押し問答が始まりそうな雰囲気。
せめて近くまで……とカヤノが言いかけた瞬間。

突然、両手に剣を持った複数の女性が現れ、彼らを取り囲んだ。
褐色の肌に砂漠の国を彷彿とさせる異国の服装。
友好的な雰囲気でないのは手に取るように分かる。
リンクとカヤノは慌ててゼルダを背後に庇った。


「な、何だよお前ら!」

「……後ろの娘。時のオカリナを我々によこせ」


時のオカリナ。
間違い無い。きっとガノンドロフの手の者だ。
リンクがすぐさま剣を抜いて飛び掛かって行くが、如何せん多勢に無勢。
隙を突いた一人の女戦士が、カヤノとゼルダの方に向かって行った。
カヤノは迷わずゼルダの手を引いて走り出す。


「それでいいよカヤノ! 彼女を頼んだ!」

「……リンク、絶対に死なないで!」


これは役立たずの敗走ではなく、姫を守る為の行動。
ナビィはサポートの為にリンクの許へ残り、二人きりで逃走する。
少ししてから走り難さを感じてゼルダの手を離すが、それから暫くの後、足音の足りなさに気付いた。


「あれ……ゼルダ姫?」


振り返っても居ない。いつの間にか暗い町中に独りぼっち。
急激に不安が襲い掛かって来て辺りをキョロキョロ見渡すが、誰も居なかった。


「ひ、姫? どうしたんですか? どこに…………え?」


発される力無い言葉の途中、聞こえて来る足音。
しかしそれを聞いたカヤノが感じたのは、安堵ではなかった。
重い音。明らかに少女のものではない。
逃げようにも恐怖に足が動かず、その間にも足音は近付いて来る。

やがて月明かりの下に現れたのは、ハイラルを狙う悪の親玉ガノンドロフ。


「あ……」


足が竦んでしまい走り去れず、数歩だけ後退るのがやっと。
鋭い視線で見下ろして来る褐色の大男は、暫くの間 何も言わずカヤノを見ているだけだった。
その静かな時間に少しだけ勇気が湧いて来て、カヤノはガノンドロフの横を擦り抜け走り去ろうとする。
……が、通り過ぎる瞬間に腕を掴まれた。


「!? な、何ですか? 離して下さい」

「……小娘。名を教えろ」

「え? 名前って、どうしてそんな事……」


抗議しようとした瞬間、腕を強く握られ言葉を中断させられる。
これは命を握られているも同然な状況。反抗はしない方が良さそうだ。


「カヤノ、です」

「……変わった名前だな。そうそう居るものではあるまい」


一体この男は何を言いたいのかと、不安と同時に不満も湧き上がる。
こんな事をしている場合ではないのに、早くゼルダ姫を探さなければならないのに。
もう一度勇気を出して、今度は振り解こうと決心するカヤノだが、体躯に相応しい力を持つ彼から逃れるのは困難を極めそうだ。


「(こんな所で死ぬ訳にいかない。やるしかない……!)」


大妖精に教えて貰った通り、体内を巡る魔力を感じて掴まれていない方の手に集める。
まだ威力とコントロールを両立する事は出来ないが、密着しそうなほど側に居る相手へ放つのに、コントロールも何も無い。


「放して、下さいっ!」

「!」


悪しき存在とはいえ、近くに居る人の形をした存在に当てるのを躊躇ってしまった。
ガノンドロフに直撃しない位置に火柱を立てたカヤノは、面食らった彼が一瞬 力を緩めた隙に拘束を逃れる。


「待て……!」


どうしてかは分からない。
分からないが、待てと言われたカヤノは素直に止まってしまった。
何をやっているんだと自分を責めても時既に遅し。
終わったかもしれない……と絶望に似た心地さえ感じるが、止まったというのにガノンドロフが何か仕掛けて来るような気配が無い。
疑問に思い、恐る恐る振り返ったカヤノの目に映った姿は。


