躇いがちに口を開く。


「……リンクは、聖地に封印されたわ」

「え……!?」

「時の扉の奥に部屋があってね、一つ剣があったの。退魔の剣マスターソード」


リンクがそれを引き抜いた瞬間、聖地への本当の扉が開いた。
どうやらそのマスターソードがこの世界と聖地を繋ぐ最後の鍵だったらしい。
それは勇者としての資格を持つ者だけが引き抜ける聖剣。
しかしリンクはその剣を扱うには幼すぎた為、成長するまで眠り続ける羽目になった。
衝撃に戦きながら、カヤノは震える声を絞り出す。


「それ、じゃあ、リンクは……いつ目覚めるか分からないの?」

「……ええ。ただ一つ分かる事は、数日や数ヶ月じゃないって事」


幼すぎた為に封印されたのなら、数年は目覚めない可能性が高い。
またも沈黙が訪れている間にナーガが起き、カヤノのベッドに乗り上げて来る。


「かやの……」

「あ、ナーガ……」

「りんく、は?」


大きな瞳は泣きそうに揺れ、いつもの元気な様子がすっかりなりを潜めている。
それを見たカヤノに再び沸き上がる庇護の心。
この子を守ってあげたい、そう強く思わせる。
そうする為には自分自身がしっかりしないといけない。

カヤノはナーガを優しく抱き締めると、一つ一つ言い聞かせるように告げた。


「リンクは今ね、とても大事な事をしているの」

「……だいじな、こと?」

「それが終わるまで戻れない。だけど彼はきっと帰って来る。それまで待っていられる?」


こっそり、不安や恐怖を和らげる巫女の力を使う。
するとナーガの瞳に光が戻って行き、弱々しかった声も元に戻って来た。


「……きゅう」

「ん、良い子ね。きっとリンクも褒めてくれるわ」

「カヤノ……あなたは待てる? そんな生活、できる?」


ナビィまで不安そうに訊いて来る。
その中にはカヤノがゲルド族、延いてはガノンドロフに狙われていた事も含まれているだろう。
リンクが戻るその日まで、出来るだけあちこち転々としながら生活する必要がある。
半ば逃亡生活のような日々を送らねばならない事をナビィは心配していた。

それはカヤノも不安に思っているが、こうなった以上はやるしか無い。
その生活を選ばなければ、待つのは恐らく絶望だろうから。


「やる。私はリンクを待ちたい。例え何年掛かっても」

「カヤノ……」

「それにあちこち移動しながらゼルダ姫を探しても良いと思うの。合流できればきっと出来る事が大幅に増えるだろうから」


カヤノが、囮を申し出た時の覚悟を決めたような微笑を浮かべるのを見たナビィは、それ以上 不安を煽ってしまいかねない質問をするのをやめた。
自分に出来るのは運命を受け入れ、そして立ち向かう決意をしたカヤノを助け見守る事。
それを改めて自分の心中で再確認してから、ナビィは明るく声を上げた。


「分かったわ、ワタシも一緒に居るからね。ひとまず暫くは牧場でお世話になりましょ」

「うん。ありがとうナビィ、あなたが居てくれて私……凄く安心した」


一転、寂しそうな笑顔で言うカヤノ。
強くなろうとする彼女が見せる本心であろう不安に、ナビィは寧ろ安心する。


「(辛い時は辛いって言って良いのよカヤノ。ワタシは受け止めるから)」


リンクが居ない今、カヤノを支えるのは自分だと再確認。
戦闘力の無い自分では守れないかもしれないが、サポートだけなら色々な事が出来る。

改めて再会を迎える日まで生き残る事を誓うカヤノ達。
リンクが戻るまでは、あと……7年。
長きその時間を、未だ彼女達は知る由も無かった。




−続く−


- ナノ -