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「カヤノ、大丈夫? 無事でよかった……!」
「うん、平気。心配かけてごめんなさい」
「ホントに心配だったよぉ〜っ!」
目が無いので涙は流れないが、声がしっかり涙声。
喜びの感情もひしひしと伝わって来る。
リンクの頭に乗っていたナーガがベッドに飛び降り、更にリンクの影に入り込んでいたダークが出て来る。
思わぬ再会に上半身を起こすカヤノ。
「ダ、ダーク! あなたまで助けに来てくれたの?」
「当然だ。俺はお前が好きだから」
「はぁ!?」
今の「はぁ!?」はリンクである。
そんな彼のリアクションには何も反応せず、相変わらずの無表情と抑揚の無い声でダークはカヤノの頭を押した。
「ひとまず寝ろ。今は体力を回復させるのが最優先だ」
「……うん」
押されるまま再びベッドに身を預けると、
急に疲れがドッと出て一気に睡魔が襲って来る。
ナーガが喉を鳴らしているのが、子守歌のようにも聞こえて来た。
眠りに沈みかけた頭で、半ば寝ぼけたように言葉を発するカヤノ。
「私……もうダメかと思った」
「うん」
「助けに来てくれて、嬉しかった。本当に嬉しかった」
「うん」
「……ちょっと、休む、ね」
「うん」
「起きたら、……また、一緒に……冒険……」
そこで言葉が途切れる。どうやら寝入ったようだ。
それを確認したダークが扉に向かって歩き出したのを、リンクが引き止めた。
「お、お前、どこに行くんだよ」
「俺には事情がある。あまりお前と一緒に居られない」
「……カヤノの事が好きだって言ったよな。何か関係あるのか?」
「ある。が、今のお前には話せない」
「何だよそれ……って、ダーク!」
リンクが戸惑っている間にダークは去って行く。
気になる事が山ほどあるが、知り合いらしいナビィやカヤノが何も言わないので、恐らく本当に話せない事があるのだろう。
それから暫く寝息を立てるカヤノを見守っていたリンク達だったが、ふと出窓の外、ナボールが窓をコンコン叩いてリンクを呼び出した。
暫くは安全だろうが、念の為に見張りながら話したい事があるらしい。
「リンク、アンタ達はガノンドロフに対抗する手段を探してるんだろ?」
「うん。今は水の精霊石って物を探してるんだ。ゾーラ族って種族が持ってるらしいんだけど、どこにいるのか全く分からなくて……」
「ゾーラ族? それなら一度ハイリア湖で見かけた事があるよ」
「え、ホント!?」
「ああ。そこに住んでるかどうかは分からないけど、行ってみたらどうだい」
インパに貰った地図を渡し、ハイリア湖の場所に印を付けてもらう。
手がかりが全く無い現状、情報がもたらされたなら行ってみなければ。
リンクに地図を返したナボールは立ち上がって背伸びをした。
「それじゃ、アタイはそろそろ行くかね」
「え、もう? 一緒に来てくれたら心強かったんだけど……」
「お互いガノンドロフの一味に追われてる身だ、分かれた方が戦力を分散させられるんじゃないか?」
「そっか……捕まらないよう気を付けてね」
「ボーヤ達もね。しっかりお姫様を守りなよ!」
ウィンクして去って行ったナボールの言う“姫”とは、カヤノの事だろう。
そう言われると照れ臭くなってどうにも恥ずかしい思いが込み上げて来る。
同時にカヤノの事が好きだと言ったダークの事を思い出し、悶々とした気持ちでヤキモチを焼いたり忙しい。
暫くは屋根の上に居たリンクだったが、ふと下の客間から物音がしたのでカヤノが起きたのだと思い、よく確認もせずに出窓から室内へ飛び込んだ。
「カヤノ、起きた? 情報があったよ、ナボールが教え……」
「…………」
「…………」
二つの理由で、リンクは思い切り固まった。
一つは、カヤノが服を脱ぎかけていたから。
着替えようとしていたのだろう、上着を思い切り捲り上げた所でリンクを見ながら止まっている。
そしてもう一つは、晒された彼女の肌に沢山の傷があったから。
傷はどれもが赤い線の形をしていて……。
彼女が囚われていた部屋に、鞭があったのを思い出したリンクの心臓が跳ね上がる。
「カヤノ、それ……その傷……」
「あ、えっと」
捲り上げたまま止まっていたカヤノが動き、慌てて服を下げて肌を隠す。
しかし見られてしまったものを無かった事には出来ない。
ナビィが気まずそうに二人を見つめ、ナーガは小首を傾げていた。
「ヒドい事されたの?」
「……もう、大丈夫だから」
そう言って背を向けたカヤノの声が震えている気がする。
自分より大きな背中が無性に小さく見えて、リンクは思わずカヤノを背後から抱き締めた。
「ひゃっ……リ、リンク?」
「……ごめん、守れなくて。辛い思いさせて……」
「……」
「オレもっと強くなりたい。強くなるよ。そしてカヤノを守るから」
「……うん。私も、頑張って強くなる。強くなったリンクと一緒に居られるように」
背後から回されるリンクの手に自分の手を添えるカヤノ。
そうして暫くの間そのままで居る二人。
それをやや遠巻きに眺めていたナビィが、彼らを見つめたまま。
「ナーガ、ジャマしちゃダメよ」
「きゅ?」
「若い子はいいわねー……まだ若すぎるか」
帰って来た愛しい日常に安堵して、呑気な事を言うのだった。
−続く−