緑豊かなハイラルの地は、西へ行くほど荒涼として来る。
岩肌が剥き出しで荒れていても生命の力強さを感じたデスマウンテンとは違い、とても生き物が住めるような環境ではないように見えた。
吹き抜ける風も命を運ぶかのようなハイラルのそれとは違い、からからに乾いて死を運ぶように吹き抜ける。

謎の女戦士達に連れ去られたカヤノは馬に乗せられ、この荒れ果てた大地までやって来た。
女戦士達の会話の端々から察するに、彼女達はやはりガノンドロフと同じゲルド族。
生命を奪うかのような風が吹き始めた辺りからはゲルド族の領地のようだ。

砂漠に住んでいると聞いていたがここはまだ荒野といった様相。
やがて前方に石造りの立派な砦が現れる。
ゲルドの盗賊達がアジトにしている砦のようで、カヤノは頑強な鉄格子が填められた牢屋に入れられる。


「痛い目を見たくないなら、ガノンドロフ様がお帰りになるまで大人しくしてな」

「ま、待って下さい! どうして私を……」


カヤノの質問には答えず、女戦士は去って行く。暫くは鉄格子に縋り付いていたカヤノだったが、
やがて諦め、牢の奥の壁に背中を預けて座り込んだ。


「……リンク、ナビィ、ナーガ……」


彼らは自分を心配してくれているだろう。
ひょっとしたら助け出そうとこちらへ向かっている可能性もあるが、砦は複数のゲルド族が見張っておりとても侵入できるとは思えない。
この砦の地理が分かる者が居ればいいが、利用するのはガノンドロフの息が掛かった者だけのようなので、望みは無いと見るべきか。

女戦士の言葉から察するにガノンドロフの命令で連れ去られたらしいが、なぜ自分がそんな目に遭うのかカヤノはさっぱり分からない。
一つ心当たりがあるとすれば昨日……もう日が昇っているので一昨日か。
ゼルダと遊んだ日の夜に出会ったガノンドロフの様子。
何故か引き止められ名前を訊ねられ、手を差し伸べてこちらへ来るよう言われた。

あの時の彼からは、邪悪な様子というものが全く感じられなかった。
恐怖も感じず、ひょっとして悪い人ではないのでは……なんて、絶対に疑いたくない筈のゼルダの予知夢を否定するような考えまで浮かんでしまい、慌てて自分の思考回路を戒める。

……その時、ふと一つの考えが頭に浮かんだ。
この牢を隔てる鉄格子は頑強だが、扉は普通に施錠されている。
何か特殊な仕掛けで閉じられている訳ではなさそうだ。
鍵の部分をディンの炎で壊すなり溶かすなりすれば開くのでは。
攫われる時は女戦士に抱えられていた為に魔法を使えず、それ以降、魔法の事をすっかり忘れていた。

リンク達はきっと助けに来てくれるとは思うが、もしその前にガノンドロフがやって来たらどうなるだろう。
リンクの所へ戻れなくなったり、最悪 命を奪われるかもしれない。
運命を受け入れられるようになったからといって、こんな運命は……。


「(……受け入れたくない。私は生きてゼルダ姫の所に戻る!)」


幸いにも牢を直接見張っているゲルド族は居ない。
恐らく砦の外やこの牢に繋がる別の部屋を見張っているのだろう。
鉄格子の扉に出来るだけ近寄り、ディンの炎を発動させる。
小さめの炎で炙るようにじりじりと鍵部分を熱し続けると、ぴったり閉じられていた扉が少しだけ揺れた。
行けるかも、と思って更に炙り続けると、やがてパキッと壊れるような音が聞こえる。
扉を押すと呆気なく開いてくれた。


「(やった……! 早く脱出しないと)」


足音を立てないよう慎重に小走りで駆け出す。
下りになっている通路を進むと出入り口に到着するが、外に複数の見張りが居るのを確認し慌てて牢がある部屋まで戻った。
今度は逆方向の上りになっている通路を進んでみると、一階部分の屋根の上に出る。
石造りの砦は屋根が平らで、普通に2階3階の通路として利用されているようだ。
下の見張りに見つからないよう姿勢を低くして砦の端の方まで行くと、どこかから馬が鼻を鳴らしているような音が聞こえて来る。


