3
「ルトとは……ゾーラ族の姫の名前ではないか!」
「ゾーラのお姫様!? どうしよう、助けてって……!」
「落ち着け。ジャブジャブ様とはゾーラの里に居るという守り神じゃ。慌てずに彼らの住む里を目指せばよい」
「それが分かんないんだよ!」
「ワシが知っておる」
「えっ」
聞けばケポラ・ゲボラ、ゾーラ族はハイラル王家から大事な水源を守るよう命じられている事を思い出したそう。
上空から地上をくまなく探し、恐らく水源であろう場所を見つけたのだとか。
「すぐワシの足に掴まれ。そこまで連れて行こう」
「ありがとう!」
足に乗るような形で捕まり、空へ舞い上がるリンク達。
見下ろしたハイラルはとても美しく広大で、思わず使命も忘れて見とれてしまいそうだ。
そんな雰囲気を察したか、ケポラ・ゲボラが話し掛けて来る。
「リンク、カヤノ。世界はどうじゃ?」
「すっげー広い! 森にいた頃は想像もできなかったよ」
「世界は……美しくて、とても自由ですね」
銘々違う感想を話す二人に、ケポラ・ゲボラは彼らが抱えるものに思いを馳せる。
リンクに課せられたハイラル救済の宿命。
そしてカヤノに課せられた贖罪の宿命。
それらはいずれ最悪の形で繋がる。
ケポラ・ゲボラはリンク達と再会する前に、彼らに関する全てを神から聞いた。
リンクの運命は大方想像した通りのものであったが、カヤノの運命はケポラ・ゲボラの想像が及ばないものであった。
そしてそれは、いずれリンクにまで過酷な運命を背負わせる事になる。
神から与えられる運命を嫌い呪ったカヤノに課せられた、神から与えられる運命を受け入れ続けるという罰。
その“神から与えられる運命”が、あまりにも……。
「(……あまりにも惨いではありませんか。異世界の女神よ)」
この世界の神は異世界に座する女神と知り合いで、彼女からカヤノを預かった。
そしてカヤノはその女神に仕える一族に生まれたにもかかわらず、女神の下僕でもある家族を皆殺しにした為、罰を受ける事になった。
それは確かに許されない事で、カヤノは罰を受けなければならないが。
そこまで惨い目に遭わせなければならないものなのか。
苦しめるにしても、もっと他に罰の与えようがあるのではないか。
抑圧され周囲の言いなりになるしかない人生をカヤノは送る筈だった。
前にも思った通り、女神がすぐにカヤノを直接罰しなかったのは、そんなカヤノを哀れに思う心があったからだろう。
きっとカヤノはこの世界に来てから、元の世界では味わえなかった幸せを感じる事もあった筈だ。
だが、その分を差し引いても。
これからカヤノを待ち受ける運命はとても惨い。
「のう、リンク、カヤノ」
「ん?」
「何ですか?」
「……頑張るのじゃぞ。既に頑張っておるだろうが、これからもっと頑張れ。襲い来るもの達に、負けたり飲み込まれたりせぬように」
「当たり前だろ、絶対にハイラルを救うよ! なあカヤノ」
「ええ。私も精一杯お手伝いします」
ケポラ・ゲボラが言いたいのはその事ではないのだが、とても言えないし言ってはいけないので黙っておく。
せめて、リンクがいつか立ち直れるように。
せめて、カヤノが来世では幸せになれるように。
ケポラ・ゲボラは、心の中でひたすら祈った。
やがて辿り着いたのは涼やかな渓谷。
ゾーラ族はこの渓谷に流れる川を遡った所に住んでいるらしいが、上流の方は狭いので翼をぶつけて墜落しかねない為、下流に下ろされた。
「先程も言ったが、ゾーラ族は王家に命じられ水源を守っておる。王族と関わりを持つ者にしか扉を開かぬのじゃ。上流の滝の所で、王家の使いである証を示すといい」
「証って、ゼルダの手紙以外に何かあったかな……?」
「教えて頂いた子守歌を演奏してみたら? 王家の証にもなるっておっしゃってたでしょ」
「あ、そうか」
ナビィのアドバイスに頷くリンク。
ケポラ・ゲボラに別れを告げ、川を遡り始める。
川はなかなかの急流で小さな滝も散見されるが、道がちゃんとあるので川に入る必要も無く、意外と楽な登りだ。
しかし道とはいっても整備されている訳ではないので、所々で足場が悪い場所や軽く浸水している場所も見受けられた。
魔物の姿もあり、皆で協力して先へ進む。
途中、川の支流によって道が分断されている場所があった。
