カヤノを休ませて日が明けた翌日。
まだ追っ手は来ないが万一を考えて精霊石探しに出たい。
朝ご飯まではご馳走になったが、その後すぐ出立する事に。


「妖精クンもカヤノも、もう行っちゃうの?」

「うん。オレ達やる事があるんだ」

「お世話になっちゃったわねマロン、ありがとう」


せっかく出来た同年代の友達と離れるのが寂しいのか、マロンは悲しそうな顔。
リンクが慌てて彼女を気遣う。


「ま、また遊びに来るよ、カヤノと一緒に」

「……ほんと?」

「ほんとほんと。なあカヤノ!」

「ええ。だからそんな悲しそうな顔しないで、マロンに似合わないわ」


言われ、マロンは照れ臭そうに笑った。
また来てね〜、と遠く離れるまで見送ってくれたマロンに、絶対にまた来ようと誓うリンク達。

これから向かうのはナボールに教えて貰ったハイリア湖だ。
そこにゾーラ族が居なければ再び手掛かりゼロに戻ってしまう。
リンクは頭に乗せたナーガに気の無い様子で話し掛けた。


「なあナーガ、おまえゾーラ族とか水の精霊石とか知らないか〜?」

「きゅう?」

「そーか知らないか、じゃあしょうがないな〜」

「リンクったら、ナーガは話せないんだから」


そう言ってクスリと笑うナビィ。
自分の傍をふよふよ飛んでいる彼女に視線を移したナーガは、くりくりした大きな目を輝かせた。
そして自分を頭に乗せるリンクを見下ろし。


「りんく」


ぴたり、と全員の動きが止まる。
そのまま少しの間誰も動かなかったが、ややあってカヤノが進行方向を見据えたまま口を開いた。


「今の、ナビィ、じゃ、ないよね?」

「うん。違う」

「りんく!」


もう一度聞こえた、この場に居る誰のものでもない声。
次はリンクが進行方向を見据えたままカヤノ達に訊ねる。


「あのさカヤノ、ナビィ。今のオレの頭から聞こえなかった?」

「……聞こえた」

「かやの? なびぃ?」


次はびくりと体を震わせるカヤノ達。
しかし次は殆ど間を開けず、リンクが頭の上のナーガを持って前に抱えた。


「お、お前ナーガ、いま喋ったよな!?」

「りんく?」

「ほら喋ったぁぁぁ!! 聞いたよな二人とも、喋ったよな!」

「スゴイ! たまに言葉を覚える竜がいるのよ。でも聞いたの初めて!」


大はしゃぎするリンクに、ナビィも興奮気味に解説する。
カヤノはリンクが抱くナーガをじっと見つめていた。
妙に沸き上がって来るこの感情は何だろうか。
まるで小さな子供……実際にナーガは小さな子供だが……を見ているような感覚。
ひょっとしたらこれが親心というものかもしれない。
とても愛しくて、今すぐ抱き締めて全てから守ってあげたくなる。
この子に害が及ぶのなら身代わりになって、自分が全てを受け止めてあげたくなる。

……母もそうだったのだろうかと、ふと考えた。
かつて同じ立場を経験した、一番の理解者であった母。
殺される瞬間まで娘の幸せを願ってくれた、あの母は……。

思わず涙が溢れて来たカヤノは思考を止める。
リンク達にばれないよう涙を拭って彼らの輪に交ざった。


+++


ハイラルの西、ゲルド族の砦。そこにガノンドロフが居た。
カヤノを囚えていたという牢の前に立ち、今は誰も居ない空間を見ている。
当然ながらカヤノの名残など何も無い。

そこへ箒に乗って飛ぶ二人の老婆が現れた。
ガノンドロフを育て、今は彼に仕える立場である魔女・ツインローバだ。


「奴らは精霊石を探しているみたいだねえ」

「どうするんだい、もう一度 捕らえに?」

「……今は泳がせておけ。必ず城下へ戻って来る」


今回のカヤノ誘拐はガノンドロフが直接命じた訳ではなく、彼女を欲していると知った配下が功を狙って実行しただけ。

何やらゼルダと接触していた子供達。
必ず聖地に関する何かを探しているだろうとガノンドロフは踏んでいた。
精霊石は奴らに集めさせ、こちらは別の準備を着々と進めておく。

