「ごめん。本当に、ごめん」

「買っちゃったものは仕方ないよ……」


城下町を抜けて平原に出たリンク達。
カヤノの腕には相変わらず居心地良さそうな子竜が収まっている。
冒険の準備を済ませた後だったのは不幸中の幸いだが、結局 子竜を買うのに払った金額で残りの蓄えは消滅してしまった。


「こいつも自由になれて良かっただろ。ほら、どこへでも行きな」


リンクがカヤノの腕から子竜を取り上げ、地面へと置いた。
しかし子竜はリンク達を見るばかりでどこへも行こうとしない。


「オレ達の旅は危ないんだから連れて行けないよ」

「この辺は緑も豊かだし、食べるものにも困らないわ。元気でね」


子竜を置いて歩き出すカヤノ達。
しかし子竜はずっと後を付いて来る。
何度ついて来ないよう言っても聞き入れないし、振り切ろうと走れば手だけで体を支え、跳ねながら追い掛けて来る。


「ねえリンク、カヤノ、あの子どうするの?」

「ど、どうしようか……」


あれから何時間歩いただろうか?
子竜を振り切る為に、目的地も無いのにずんずんと移動してしまった。
城下町はとっくの以前に遠ざかって見えないし、周囲にも特に気になるようなものは……。


「……リンク、あそこに建物がある」

「え? ほんとだ!」


かなり遠くだが、平原の向こう、少し高台になっている所に建物が見える。
それなりの広さがありそうで、石造りの塀と木造の柵に囲まれていた。
カヤノがインパに貰った地図を見てみると、平原の中に聞いた事のある施設の名が。


「もしかして、あそこがロンロン牧場なの?」

「ロンロン牧場? マロン達が住んでるって言ってた所か! あそこで竜の子を預かって貰えないかな?」


リンクは期待を込めて言うが、果たして竜なんて牧場で預かれるのだろうか。
今はまだ小さいので大丈夫かもしれないが、竜の成長速度が分からない。
イメージ的には成長が遅いような気もするけれど、この世界の竜の事がよく分からないので断言は出来ない。
けれど、あの子竜をいつまでも連れて行けないのは変わらない訳で……。
このままでは埒があかないので、駄目元で行ってみる事になった。



だいぶ遠くに見えていたが、それ以上に歩いたような気もする。
子竜が変わらず後を付いて来る中、見えた建物に辿り着いたリンク達。
入り口の門をくぐり崖に挟まれた坂道を上る。
高台に作られたそこはロンロン牧場で間違い無いようだ。
右側に動物小屋、左側に住居、その奥には広大な放牧場が見える。


「誰か居ないのかな?」

「待って、歌声が聞こえる」


奥の放牧場から聞こえる歌声。
昨日ホロ馬車の荷台でマロンが歌ってくれた歌だ。
そちらの方へ行ってみると、馬が沢山居る広大な放牧場の中央、マロンが馬を磨きながら気持ち良さそうに歌っているのが見えた。
そちらへ走り寄ると彼女の方も気付く。


「やっほーマロン!」

「あ、妖精クン! それにカヤノ!」


ぱっと花が咲くような明るい顔で言ったマロンに、リンクだけがずっこけそうになる。


「な、なんでオレだけ“妖精クン”なんだよ!」

「森の妖精のコなんでしょ? カヤノは違うって言ってたし」


悪意など微塵も無い笑顔で言うマロンの思考回路について、カヤノは少し考える。
夢見るお年頃の彼女にとって、妖精を連れた神秘の男の子は憧憬の存在なのだろう。
いわゆる“王子様”、“騎士様”のような感じで、存在を強調する為に“妖精クン”と言っているのではないだろうか。
ろくな自由が無く、学校の図書室で本を読む事で空想を繰り広げていたカヤノは、そういった憧れを持つマロンの気持ちが充分に理解できた。


「こんなに早く来てくれるなんて嬉しい! グエーが増えてからお客さん減っちゃったんだもん」

「グエー?」

「鳥の魔物よ。前はこんな事なかったのに、夜になると多くて」


マロンは困り顔で言う。
そのせいで動物達にストレスが増え、牛はミルクの量が減るし、寝不足になって体調を崩す馬や落ち着きを無くすコッコも出て来たのだとか。
魔物の増加について、ナビィが確信を持って告げる。


「きっと邪悪な気配が強くなってるせいよ。ワタシも感じるわ」

「じゃあガノンドロフ関係って事かな。カヤノ、助けてあげようよ」

「ええ、勿論。ねえマロン、その魔物は夜にしか出ないの?」

「昼にも少しいるけど、大体は夜ね。……え、退治してくれるの?」

「大変そうだし見過ごせないよ。な、カヤノ、ナビィ!」


明るい笑顔で言うリンクに、マロンは少し呆然としたような顔を見せた。
しかしすぐ同様に笑顔になると、元気に礼を言う。


「ありがとう、ホンット困ってたの! じゃあ今日は泊まって行って。そうだ、夜になるまで牧場を案内してあげよっか!」


特にやる事も無いので、被害状況の確認も兼ねてマロンの提案に乗る事にした。

この放牧場は周囲がトラックになっており、馬が思う存分 走り回る事が出来るようになっている。
グエーは主に放牧場やトラック、その周囲に出現し、そこから鳴き声を上げたり動物小屋へちょっかいをかけに行き、それが動物達のストレスになっているという。
建物への被害は特に見受けられない。
案内してくれるマロンに付いて行くリンク達だが、ふと彼女がリンク達を振り返り、更にその背後の子竜へ視線を向けた。


「ところでそのコどうしたの? ひょっとして、竜?」

「あ……うん。竜の子。懐かれちゃって付いて来るんだよ。あのさマロン、この子をここで預かってくれないかな?」

「うーん……そうねえ……。動物達を食べたりしない? どのくらいで大きくなる?」

「わ、分かんない……」

「それじゃあちょっと様子見ね」


この大きさでは牛や馬は食べられないだろうが、コッコ程度の大きさであれば襲い掛かる可能性も捨てきれない。
安全が確認できるまでは預かれないのも当然だ。
取り敢えず今は大人しくしているので、好きにさせる事にする。

次に案内されたのは動物小屋。
今は殆どが外に放牧されている為に数頭の牛や馬しか居ないが、その中に大きなピッチフォークを手にした男性が一人。
少々ヒョロ長い体格だが、それよりも立派な眉毛と尖ったヒゲが印象的だ。


「あの人はインゴーさん。この牧場を手伝ってくれてるの」

「仕事中みたいね……そう言えばマロン、タロンさんはどこに居るの?」

「あー……とーさんは……」


少々気まずそうに目を逸らすマロン。
どうしたのかと思っていると、突然インゴーがこちらを向いた。
ビクリと体を震わせたリンク達に構わず、苛ついた様子で口を開く。


「タロンのダンナは夜までグーグー昼寝。この牧場の仕事は殆どおれ任せだ」

「ええ、インゴーさん。うちが持ってるのはみーんなアナタのおかげよ」


その言葉にもさも当然という態度で、いっそインゴー牧場に改名しろ、なんてブツブツ言っている。
マロンが言うには、愚痴っぽいが悪い人ではないらしい。
仕事はきちっとするし動物も可愛がっていると。
グエーが現れてからも彼が動物達を宥めているため、ストレスで体調は崩しても病気になるような事にはなっていないそうだ。


- ナノ -