それから程なくして砦にリンク達がやって来る。
先の方は巨大な門で隔たれており、あれを開けなければこの場所で行き止まりだ。


「カヤノ、この砦に居るのかな?」

「分からない。あの門の向こうへ連れて行かれたとすれば厄介だ」


リンクとダークが話し合っている間に、ナビィが高く飛んで砦を見渡す。
ゲルド族の見張りが複数……見付からずに抜けるのは困難だ。
そもそも、この砦にカヤノが居るという確証すら無い。
命がけで侵入して無駄骨では救われない、が。


「無駄骨になるとしても、これ以上 情報が無いんだから行くよ」

「俺も同意見だ」

「分かってる、ワタシだって同じよ。とりあえずワタシが飛んで行って内部を確認して来ようか?」

「ちょっと、そこのボーヤ達」


仲間達の会話の途中で知らない声が割り込んだ。
驚いてそちらを見ると、褐色の肌に燃えるような赤い髪をポニーテールにした美女。
思い切りゲルド族の特徴を持つ女性の登場に、リンクとダークは剣を構え、ナーガは唸って臨戦態勢。

しかし、女性の口から紡がれたのは意外な言葉。


「アンタ達みたいな子供がこんな所に何の用だい? まさかガノンドロフの一味じゃないだろうね」

「えっ? お姉さんは違うの?」

「一緒にするんじゃないよ。アタイは盗賊だけど義賊だからね。弱い者から奪ったり人殺しをするようなガノンドロフとは違う」

「オレ達だって違うよ! ガノンドロフがハイラルを滅ぼそうとしてるから、それに対抗する手段を探して旅をしてるんだ!」


真っ直ぐそう告げたリンクに女性は、「いい根性してるじゃないか」と楽しそうに笑う。
女性はナボールと名乗った。
ゲルド族は100年に一度しか男が生まれず、そうして生まれた男はゲルドの王になる掟があるそうだ。
しかし平気で弱者を蹂躙したり罪の無い者を殺したりするガノンドロフが王になるのを認めたくないという。
そこでガノンドロフに従う者が集う砦で一騒動を起こし、奴の鼻をあかしてやるつもりだと。


「義賊は悪い奴から奪うもんさ。ちょいとお宝でも頂こうかと思ってね」

「じゃ、じゃあアナタ、砦の構造には詳しい?」

「ああ。何度か入った事があるよ」


ナビィの質問に即答するナボールに、リンク達に希望が湧く。
仲間の女の子がゲルド族に誘拐されて行方が分からない、こっちの方に来たのは確実だと事情を説明すると、ナボールは何かを思い出す。


「そう言えばさっき、砦の方で騒ぎがあったみたいでね。ゲルドの特徴を持たない子が引っ立てられて行ったよ。真っ黒い髪をした、ボーヤ達より少し大きいくらいのお嬢ちゃんだった」

「! きっとカヤノだ、助けなきゃ……!」

「それじゃあここは手を組まないかい? アタイなら力になってやれるよ」


その言葉に少しだけ迷うリンク。
良い人そうだがゲルド族だ。信じてもいいのか……。
その迷いを感じ取ったか、ナビィが背中を押すように口を開く。


「ここは協力しましょ。言い方は悪いけど、子供を倒すためだけにこんな芝居をするとは思えないわ」

「その通り、ゲルドの女はそんじょそこらの男よりずっと強い。ボーヤ達を始末するつもりならこんな小芝居打たないで、普通に戦うさ」

「……そうだね。オレはリンクで、こっちはダーク、妖精のナビィに子竜のナーガだよ。よろしくナボール!」

「竜まで居るとは心強いねえ。じゃあ行こうか」


エポナは砦の敷地の外で待っていて貰う。
ナボールの案内で、岩の陰に隠れたり見張りを不意打ちで気絶させたりしながら広場を抜けるリンク達。
上手く砦の中に入り込めただけでかなりの収穫だ。
ナボールが居なければここまでスムーズには行かなかっただろう。


「すごいや! ゲルド族がみんなナボールみたいな人だったらいいのに」

「昔はガノンドロフやその配下もここまで酷くなかったんだよ。ま、目に余る略奪や理不尽な殺しはその頃にもあったから、アタイは当時からヤツらが気に食わなかったけど……今ほどじゃなかった。何があったか、統一戦争が終わった辺りから一気に様子がおかしくなったね」

