「ゲルド族が反乱を起こしたぞーーーっ!!」

「クーデターだぁっ!!」


城下町の人々がこぞって入り口の方へ向かって行く。
その人波に逆らいながら、リンクとカヤノはハイラル城を目指していた。


「エポナ、あなたは城下町の外へ出て!」


カヤノがそう言ってもエポナは頑として付いて来る。
リンクの頭に乗っているナーガも逃げる気は無いらしく、こうなったら連れて行くしかないわよ、というナビィの言葉に従う他なかった。

人々の間をすり抜け、町を奥へ抜けて城へ続く丘に辿り着いた時、燃え盛る城の方から一頭の白馬が駆けて来た。
その背に、ゼルダとインパを乗せて。


「ゼルダ!!」

「ゼルダ姫っ!!」

「リンク、カヤノ……! インパお願い、馬を止めて!」

「駄目です、ガノンドロフに追い付かれれば殺されてしまいます!」


ゼルダが必死に馬を止めて欲しいとインパに懇願しても、追われている為にそんな暇が無いようだ。
カヤノは白馬が通り過ぎる前に素早くリンクへ声を張り上げる。


「リンク、ナーガと一緒にエポナでゼルダ姫を追い掛けて!」

「カヤノは!?」

「私もすぐに追うから、早くっ!」

「カヤノならワタシが一緒に居るわ!」


ナビィにも言われ、リンクは一瞬だけ躊躇った後すぐさまエポナに乗ってナーガと共に白馬を追った。
あっと言う間に遠ざかる二頭を見送るのもそこそこに、カヤノはナビィと共に来た道を駆け戻る。


「あと少しでゼルダ姫に精霊石を渡せたのにっ……どうして、こんな時に……!」

「まるで狙ったようなタイミングね。最初に城の中庭でゼルダ姫に会った時、ガノンドロフが来たけど……あの時から目を付けられていたのかしら」


ナビィの予想にカヤノは嫌な予感が広がり始める。
もしかすると自分達は泳がされていたのかもしれない。
デスマウンテンやゾーラの里に行っていたらしいガノンドロフが自分達を放置していたのは、精霊石を集めさせ、3つ揃った所を奪うつもりだったからではないか。

精霊石が手に入ればハイラル城へ戻って来る、という事は簡単に予想出来るだろう。
そこを狙えば、それまでカヤノ達が国のどこに居るのか分からなくても問題ない。
それに思い至らなかった事を悔やんでも時既に遅し。

すっかり人の居なくなった城下町を通り抜け、町の出入り口の跳ね橋を渡った先、エポナから降りたリンクが呆然と平原の方を見つめていた。


「リンク、ゼルダ姫は!?」

「カヤノ……ナビィ……」


悔しさと悲しさの混ざる顔で振り返ったリンクの手には一つのオカリナ。
澄み渡った空のような、ゼルダの瞳のような美しい青色で、吹き口の部分にトライフォースの印が刻まれている。
時のオカリナ……ゼルダから話を聞いた王家の秘宝。


「ゼルダが、受け取ってくれってこれを投げて。放っておけずにエポナから降りて取ってる間に、ゼルダ達を見失った……」


リンクが言うにはこれを受け取った瞬間、ゼルダが込めていたらしい意識が見えたそうだ。
リンクとカヤノを待っていたかったけれど時間が無くなった事、聖地のトライフォースを守って欲しい事。
そして時の扉を開く“時の歌”を教わった所で何も見えなくなった。

今から追い掛けようにも白馬を完全に見失っている。
こうなったらゼルダの願いに応えて時の扉を開き、ガノンドロフよりも先にトライフォースの元へ行かなければ……。

そう考えていたリンク達の耳に届く馬の蹄の音。
思わずそちらを見た彼らの目に飛び込んだのは、城下町の方からやって来る大きな黒馬。
その馬が近付いた所でハッとして時のオカリナを隠したリンクだったが、馬上の主にはしっかり見られてしまったようだ。


「小僧。今 持っていた物をよこせ」


トライフォースを手に入れ、聖地を、そして世界を支配せんとする悪の王ガノンドロフ。
見る者すべてを威圧しそうな体躯や声、そして視線に怯んでしまうが、一番に我を取り戻したリンクが剣を抜く。


「ほう、俺に刃向かおうと言うのか」

「リンク、だめっ!」


カヤノの悲鳴に近い制止も空しく、リンクはガノンドロフに斬り掛かる。
圧倒的な体格差で全ての太刀筋をいなされ、奴が放った魔法によって吹き飛ばされた。


「うわあぁっ!!」

「リンクっ!!」


軽く数メートルは吹き飛ばされ地面に倒れたリンクにカヤノ達が駆け寄る。
幸いにも致命傷ではないが、奴との実力差は圧倒的だった。
ナーガがリンクを守ろうと前に出てガノンドロフを睨み付けたが、生物の本能で敵わない事を悟ってしまったのか、体が震えている。
このままでは全員殺されてしまう……!

八方塞がりか、と諦めかけたカヤノがふと視線を落とすと、荷物入れから何かがはみ出ていた。
それはサリアがくれたオカリナ。
瞬時にある作戦が頭を巡り、カヤノは小声でリンクに告げる。


「リンク、私がサリアのオカリナを持って囮になる。あなたはその隙にナビィと一緒に、時のオカリナを持って時の神殿に行って」

「な……! 出来るワケないだろそんな事!」

「どうした、もう来ないのか? こそこそと何の作戦だ」


リンクが発したやや大きめの声によって、ガノンドロフに会話している事を知られた。
これで更に時間が無くなってしまった訳だが、このリンクの焦りようを利用すれば、作戦が上手く行くかもしれない。
カヤノはまたしても小声で口を開く。
その表情が何かを覚悟したような穏やかな笑顔で、リンクは息を飲んだ。


「ゼルダ姫に言われたんでしょう、トライフォースを守って、って」

「で、でも……!」

「どうか姫の願いを叶えてあげて。信じてるわ、リンク」


それ以上は何も言わせないとばかりに立ち上がり、カヤノは半ば隠すようにサリアのオカリナを持った。
すぐさまナーガを頭に乗せてエポナに乗り、走り出す。


「カヤノっ!」

「リンク、逃げて! オカリナは私が守る!」

「駄目だ、こんな事……! 戻ってよカヤノ! カヤノーーーっ!!」


決して演技などではない、リンクの悲痛な叫び声。
ダメージの為に立ち上がるのがやっとの彼はとてもエポナを追えない。
目論見通りにガノンドロフはカヤノを追って来た。


「(直に追い付かれる。早くリンクが見えない所まで離れないと……!)」


ハイラル平原はその名の割に丘が多く、位置によっては少し離れれば見えなくなる場所もあった。
もう行動してしまった以上、きっとナビィがリンクを神殿へ導いてくれるだろう。
あれだけ叫んでいたリンクがカヤノを追って来ない事に気付かれれば、この作戦はすぐにバレてしまう。


「エポナ、ごめんね巻き込んで……。どうか力を貸して。全速力で走って!」


エポナはまだ子馬。
ガノンドロフが乗る大きな黒馬とは速度も一駆けの距離も違い過ぎる。
リンクが丘に阻まれて見えない位置まで来たら、小回りが利くのを活かして逃げ回るしかない。

……その後はきっと、殺されてしまうだろうけれど。


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