リンクが先にナーガを頭に乗せて向こうの足場に飛び移り、そこから片手を差し出してカヤノを引っ張ってくれようとする。
カヤノは素直に甘えて彼の手を掴み、飛び移る……が。
「う、わっ!」
「えっ!?」
引っ張る力が足りなかったのか、予想以上に体重が掛かったリンクがカヤノの方に引っ張られる。
リンクの頭からナーガが落ち、二人だけが川の中にダイブしてしまった。
「りんく、かやの!」
「ちょっと二人とも大丈夫!?」
ナビィとナーガが慌てて川に落ちた二人の元へ。
……どうやら膝の深さも無かったようだ。
二人が呆然と尻餅をついた姿を見た後、全員から笑いが漏れた。
「あはは、やだずぶ濡れ! リンク、私そんなに重かった?」
「違う違う、思ったより力が必要だっただけ!」
「ちょっとリンク、それって重いって言ってるようなものよ〜? カヤノの方がちょっと大きいから仕方ないかもしれないけどさあ」
「ちーがーうってば、もう!」
やけになったリンクが立ち上がり、カヤノの脇の下に腕を通して抱え上げた。
「リ、リンク!」
「ほらーカヤノなんて軽く持てるんだからな!」
「……あらダイタン」
抱えられて赤くなるカヤノと、自分がやっている事も忘れて得意気な顔をするリンク、
良い展開になったと浮かれる心を隠そうと努めて静かに言うナビィ。
ナーガは凄い凄いと言いたいのか、無邪気な笑顔できゅうきゅう鳴いている。
だが早いうちに、水に濡れた服がぺったりと張り付く感触を思い出し、自分が今どんな事をやっているのかリンクが思い知った。
途端にぴたりと石のように固まり、かと思うとみるみる赤くなる。
リンクはロンロン牧場でカヤノを抱きしめていたが、この濡れてぴったりくっ付く感触は、それとは全く違う感覚を呼び起こす。
「……ご、ごめ、ごめん、カヤノ……」
「え、あ、うん……」
「えっと、その、あの、服、乾かそうか……」
リンクはカヤノを抱えたまま足場に上がって彼女を下ろした。
カヤノが持っていた荷物は咄嗟に放り投げたのか、乾いたまま足場の上に落ちている。
枝を集めてナーガが吐いた炎で火を付け、リンクが服を着替え始めた。
体を拭くのはカヤノが何かに使えるかもと思って買った風呂敷のような布だが、上等な布でなくても水分を拭える物があるだけで助かる。
カヤノは近くの崖の陰に隠れて服を脱ぎ、体を拭いて着替えた。
「はあ……替えがあってよかった」
「城下町で買っといたやつ? オレは家から持って来たやつだけど」
「うん。お互いに着替えた事だし、服が乾いたらすぐ行こうね」
「水の精霊石もきっともうすぐだもんな。ゼルダ喜ぶだろうなあ」
デクの樹やゴロン族の件からも分かる通り、ガノンドロフも精霊石を欲しているようだ。
トライフォースの伝承を知っている以上は狙うのも当然か。
奴より早く精霊石を集めてゼルダに渡さなければならない。
……そう言えば、石を渡してからどうするのだろうとカヤノは考える。
ゼルダが持っているだけでは結局、いつまでも危険なまま。
もしかして、精霊石や聖地への道そのものを封印できたりするのだろうか?
無事に石を集めてゼルダの所に帰ったら、訊いてみようと思うカヤノだった。
やがて服も乾き、荷物入れに納めてから改めて出発するリンク達。
道がだんだん細くなって行くので落ちないように気を付け、やがて辿り着いたのは大きな滝。
足場があちこちに張り巡り、滝の正面、中程の高さにまで行けるようだ。
そしてそこには、トライフォースを象った王家の紋章があった。
「リンク、ここでオカリナを吹いてみたら?」
「オッケー」
滝の音と微風による木々の葉擦れの音だけが聞こえる爽やかな情景の中を、優しく穏やかな旋律が響き渡る。
演奏が終わると段々 滝の水量が減って行き、やがて完全に途切れた。
奥の崖には明らかに人工と思しき石造りの通路があり、中へ向かって伸びている。
「この中がゾーラ族の里かしら。リンク、カヤノ、準備はいい?」
「もちろん! ぱっぱと精霊石を貰ってゼルダの所に戻ろう!」
「きゅう!」
「ふふ、ナーガもやる気満々ね」
ここで水の精霊石を手に入れればハイラルが平和になる。
そう信じる戦士達は、足取り軽くゾーラの里へと入って行った。
−続く−