「え……そうなんだ」


ナボールの話では、ガノンドロフは統一戦争が始まる前、後にハイラルと戦う事になる隣国へ度々 盗みに行っていたらしい。
そう言えば、ガノンドロフがどうやって聖地の秘密や時のオカリナの事を知ったのかカヤノが疑問に思っていたが、ひょっとしたらその隣国で何かを知ったのかもしれない。
だから統一戦争終結後に様子がおかしくなったのではないだろうか。
何にしても今は推測の域を出ない。
それよりカヤノを助けるのが先だと、リンク達は改めて気を引き締めた。



一方、カヤノ。
彼女は先程入れられていた牢とは別の牢がある場所に連れて来られていた。

他の牢がある部屋は少なくとも他所へ通じる通路が二つあり、行き止まりにはなっていない。
しかし今居る部屋は他所へ通じる通路が一つだけで、完全な行き止まり。
広いが殺風景で奥に牢屋があるだけの部屋。
明かり取り程度の窓も無いので、篝火だけが頼りの薄暗い場所。

そんな部屋の中央でカヤノは、天井から伸びる鎖に両手を拘束され吊し上げられていた。
両足も縛られて殆ど身動きが取れない。
周囲には複数の女戦士。
怯える彼女の目の前に、一人の女戦士が鞭を見せ付けるように掲げる。


「痛い目を見たくないなら大人しくしてな、って言ったんだが。大人しくしないって事は痛い目を見たいんだろ?」

「ひ……い、いや……」

「ガノンドロフ様がご所望だから殺しやしないさ。だけど……」


女戦士が鞭を振り上げ、カヤノの体に叩き付けた。


「あぅっ!」

「面倒を掛けられたお礼はたっぷりしてやるよ」


女戦士はニヤリと笑むと、カヤノの体を打ち据え始める。
鞭のしなる音や体を打つ甲高い音、打たれる度に響くカヤノの悲鳴。
それらの音が殺風景な部屋に木霊する。


「あぐっ! うぅっ! はぁぅっ! ひきゃぁっ!」

「可愛い悲鳴を上げるじゃないか。痛め付け甲斐がある」


何度も何度もしつこく叩き付けられる鞭。
暫くそうしていると、カヤノの悲鳴が小さくなって行った。
痛みと体力の減少で叫ぶ気力も無くなりかけているらしい。
リンク達より大きいとはいえ、子供の身にこの仕置きは厳し過ぎる。

女戦士達はカヤノを鎖から下ろし、足を縛っていた縄も解くと床に転がした。
起き上がれずに荒い息を吐き出すしか出来ないカヤノ。
石造りの床の冷たさがいっそ心地良かった。


「はっ……あ、うぅっ……」

「これで逃げ出す気力も無くなったか。次に妙な真似したらもっと酷い目に遭わせてやるからね。お前達、この小娘を奥の牢に繋ぐんだ。もう逃げ出せないように楽な体勢は取らせないよ」


その命令を受け、周囲の女戦士達がカヤノを奥の牢へ担いで行く。
牢の奥の壁には手足を拘束する為の枷が取り付けられており、それらは位置を調整できるようになっている。
牢の奥の壁に押し付けられたカヤノは、床に立ったまま両手を広げさせられ、壁に枷で固定された。


「もっと足を開かせな」


女戦士達は命令通りに左右からカヤノの足を引っ張って大きく開かせ、その状態で足首を壁の枷に固定した。
足に負担が掛かる状態で磔にされたカヤノ。
鞭打ちから解放されても体は楽にならず、汗を浮かべて呻き声を上げる。


「うぅ……」

「地味だが少しキツいだろ? 長時間このままにしていると解放された後も暫く歩けなくなるよ。ガノンドロフ様への献上品だから壊す訳にはいかないが、このくらいはしておかないと、また逃げられるかもしれないからね」


女戦士達は牢の鍵を閉め、カヤノを放置して部屋を後にした。
それはガノンドロフが来るまで磔の状態から解放されない事を意味する。
鞭打ちで体力が奪われた後にこの仕打ちは予想以上に辛く、苦しみを誤魔化そうと唯一自由になる首を動かし、呻き続けた。


「あぁあぅぅっ……っくぅぅぅ……」


せめて足を閉じられたら楽になるのに、手足を拘束する枷はびくともしない。
もはやこれは軽い拷問だ。
軽いと言っても体力が奪われた後では泣きたくなるほど辛い。


「……リンク、ナビィ、ナーガ……。 ……ゼルダ姫……」


最後に名を呼んで思い浮かべたのは、愛らしいゼルダ姫の笑顔。
生きて彼女の所へ帰ると誓った希望は、帰れないかもしれない、と、絶望に変わりつつあった。


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