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そして現在、炎に包まれたハイラル城。
もはやその役目を終えようとしている玉座の間、ハイラル王が追い詰められていた。
後方には玉座、前方には息絶えた護衛達と、更に先にはガノンドロフとその配下達。
「ご機嫌如何ですかな、ハイラル王」
「おのれ、ガノンドロフ! あの忠誠は嘘だったというのか!」
「……哀れだな。先の戦争の原因を知っているばかりに、それを避ける事ばかり考え娘の訴えにも取り合わぬとは」
「……ゼルダ……」
今となっては、娘の訴えを退け続けた事が悔やまれる。
それによって娘を酷く傷付け不安にさせてしまったであろう事も。
先の戦争……統一戦争。
あれはハイラルと南西にあった小国との間に起きた争いで、ハイラルがとある疑惑を隣国に対して持ち、それを隣国が晴らせなかった事が原因だ。
当時はまだ王子だったハイラル王は、隣国の王子とは良き友人だったが……。
その友人の言葉が原因で疑いを持たれてしまった。
「(なぜ私は……同じ思いをゼルダにさせてしまったのだ)」
その“疑惑”は間違いだ、彼が、彼らが“そんな事”を企む訳は無いと何度父王に訴えても、元々隣国を制圧したがっていた父は聞き入れてくれなかった。
あの時の悔しさと心細さ、友や隣国の人々に対する申し訳なさは筆舌に尽くし難いものだったというのに。
「ガノンドロフ、貴様は……何が目的だ」
「聖地のトライフォースを我が物とし、この国を、そしていずれは世界を支配下に置く」
「そのような欲望の為だけに……!」
「ああ、貴様と王家には個人的な恨みもあるがな」
「なに……?」
それを言われた瞬間、ハイラル王に浮かんだのは一つの心当たり。
以前は排他的で異なる神を信じる事を禁じていたハイラル王家は、すぐ近くにあり異なる神を信仰していたゲルド族を迫害していた事がある。
それが原因かと思い口に出そうとしたが、その前にガノンドロフが口を開いた。
「カヤノ」
「……!?」
一部たりとも予想していなかったその単語……いや、名前。
みるみるうちにハイラル王の顔が青くなり、声も体も震え始める。
「なぜその名を……それは封じた筈だ!」
「封じた? フン、やはり貴様らは傲慢だな。都合の悪い事実を隠し、無かった事にしようとする」
「知っているのか? ……いや、“知っていた”のか!?」
「だから恨みがあると言うのだ。配下が手を出さないのは俺自身の手で貴様を始末する為」
「……カヤノと、それ程までに親しかったというのか……」
ハイラル王がそう言った瞬間、間を空けていたガノンドロフがハイラル王の元へ。
そして彼の腹を蹴り上げる。
「がはっ……!」
「貴様が! その名を呼ぶな!」
それまで余裕を見せていたガノンドロフの激高した態度。
咳き込みながら倒れ込んだハイラル王を冷たく見下ろすと、大剣を手に切っ先を王へ向けた。
「本当なら時間を掛けて嬲り殺してやりたいが、やる事があるのでな。貴様には早々に退場して貰おう」
「ま、待て! ゼルダには手を出すな……!」
「……“力”を持たぬ弱者は何も守る事が出来ない。それが道理だ」
それは、あの統一戦争が終わった時からガノンドロフが持つようになった思想。
ガノンドロフは切っ先を突き刺そうと剣を構える。
そのままの姿勢で嘲笑うような笑みをハイラル王へ向けて。
「一つ教えてやろう。あの世に行っても、貴様の妻は貴様を待ってはいないぞ」
「……だろうな、愛される心当たりが無い。恨みなら山ほど買っているだろうが」
「よく分かっているじゃないか。だがそれだけが理由ではない」
「……?」
「貴様の妻は生きているからな」
「な……!?」
その言葉の意味を訊ねようとしたハイラル王だったが、それは叶わなかった。
切っ先が正確に心臓を貫き、血を吐いた王から急速に命が失われて行く。
消えてゆく意識の中、王はただひたすらに謝罪していた。
「(私の不足が……こんな事態を……。ゼルダ……どうか、生き、て……)」
王の脳裏に巡ったのは走馬燈。
しかしその内容さえも懺悔と謝罪を繰り返したくなるようなものばかり。
「(すまない……我が……友……グ……テ……、我が……妻……ヒ、ル、ダ……)」
最後に思い浮かべるのはその名なのかと王に自嘲の笑みが浮かぶ。
悔恨に満ちた哀れな王の人生は、そこで幕を閉じた。