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ゼルダを連れて城を抜け出し、一日中遊んだリンク達。
夜の城門前、迎えに来てくれたインパの隣に並ぶ彼女に挨拶する。
「じゃあ、オレ達そろそろ行くから」
「ええ。今日は遊びに連れ出して下さってありがとうございました」
「……ゼルダ姫、王様に怒られませんか?」
「覚悟の上で出て来ましたから。ねえインパ」
「姫様……」
いたずらっぽい笑みを浮かべるゼルダに、インパは困ったような笑顔。
恐らく、品行方正な姫がこんな事をしたのは初めてなのだろう。
リンクやカヤノにしても、良い息抜きになった。
これでまた明日から元気に精霊石を探す冒険に出掛けられる。
「リンク、カヤノ。どうか気を付けて下さいね」
「ゼルダもね。ガノンドロフには気を付けてよ」
「私達、必ず精霊石を手に入れて帰って来ますから」
「はい。また無事に会いましょう!」
満面の笑みを浮かべるゼルダに、リンクとカヤノも同様に返す。
ゼルダは城へ、リンクとカヤノは城下町の宿へ向かって歩き出すが、ふとインパがカヤノに話し掛けて来た。
「挨拶した後にすまないカヤノ、ひとつ訊ねたい事がある」
「? 何ですか」
「お前はどこの出身なんだ?」
「え……」
どうしてそんな事を訊ねられるのだろう。
名前がこの国の人物にしては珍しい感じだから?
デクの樹や大妖精のような存在には知られているようだが、そうでない人物に異世界から来たと言って信じて貰えるだろうか。
「……詳しくは話せません。この国ではない所から来ました」
「そうか。家族は居るのか?」
ひゅ、と息が喉で詰まったような感覚に陥る。
家族は“居た”。
しかしその家族は全てカヤノが己の手で殺害してしまったが。
リンクとナビィには話しているものの、隣で聞いているゼルダに軽蔑されるかもしれないと思ったカヤノは、
家族を殺害した事実を話す事が出来ない。
震える声で、今は居ない、と言うのが精一杯だ。
「……悪い事を訊いてしまったようだ。許してくれ」
「いいえ……大丈夫です」
微笑を浮かべて首を振ると、インパはそれ以上何も言わなかった。
今度こそ挨拶して別れたリンク達は、城下町の宿へと向かう。
その途中、歩きながらリンクがカヤノに話し掛けた。
「カヤノ、普通に笑えるようになったね」
「……そう思う?」
言いながらまた微笑を浮かべるカヤノ。
この変化はカヤノも自身で嫌と言うほど感じ取っていた。
城下町でリンクやゼルダと遊び回り、楽しくて大笑いして、そうする間にカヤノの心が段々と解けて行ったらしい。
楽しんで生きろとデクの樹に言われた。
楽しければ笑い、悲しければ泣き、腹が立てば怒る当たり前の生活をしなさいと。
心から笑えなくなって何年か覚えていないが、ようやくそうした“当たり前”で“普通”の生活が出来るようになった。
「ありがとう。これもリンクやゼルダ姫のお陰よ」
「あれ? カヤノ、ワタシは入ってないの?」
「え、あ、もちろんナビィにも感謝してるわ」
「エー? ちょっと今の、ついでっぽかったなァ」
「ほ、ほんとに忘れてた訳じゃないの、ごめんね」
慌てて謝るカヤノとは対照に、ナビィはクスクス笑っている。
もちろん本気で拗ねたり怒ったりしている訳ではない。
それを分かっているから、リンクもフォローせず楽しげに眺めていた。
翌朝、再び城下町の市場で旅の準備をするリンク達。
水の精霊石を持つというゾーラ族の行方は未だ掴めていない。
長丁場になる可能性も考え、デスマウンテン目指して旅立った時より念入りに準備する。
いざとなったらまた城下町に戻れば良いけど……と考えていたカヤノの耳に、人だかりの出来た露店の方から騒ぎの声が届いた。
「こらっ、暴れるなこいつっ!」
「? 何かあったのかな」
「行ってみようか」
リンクが率先して歩き出したので、カヤノもその後を追う。
人混みを掻き分けて騒ぎの中心へ出てみると、そこには露店の主人らしき中年男性が何かの動物と必死で格闘していた。
その動物に見覚えの無いリンクは、疑問符を浮かべてナビィとカヤノに訊ねる。
「ねえ二人とも、あれなんていう動物? オレ初めて見た。モンスターじゃないよな」
「え、っと……私も初めて見た……」
「あれは竜の子供ね。ワタシも実物は初めて見たわ」
サラリと言うナビィにリンクはへー、と返事するだけだが、カヤノはあまりの衝撃に目が離せなかった。
今まで出会ったモンスター達は当然カヤノの世界にはおらず、あまりにも現実離れしていた為、逆に衝撃の度合いはそれ程でもなかった。
しかし竜はそうもいかない。
実在していないのは今までのモンスターと同じだが、竜は元の世界では、伝承などが世界各地にある有名な存在だ。
姿もカヤノが想像できる竜とさして変わらない。
子供というだけあってまだ小さく、カヤノ達でも抱きかかえられる程度。
頭は立派な角が生えた西洋竜のような見た目をしているが、体の方は蛇のような東洋竜の見た目をしている。
後ろ足は存在せず前足が二本あった。
幼さを象徴するような、くりくりした大きな目が可愛らしい。
どうやら売り物のようだが、言う事を聞かずに暴れているらしかった。
事件でもなさそうなので立ち去ろうとしたが、呆然と眺めていたカヤノは視線を逸らすのが遅れてしまう。
はたと子竜と目が合い、瞬間、子竜は店主の拘束を逃れてカヤノの方へ飛び込んで来た。
「わ、わっ!」
思わず抱き止めてしまった。
子竜は居心地が良さそうにカヤノの腕に収まっていて、店主が追い掛けて来ると彼の方を見て唸り声を上げてしまう。
「あーあー、お嬢ちゃんなんて事してくれたんだ!」
「え、え?」
「懐いちゃったじゃないか、売り物にならなくなる!」
理不尽な言い分に呆気に取られる事しか出来ないカヤノ達。
もう放すしかなくなった、大損だよ、なんて溜息を吐きながら大袈裟な程に言われ、ついムッとしたカヤノは売り言葉に買い言葉状態で言い返してしまう。
「おいくらですか?」
「ん?」
「この子、おいくらですか? そうまで言うなら買い取ります!」
カヤノがそう言った瞬間、それまで怒っていた店主が突然ニイッと笑った。
まいどあり、なんて輝く程の笑顔で言われてようやく、乗せられた事に気付いたのだった……。