ハイラル王家に対し反乱を起こす準備を。


「今は手を出すなと全員に通達しておけ」

「承知したよ。しかし、カヤノと言ったか……あの娘が欲しいんじゃないのかい?」


魔女の問い掛けにガノンドロフは少し眉を顰める。
それはツインローバの言う通りで、ガノンドロフはカヤノに対して一つの確信があった。

彼女は間違い無く、自分が昔から欲して仕方がなかったものだと。

本当なら今すぐにでも追い掛けて我が物にしたかったが、それでハイラル攻略の方を疎かにしては上手くいかなくなる。
彼が欲しいのはカヤノだけではない。
ガノンドロフはこの国、そして聖地とトライフォースをも欲している。


「いずれ手中に収める。今はこの国を奪う為の行動が先決だ」

「ヒッヒッヒ、それでこそゲルドの王に相応しい。欲しい物は全て奪えば良いのさ」


双子の老婆は楽しそうに笑う。
一つを手に入れる為に他を諦めるような事はしなくて良い。
欲しければ全て奪い尽くし手に入れる、それがゲルドの王。

ツインローバが去った後、一人残ったガノンドロフがぽつりと呟く。


「……カヤノ、必ず奪いに行ってやる。これはお前が望んだ事だ」


+++


その頃、リンク達はハイリア湖に到着していた。
想像していたより広大な湖に圧倒されながらも探索したが、ゾーラ族と思しき者どころか人っ子ひとり見つからない。

一通り探索した頃にはすっかり日が傾きかけていて、今は夕食にしようとリンクが湖で釣りに挑戦している所。
長くしなやかな枝を幾つか拾い、糸と針は湖のほとりに住んでいた変な博士の手伝いをして材料を貰った。
それらを組み合わせて釣り竿を作ったリンクにカヤノは感心しきり。
カヤノが貰ったパチンコも彼の手作りだし、本当に手先が器用らしい。

ちなみにその博士に訊ねてみた所、確かに時折ゾーラ族を見かけるそうだが、どこからやって来ているのかはサッパリ分からないとの事。
つまりこの湖に住んでいる訳ではないようだ。


「よーしナーガ、あんまり音立てるなよ。魚が逃げちゃうからな」


ナーガを傍らに、湖の縁に座って釣り糸を垂らすリンク。
カヤノはやや離れた所で魔法の練習に勤しんでいた。
じっと集中して魔力を体中に巡らせ、手の先に集めて炎のイメージを浮かべる。

魔法とは想像力、それを自在に操る精神力と集中力、更に最低限、発した魔法に振り回されない程度の筋力と体力。
それらが揃って初めて我が物に出来る。


「魔法って色々と必要なんだ。魔力さえあれば簡単に出せると思ってた……」

「カヤノ、どう? はかどってる?」


果てしない思いをしていたカヤノの所にナビィが飛んで来る。
まあまあかな、と曖昧な返事をした彼女に、はかどっていないと判断。


「魔法って想像以上に難しいものだったのね」

「ナビィは魔法を見たこと無かったの?」

「うーん、デクの樹サマの力も魔法の一種だと思うけど、魔物の事が分かるワタシの力は意識せずに使えるから」


こうなると、ゼルダが言っていた彼女の母、今は亡きハイラル王妃に会ってみたくなる。
王妃は魔法に長けていた一族の血を引いていたという……。
その血を引いたゼルダは何も知らなかったようだが、王妃なら或いは。


「……ところでリンク達だけに夕食の調達任せてもいいのかな。私も手伝ったり薪を集めたりするべきなんじゃ……」

「リンクは早くアナタに魔法を使えるようになって欲しいのよ」

「そっか、せっかく授かったのに使えないままじゃ役立たずだものね」

「んもう、そうじゃないの! 魔法を使えるようになれば離れた所から攻撃できるでしょ。カヤノが安全になるんだから、彼はそれが狙いなのよ」


リンクはカヤノを守りたがっている。
本当に危険な目に遭わせたくないのであれば町に置いておくという選択肢もあるが、それはカヤノ自身が望まない事だろう。
それにゲルド族に誘拐された以上、一人で置いておくのは得策ではない。
ハイラル城の世話になれば良いかもしれないが、城にはガノンドロフも来る。
リンクと冒険したい、彼の役に立ちたいカヤノの欲求を叶え、その上でカヤノを出来るだけ危険な目に遭わせたくないリンクの願望も叶う。


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