1
ゾーラ族が住む地を目指して薄暗い通路を抜けたリンク達は、想像とは全く違う光景に息を飲んだ。
とても広い。天井も高くて圧迫感は殆ど感じない。
暗い洞窟を想像していたのに中は眩しくない程度に穏やかに明るく、洞窟の多くを占める美しい湖が青く壁に反射していた。
カヤノがナーガを胸に抱いたまま呆然と口を開く。
「凄い、綺麗……」
「それに涼しくて気持ちいい〜。水の精霊石はどこにあるんだろ?」
「こういう時は種族の長に挨拶するのが筋ってものよ」
ナビィのアドバイスに、それもそうだとゾーラ族の長を探す事にしたリンク達。
洞窟湖には高所から大きな滝が流れ落ちているが、耳に入る音はうるさ過ぎず実に爽やかだ。
洞窟湖を見下ろす畔の道を進むと、前方に全身が真っ青な人が立っている。
体型は人間のようだがその両腕には立派なヒレ。
頭に髪の毛は無く、後頭部が大きな魚の尻尾のように長く伸びている。
きっとあの人がゾーラ族なのだろうと思って話し掛けようとすると、向こうから声を掛けて来た。
「さっき王家の歌が聞こえたような気がするんだが……まさか君達は?」
「えっと、オレリンクって言います。こっちはカヤノで、相棒のナビィとナーガ」
「ハイラル王女のゼルダ姫から仰せつかって、水の精霊石を探しに来ました。ゾーラ族の長にご挨拶申し上げたいのですが」
「おお、ハイラル王家の使いか! ゾーラ族の長、キングゾーラ様はこちらだ。失礼の無いように」
ゾーラ族に案内され、道を進み長い階段を上った先。
水が流れ落ちる段差の上に巨大なゾーラ族が座っている。
周囲に衛兵らしきゾーラ族達が控えているが、どれもスマートな体型。
それなのに壇上の立派なマントを纏ったゾーラ族は丸々と太っていた。
ぽかんと見ているリンク達に代わってカヤノが口を開く。
軽く自己紹介してからすぐ本題に入り、自分達はハイラル王家の使者で、ゼルダ姫の依頼で水の精霊石を探している事を告げて彼女の手紙を見せた。
キングゾーラは歓迎の姿勢を見せたがすぐ申し訳なさそうな顔になる。
「ハイラル王家の使者よ、すまんが今それどころではないゾラ」
「? 何かあったんですか?」
「実は……余の可愛いルト姫が行方不明になってしまってのう……。ああ、ゾーラ族一の美男子を選んで、明日はめでたい婚礼の日だというのに……」
「! ルト姫って……!」
我に返ったリンクは、ナーガが発見した手紙をキングゾーラに見せた。
ルト姫はジャブジャブ様のお腹の中……その内容にゾーラ族の誰もが驚愕する。
ジャブジャブ様はゾーラ族の守り神。まさか一族の姫を食べてしまう訳が無いと。
しかしキングゾーラは何かを思い出したようにハッとする。
「そう言えば、あのガノンドロフというヤツが来てからジャブジャブ様はヘンだゾラ」
「ガノンドロフ……! そいつがハイラルを狙っているんです!」
「私達、その者より早く精霊石を集めて姫に渡さないと……」
「ふむ……よし、王家の使いであるそち達を信じて、ジャブジャブ様の祭壇に続く道を通してやろう。どうか余の可愛いルト姫を見付け出して来てくれぃ……ゾラ!」
「分かりました、絶対にルト姫を助けて来るよ!」
自信満々に答えるリンクにカヤノも決意を固める、が。
ふとキングゾーラが、あ、と言いたげな顔をした。
何事かと顔を向けるリンク達に実に何でもない様子で。
「いつもルト姫の役目であるジャブジャブ様の食事がきっとまだゾラ」
「え」
「代わりにそれも頼むぞ。魚を一匹捕まえてジャブジャブ様にお供えするゾラ」
「……」
いやそれは、水に強そうなゾーラ族がやればいいのでは。
それを言いたかったリンク達は、周囲のゾーラ族達がうんうん頷いているので、拒否するタイミングを逃してしまうのだった……。
+++++++
「ナーガそっち、そっちに行った!」
「きゅー!」
という訳で、今は洞窟湖の浅瀬で魚を捕まえている最中。
釣り竿を作るだけの材料がこの辺りには無さそうなので、まさかの素手だ。
洞窟湖はその多くが深いが一部に浅い部分があった。
そこそこの広さがある浅瀬には魚も集まっている。
ブーツを脱いでナーガと共に魚を追いかけるリンクを、カヤノは岸からじっと見ていた。
「ねー、カヤノもおいでよ、冷たくて気持ちいいよ!」
「転んでまた水浸しになるような気がして……」
「大丈夫だって、オレから離れなかったら支えてあげるから!」
「でもリンク、川でカヤノを引っ張りきれなかったじゃないの」
「う、うっさいなあナビィ! あれは突然だったからで……」
「転ぶのも突然だと思うわよ」
「何だよ、ナビィはオレの味方してくれないの!?」
「するけど、今のリンクはちょっと頼りないからなー」
「あーもー……。見てろよ、今にでっかい大人になってカヤノぐらい軽く抱えてやるから!」
「か、抱える必要は無いと思うけど……」
想像してしまったのかほんのり頬を染めながら言うカヤノ。
再度リンクにおいでよと誘われ、折角なので乗ってみる事にした。
素足になって、緩やかな坂になっている岸辺から一歩洞窟湖に足を踏み入れる。
途端に感じるキンと冷えた水の温度。
「つ、冷たいっ……!」
耐えられずに漏れたような笑みが自然と零れる。
少しの間そのままだったが、やがて怖ず怖ずともう片方の足を水の中へ。
両足を少しずつ進めてリンク達の側へ到着する頃には、すっかり温度に慣れた。
リンクがナーガを前に抱きかかえているのに目をやると、ナーガの腹に何か模様があるのに気付く。
それは紛れも無く、トライフォースの形。
「ねえリンク。ナーガのお腹……トライフォースの紋章があるんだけど」
「え? ……あ、ほんとだ!」
「何かしらこれ?」
疑問符を浮かべながら腹を覗き込んで来るリンク達に、ナーガは首を傾げた。
トライフォースは落書きなどではなく痣のようにしっかりと描かれていて、人に捕らわれてから付いた物ではないだろうと思える。
後でゼルダにでも訊いてみようという話になり、今は保留。
「よし、皆で魚を捕まえましょう」
「サポートはワタシに任せてね〜」
「あれ? 最初から皆でやればよかったんじゃないの?」
「きゅー!」
今更なリンクの疑問は、やる気に満ちたナーガの鳴き声に掻き消された。
ばしゃばしゃと賑やかな水音を立てながら魚を追い掛けるカヤノ達。
「リンク、足下に魚! あ、カヤノの後ろにも!」
「くっそーすばしっこいなあ……」
「ひゃっ! あはは、もうナーガったら水かけないで!」
「りんく! りんく!」
「あ、やったナーガが捕まえ……って食べるなよぉっ!」
水音と一緒に響くのは明るい笑い声。
その賑やかさは、洞窟内のゾーラ族が何事かと見に来る程。
今の状況はさておき彼らには喜楽だけが浮かんでいる。
これ程までに幸福に満ちた時間が近く終わりを迎える事など、誰一人、想像すらしていなかった。