「こちらへ来い」


何故か彼の瞳は切なげで、カヤノへ手を伸ばして。
命令言葉だけれど、口調は懇願のようで。


「(あれ……。怖く、ない?)」


そこに恐れていた悪の親玉の姿を感じ取れず、思わずカヤノは、差し出された手を掴む為に彼の方へ歩み出しそうになる。

しかしその時、誰かがこちらへ向かう足音が聞こえ、ガノンドロフは忌々しそうに手を引っ込めると去って行った。
呆然としていると幾らもしないうちにインパが現れる。


「無事か、カヤノ!」

「インパさん? どうしてこんな所に……」

「お前達の事はずっと見ていたよ、姫様を守る為にな。リンク達も無事だから安心しろ」


どうやら、カヤノがゼルダを連れて逃げた直後リンクの助太刀に入ったらしい。
騒ぎになってはマズイと思ったのか、女戦士達は程なく逃げたとか。
それからゼルダとカヤノを追い掛けたが、追い付いたのは丁度カヤノがゼルダの手を離した直後。
声を掛ける間も無く走り去ってしまった為に、まずはゼルダの安全確保を優先し、それが済んでからカヤノを探していたそうだ。

ゼルダを連れ出してしまった事を謝罪するカヤノだが、姫様も納得の上で城を出たのだからと、糾弾はされなかった。
リンク達の所へ歩いて向かいながら、ふとカヤノはインパにある質問をしてみる。
カカリコ村からずっと訊きたいと思っていた事だ。


「インパさん。あなた方シーカー族は、王家に影から仕える一族だと聞きました。つまり生まれた頃から義務付けられていたんですよね? 失礼かもしれませんが、反発心を持った事は無かったんですか?」

「反発心か……正直な話、無かった訳ではない」

「え……」


意外な答えだった。
インパの忠実そうな様子からして、子供の頃から納得済みという印象しか受けなかったからだ。
だがまだ幼い時分には、納得いかずに反発した事もあったらしい。


「だから修行と称して国中を旅するよう命じられてな。旅をして様々な人と関わって行くうちに、この国を愛せるようになった。そして、国を統治する王家へ仕える運命も受け入れられたんだ」


確かナビィも同じような事を言っていた。
愛する人や大切な人の為なら、運命ぐらい幾らでも受け入れられると。


「王家に入ってからは、お側に仕えていた王妃様や姫様と関わるうち、ついには自分の運命に誇りさえ持てるようになったのだ」

「……王妃様やゼルダ姫の事を、とても大事に思っているんですね」

「ああ。カヤノ、もし納得できない運命があったら、それに関わる人々と付き合って対象を知るようにしてみろ。大事に思えるようになればきっと、運命を受け入れられる」


きっとインパの言う通りなのだろう。
家族を殺害する程に運命を呪い嫌っていたカヤノが、大切に思えるゼルダに出会った途端、運命を受け入れようとしているのだから。


「……私は、ハイラルの為ではなくゼルダ姫の為に戦うつもりです。でもこの国そのものを愛せるようになったら、もっと素敵でしょうね」

「そうだな。我々はこの美しいハイラルを守らねばならない。大切なものは多ければ多いほど良い筈だ。それは運命を受け入れる為だけでなく、生きて事を成す為でもある」

「生きて……」

「待っている者が居たり約束があったりすれば、何が何でも帰らねばと思えるだろう?」


ゼルダはきっと、カヤノ達が無事に帰るのを望んでいる。
彼女がそう望むのであれば必ず生きて帰りたい。
それに、平和になったらまた一緒に遊ぶと約束もした。


「……生きて帰らないと。絶対に」


リンクの役に立つ為に無茶をしていたカヤノだが、考えを改める。
命を投げ出すような無茶はもうしない。
無茶をするとすれば、リンクと共に生き延びてゼルダの許へ帰る為に。
カヤノはゼルダとの約束を守る為、そう誓った。




−続く−


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