「はぁ……弱かったけど疲れた」

「マロン達に報告して、今日はもう休みましょう」

「さんせー……」


欠伸をしながら家の方へ向かって歩き出すリンク。
ふとその進行方向に居たナーガを目に映すと、楽しそうな笑みを浮かべて抱き上げる。


「お前って戦えたんだなーナーガ! カヤノにいい名前も付けてもらって良かったじゃん!」


揉みくちゃになる程に撫で回してあげるリンクに、ナーガの方も喉を鳴らして気持ち良さそうにしている。
リンクはナーガを頭へ乗せるように抱え、そのまま歩き出した。


「なあカヤノ、こいつ旅に連れて行ってやらないか? オレ達に付いて来たがってるし、戦えるみたいだし」

「ええ、異論は無いわ。一緒に来るでしょナーガ?」


カヤノの問い掛けに、きゅう、と可愛らしい鳴き声で応えるナーガ。
旅は道連れ。頼もしい仲間なら多い方がいい。

マロン達にグエーを全滅させた事を伝えると、飛び上がらんばかりに喜んでくれた。
これで動物達もストレスで体調を崩すような事は無くなる筈だ。
夜も更けて、リンクとカヤノは客間に案内され、そこで就寝する事に。

眠ってからどれくらい経っただろうか、ふと何か妙な物音が聞こえた気がしたカヤノは目を覚ます。
どうも音は出窓の方からのようだ。
二階にあるこの部屋は、屋根に付いている出窓から牧場や平原を眺める事が出来る。
カヤノのベッドは出窓のすぐ側にあり、どうにも気になったカヤノはベッドから降り、出窓の方へ近付いて窓を開けようと手を掛けた。

……瞬間、出窓の外に人の顔が現れ、思わず悲鳴を上げる。


「きゃあっ!?」

「わっ!? ……カヤノ?」


その悲鳴にリンクとナビィが飛び起き、声のした方へ視線を動かす。
そこには、昨晩ゼルダ姫を狙って来たのと同じ格好をした女が居て、カヤノを抱えて今にも窓から出て行こうとしている光景が。
片腕で小脇に抱えられているカヤノは暴れているが、如何せん体格が足りない。


「いやっ! 何するんですか、放して下さいっ!」

「ッチ、小僧が起きたか。引き上げるぞお前達!」

「カヤノを放せっ!」


リンクはベッド脇に置いていた剣を手に駆け寄るが、間一髪の所で窓から脱出されてしまう。
すぐさま後を追い掛けて屋根に出るものの、数人の女達は軽やかな動きで屋根を伝い、もう牧場の外へ出ようとしている。


「待てぇぇっ!!」

「アンタ達、カヤノを返しなさい!!」


追いながら声を張り上げるリンクとナビィ。
ナーガも遅れながら出て来て鳴き声を上げるが、誘拐犯がそんな事で止まる訳は無い。


「リンク、リンクーーーッ!!」


カヤノの悲鳴は素早く遠ざかって行き、やがて聞こえなくなる。
闇に紛れた女達の姿はどこにも見えなくなり、後に残されたのは息を切らして立ち竦むリンク、わなわな震えているナビィと泣きそうな顔で地面に伏したナーガ。


「……どう、しよう、ナビィ……」

「どうするもこうするも、助けに行かなきゃ! カヤノをどうするつもりなのよアイツら……!」


ゼルダ姫を狙った者達が、なぜカヤノまで狙ったのか。
まさか姫と間違われた訳ではないだろうが、だからといって他に理由などサッパリ思いつかない。
そもそもあの女達がどこの誰かすらリンク達は知らないのだ。


「一体何者なんだよ、どこに行ったんだよ!」

「奴らはゲルドの女戦士達だ」


突然、リンク達の誰でもない声が背後から聞こえた。
瞬時に振り返ったリンクは、そこに居た人物に思わず飛び退る。
自分と同じ容姿をしているが、その服は闇を吸ったような黒。
肌の色はやや悪く、髪は銀色、瞳は真っ赤に染まっている。


「オ、オ、オレが居る!?」

「アナタはダーク……!」

「へ? ナビィこいつと知り合いなの?」

「うん、ちょっとね……」


ダークは狼狽えている二人を気にする事も無く淡々と歩み寄り、女達が消えたであろう方向を無表情で見据える。


「このハイラルの西にゲルド族が住まう砂漠がある」

「ゲルドって、ガノンドロフの……!」

「そうだ。方向からしてカヤノはそちらへ連れて行かれたようだ」


言葉は抑揚の少ない平坦な声で、顔は無表情のまま鉄のように変わらない。
ちょっと前までのカヤノみたいだな、なんて、カヤノ本人も思った事をリンクは思った。

だが今気にすべき事はそれではない。
あの女達が何者か分かった、カヤノが連れ去られた場所も分かった。
ならばすぐにでも助けに行かなければ。


「えっと、ダークだっけ。お前も来るのか?」

「当然だ。カヤノが危険に晒されているのなら助ける」

「……カヤノとどういう関係なんだよ。どこで知り合って……」

「俺はお前のせいで生まれたんだがな」

「え?」

「二人とも、その話は後で! 急いで砂漠へ行かなきゃ!」


ナビィの割り込みで会話は中断され、改めて西へ向かう決心をするリンク。

すると牧場の方から、何かがこちらへ向かって来るのが見えた。
月明かりの下に現れたのは、マロンと子馬のエポナ。


「マロン、エポナ! どうしたんだよこんな夜中に!」

「こっちのセリフよ。何だか騒がしくて目が覚めちゃって、表に出てみたらエポナがどこかへ行こうとしてるんだもん。気になってついて来たんだけど……一体何があったの?」

「実はカヤノが……あ、そうだ! マロン、エポナを貸してくれない!?」

「ええっ? ちょっと待って、きちんと説明して! そもそもなんで妖精クンが二人もいるの?」


半分寝ぼけ眼のマロンに、カヤノが攫われた事を伝える。
ダークの事は知らないので詳しい事は言えないが、ひとまずナビィが何も言わないので仲間だという事にして、納得して貰った。
マロンは初め冗談か何かだと思っていた様子だったが、リンクが真剣な様子を崩さないので事情を飲み込み、受け入れる。


「ひょっとしてエポナ、妖精クン達を助けてあげたいの?」


その言葉に、エポナは強気さを感じる表情で鼻を鳴らし、軽く嘶いた。
マロンが連れて来たのではなく、どこかへ行こうとしていたというエポナ。
真相がどうかは分からないが、西の砂漠は遠いらしいので足が欲しい。
手伝ってくれるというのなら存分に頼らせて貰いたい。


「……分かったわ。あたしもカヤノが心配だし、エポナも行きたそうだし。だけど約束して。絶対にみんなで無事に帰って来てね」

「ありがとうマロン! エポナは絶対に無事に帰すよ!」


リンクはナーガを頭にしがみ付かせてエポナに乗り、遙か西の方角を見据える。
そう言えばダークはどうしよう、と思って振り返ると、月明かりに浮かんだリンクの影目掛けてダークの体が吸い込まれ、そのまま一体化してしまった。


「うわ、え、ええっ……」

『俺は砂漠に着くまでこのままで居る。急げ』

「い、言われなくても分かってるよ!」


もう一度マロンに礼と挨拶を言い、夜の平原を西へ向けて進むリンク達。
まだ月や星の力は強いが、ほんの少しずつ空が明るみ始め、そろそろ明け方になろうかという時間だった。




−続く−


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