目に涙を溜めて訴えるルトの言葉にカヤノは覚えがあった。
巫女としての人生の為ぎちぎちに制限された生活。
ルトとは程度や方向性が違うが、抑圧されていたのは似たようなもの。

カヤノは自らの父を思い出した。
家族を殺害する切っ掛けとなった父……だが、今更、頭に浮かぶのは。


『カヤノ、立派な巫女になるんだぞ!』

『お前は母さんに似て美人だなあ。……いつか結婚するのか、うう……辛い』

『バケモノだなんて言われたのか!? どこの誰だ、お父さんが懲らしめてやるからな!』


まだ巫女としての人生にそこまで不満を持っていなかった頃。
優しく笑う父の顔。親ばかのような言動の数々。

思えばカヤノに課せられていた、友人付き合いや身の回りに関する厳し過ぎる程の制限は、別に父が作った物ではない。
父は伝統と格式ある巫女の家系に婿入りして来た立場。
祖母と母は巫女の直系で祖父は傍系。
考えてみれば、あの家の中で父だけが巫女の血を引かない“よそ者”だった。
ひょっとすると そんな自分が巫女を潰えさせてはならないと、かなりのプレッシャーを背負っていたのかもしれない。
だから巫女をやめたいと言ったカヤノに、あれ程厳しく当たってしまった。


「……ルト姫。お父さんの事、嫌いですか?」

「え……そ、それは……」

「殺したいと思いますか?」

「!? な、何を言うゾラ! そりゃ腹立つオヤジだが、そこまでは……!」

「良かった。私は父を、家族を殺してしまったから」


まるで息が止まったようにルトの体が強張るのが分かる。
カヤノは穏やかに微笑んだまま言葉を続けた。


「私の家系は伝統ある巫女で、私は親に……いえ、一族の掟に抑圧されていました。それから逃げたいと父に言ったら烈火の如く怒られてしまって。カッとなって熱が冷めないまま、家族を殺してしまったんです」

「そなた……」

「ひょっとしたら、逃げるのではなく休みたいと言ったら、受け入れられたかもしれない。感情任せに怒鳴ったりせずきちんと話して、巫女をやめるのではなく、ただ休憩したいだけだと言ったら、あの抑圧も弱くなったかもしれない……」


よそ者である父は、一族の戒律に従うしか無かったのかもしれない。
けれどあれだけ愛してくれた父ならあるいは。
今の状況が辛いから休ませて欲しいと言えば叶えてくれた可能性もある。

“かもしれない”ばかりで結局は想像でしかないが、父が自分を愛してくれていた様子を思い出した今となっては……。


「ルト姫、お父さんとよく話しましょう。私のように後悔するような事が起きてからでは遅いから……」

「……カヤノは、後悔しておるのか」

「……」


自然と出て来た言葉、“後悔”。
その感情にカヤノは自分で驚いたが、すぐ穏やかな笑みに戻る。

そう、自分は後悔している。
家族を殺害した事を悔やんでいる。


「(ああ、良かった。私は……家族殺しを後悔できた)」


そうしてルトの手を握り、悲しげに微笑んで。


「……後悔、しています。私は愛されていた」

「カヤノ……」


涙声を発したのは、以前にカヤノが抑圧されていた話を聞いてまるで自分の事のように怒ってくれたナビィ。
リンクは何も言わずに聞いているが、どことなく優しい表情をしている。


「私みたいにならないように……帰りましょう、ルト姫。私はもう、帰る事が出来ないから」


例え元の世界に帰れた所で、そこには自分で殺害した家族の遺体があるだけ。
カヤノはもう、家族の元へは帰れない。
ルトは少し悲しそうな目でカヤノを見ていたが、ややあって頷いた。


「……そなたら、ハイラル王家の使者なのじゃろう? 何の用で来たゾラ? 父上が王家にわらわの捜索を依頼した訳でもあるまい」

「あ、実はオレ達、水の精霊石って物を探して……」


ルトに事情を説明する。
思えばルトが流した手紙の“助けて”というのは、ジャブジャブ様のお腹から出して欲しいという事ではなく、水の精霊石を失くしてしまったから探すのに協力して欲しいという事だろう。
話を聞いたルトは、持っていた水の精霊石を差し出した。


「そのような重大な事情があるなら持って行くがよい」

「いいの?」

「そなたらは、わらわとジャブジャブ様を助けてくれた。この水の精霊石……ゾーラのサファイアは、わらわの夫となる者に授けよと母上に頂いたのじゃが……」

「そ、そんなに大事な物だったんですね……」

「このような物を渡されて拒否するゾーラ族はおるまい。だがわらわは、いつか好いた者を自分の力で振り向かせてみせるゾラ! エンリョなく持って行くがよいぞ!」


吹っ切れたような笑顔で言うルトに、遠慮なく精霊石を貰う事にした。
美しい輝きを放つ青い宝石を掲げるように受け取るリンク。
これで精霊石が3つ揃った……ゼルダの元へ胸を張って戻る時が来たのだ。


「うふふ……父上はこっちで説得しておく。ゼルダ姫が待っているのではないか? 早く戻ってあげるゾラ」

「ありがとうルト姫!」

「問題が解決したら遊びに来るゾラ! 待っておるぞ〜!」


ルトに見送られ、ゾーラの里を後にするリンク達。
カヤノはケポラ・ゲボラに掴まって飛んでいた時、遙か向こうまで周囲を見渡していた。
コンパスで調べずともハイラル城の方角なら分かる。


「頑張ったわねみんな! きっとゼルダ姫もお喜びになるわ!」

「やったんだオレ達……ナビィ、それにカヤノにナーガ、ありがとう!」

「お礼は早いわ。精霊石をゼルダ姫に渡して、それからお祝いしましょう。ちょっと城下町で豪華なご飯でも食べたい気分ね」

「きゅー!」


ご馳走を想像したのか、ナーガも満面の笑みで鳴き声を上げる。
暫く城を目指して歩いていた彼らだったが、ふと前方から何かが走って来るのが見えた。

いや、あれは“何か”ではない。知っている。


「エポナ!?」


間違い無い、ロンロン牧場のエポナだ。
エポナはリンク達を見付けるなり大喜びといった様子で駈けて来る。
そしてリンクへ親しげに顔を擦り付けた。


「わわ、わ……おまえどうしちゃったんだよ一人で……」

「どうする? ロンロン牧場まで送って行く?」

「うーん……今はゼルダに早く精霊石を渡した方が良いと思う。町まで一緒に連れて行って、その後で牧場まで送ってあげようよ」

「それもそうね」


話も纏まり、エポナを一緒に町へ連れて行く事になる。
まだ小さいエポナに二人は乗れないので徒歩で並んで歩くと、空が曇って来た。
辺りはすっかり暗くなり雨が来そうな曇天。
このだだっ広い平原で雷雨にでも見舞われたらどうしようと、カヤノが不安を漏らす。


「うわぁ、雨が降りそう。早く城下町に行かないと……」

「あら? でも城下町の方角の空、なんだか明るくない?」


ナビィに言われてよく見てみれば、確かに何かの灯りのようなものが雲に反射している。
また暫く歩いて城下町へ近付くと、赤みがかったオレンジのようなその色の正体に気付いた。


「なんだよ、あれ……! ハイラル城が燃えてる!?」


それは、平穏の終幕。




−続く−


- ナノ -