「(どこかしら……下?)」


砦の端から見下ろすと馬繋ぎ場があり、数頭の馬が繋がれている。
幸いにも周囲にゲルド族の姿は無い……今が好機だ。

明かり取り用の小窓だろうか、一階部分に空いていた細い穴に足を掛け、更に手を掛けて高度を下げてから飛び降りる。
一頭の馬のロープを解いてその背に乗ると、突然の事に馬は暴れようとするが、カヤノは優しく撫でながら声を掛けた。


「いい子だから……お願い、言う事を聞いて。私をリンク達の所に帰して」


その声に、所作に、暴れようとした馬が大人しくなる。
以前思わずリンクに使ってしまった、不安や恐怖を和らげる巫女の力。
この能力が勇気あふれるリンクの役に立つ事は無いだろうが、意外な所で役立ってくれた。

カヤノは手綱を操り、ゆっくりと馬を歩かせる。
この場所は砦に隠れて死角になっているが、脱出しようと思ったらゲルド族達が見張る広場を駆け抜けなければならない。
怖いが、行かなければ。
ガノンドロフに会えばどんな目に遭うか分からない。


「(勇気を下さい。どうか……)」


一瞬。
誰に願おうかと悩み、ふと浮かべてしまったのは母親。
自分が殺した家族に縋ろうなんて虫がよすぎる。


「(……行こう)」


一つ深呼吸をしたカヤノは、手綱を打って馬を走らせた。
広場に飛び出た瞬間、ゲルドの女戦士達が止めようと寄って来る。


「おい、そこのヤツ! 止まれ!」


そう言われて素直に止まる訳にはいかない。
手綱を何度も打って全速力で馬を走らせ、段差を飛び降りる準備をする。
連れて来られる時に見たからハイラルの方角は覚えている。
段差を降りてから向かって左方向に進めば戻れる筈だ。

ゲルド族達が何人か飛び出して来るが、止まれば捕まる。
速度を緩める事なく突っ込んで行くと大抵は避けてくれるが、中には馬の足が少し当たり、弾き飛ばされる者も。


「(あれ、打撲で済むかな……骨が折れてるかもしれない。……ごめんなさい)」


悪党相手なのだから何も気に病む必要は無いかもしれないが、どちらかと言うと自身の心の平穏の為に口に出さず謝罪するカヤノ。
何とか避けて弾き飛ばされなかった者も、前方に飛び出せばカヤノが馬の速度を緩めるだろうと踏んだのにそのまま突っ込んで来たせいか、慌てて地面に飛び込んだ為に怪我をしているだろう。

ゲルド族達は馬に乗っていない。
今から馬に乗って追い掛けられるにしても、このままの速度を保てば逃げ切れる。
心臓がばくばくと高鳴り、息苦しさを覚えて一つ大きく息を吐き出したカヤノ。

……その瞬間、馬が悲鳴のような鳴き声を上げる。
えっ、と思ったのも束の間、急激にバランスを崩した馬は転倒。
必死でしがみ付いていた為に勢い良く叩き付けられる事は避けたが、馬もろとも転倒するのは避けられなかった。
痛みに震えている間にゲルド族達が駆け付け、腕を捕まれて立たされる。
ふと目をやると、馬の足の付け根に矢が突き刺さっていた。


「そん、な……」

「いらない手間を掛けさせやがって。お陰で怪我人が出るわ馬が一頭駄目になるわ散々だ。お前達、この小娘を痛め付けてやりな!」


ゲルド族達がカヤノの両腕を掴んで無理やり引き摺って行く。
相手が屈強な女戦士では、いくら抵抗しても効果は無い。


「放して、いやぁっ!」


カヤノの悲鳴は、体と一緒に砦の中へ吸い込まれて行った。


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