「カヤノ、楽しい?」

「うん、楽しいけど……どうしたの急に」

「今までのアナタからは考えられないくらい笑ってるから。でも楽しいなら良かった、カヤノが楽しそうにしてるとワタシも嬉しいよ」

「デクの樹サマが仰ってたから? 楽しく生きろって」

「それもあるけど、やっぱり心配だったの。カヤノってあんまり笑わないし、普段はほぼ無表情で言葉にも抑揚が少なかったから。お節介かな」

「……ううん。こうして気遣ってくれる人が居るって、幸せな事よね」


穏やかに微笑むカヤノ。
それを見たナビィは小さく息を吐く。
顔が無い代わりに感情が伝わり易い彼女は今、大いに安堵しているようだ。

本当にカヤノは、どの位だか分からない振りに幸せだった。
友達と街で遊び回ってみたいという、ささやかだけれど難しかった願い。
それが叶っている上に楽しくてしょうがないのだから、幸せだ。
この世界に来てから、元の世界では難しかった願いが次々と叶っている。
それが嬉しい反面、罰の筈なのに……と少々気味が悪い思いもするカヤノだった。


休憩がてら露店でお菓子を買って、人気が無い時の神殿の広場へ向かった。
日は既に傾きかけており、あと少ししか遊べないだろう。
神殿前の階段に座って皆でお菓子を分け合いながら食べていると、ふとゼルダが切なそうな表情をして神殿を振り返った。
どうしたのかリンクが訊ねると、ぽつぽつ話し出す。


「わたしのお母様は、わたしを産んでから体調を崩して、外へ出られなくなってしまったんです。お部屋からもあまり出られませんでした。お母様が生きておられた頃は、お父様とここへお祈りに来たものです……」

「そっか……いつかお母さんと出掛けてみたかったよね」

「ええ。でもリンクとカヤノのお陰で、今はこんなに楽しいです。二人とも、わたしを連れ出して下さって、本当にありがとう」


満面の笑みで礼を言うゼルダ。
きっと王女様には王女様なりの辛さと苦労があるだろう。
そういった しがらみから解放されて遊び回れたのは、本当に楽しかったようだ。
カヤノも王女だなんて大それた立場ではないが、巫女として抑圧されていた頃を思うと、似たような感じだ。


「ゼルダ姫。次は平和になった後で一緒に出掛けましょう」

「! また遊んでくれるのですか? 嬉しい……カヤノ、約束ですよ」

「ええ。約束です」


お互いに微笑んで見つめ合う。
それを見ていたリンクが少しだけ拗ねたように。


「カヤノはゼルダばっかりだし、ゼルダはカヤノばっか。ヤキモチ焼いちゃいそうだ」

「リンク!? それどっちにヤキモチ焼いてるかハッキリ言わないと修羅場よ! ひょっとして両方に焼いてるの? 両手に花なんて、なかなかやるわね!」

「何でちょっと嬉しそうなんだよナビィ!」


やいやい言い合うリンクとナビィを見て、また笑うカヤノとゼルダ。
世界の命運を背負っている身ではあるけれど、一日くらい構わないだろう。
これから過酷な運命が待っているかもしれない戦士達に、少しでも休息を与える為に……。


「お母様と一緒に過ごせた時間は短かったけれど、子守歌を歌ってくれた事はよく覚えています。ハイラル王家に伝わる、王家の証ともなる歌……」

「子守歌かあ。どんな歌なの? 教えてくれない?」

「あ……そうですね。証ともなる物ですから、旅をするに当たって役立つ事もあるかも。うっかりしていました。お教えします」


実はリンクはそんなつもりで言ったのではないのだが、そういう事にしておく。
少し照れくさそうにしていたゼルダは、やがて小さく歌い出した。
王家の証……だが子守歌として歌われていただけあって、穏やかで優しい旋律。
マロンに聞かせて貰った歌とはまた違った趣で、包み込むような愛を感じる。
再びオカリナを手に一緒に演奏するリンクだったが、カヤノの方は、それどころではなかった。


「(綺麗……駄目だ、泣きそう)」


最近 涙もろくなってるな、なんて思いながら、零れそうになる涙を必死で堪えていたのだった……。



そして再び大通りへ戻って来た彼ら。
ふとリンク達は、カヤノがある建物に視線を釘付けにしている事に気付く。
そちらを見てみると、的に矢が刺さった大きな看板。
どうやら的当て屋のようだ。
今まであまり自分から欲を主張しなかったカヤノだから、せめてこういう小さな事ぐらいは酌み取って叶えてあげたいとリンクは思う。


「そろそろ日も暮れるし最後だね。行ってみようカヤノ。ゼルダもそれで良いだろ?」

「ええ。行きましょうカヤノ」

「あ、え……」


二人に手を引かれ、少々足をふらつかせて的当て屋へ向かいながら、カヤノは自分が今 抱いた感情に戸惑っていた。
巫女としての人生に反発して家族を殺した筈なのに、巫女としての神事の為に訓練を受けた弓術を、懐かしいと、もう一度操ってみたいと思ってしまった。
嫌な事や嫌な思い出しか無いと思っていたのに。


「(私……元の世界での生活を懐かしんでるの?)」


それはカヤノにとって余りにもショックな事実。
これでは何の為に家族を殺したのか分からない。
それでも心の片隅で温かさを感じているのだから、始末に負えなかった。


次々と出て来る的を規定の位置から撃ち抜くゲーム。
パチンコや弓矢を貸し出しているが、カヤノは迷わず店主に、弓を貸して欲しいと注文する。


「大丈夫かい? お嬢ちゃんには難しいんじゃないか?」

「平気です。弓を貸して下さい」


技術もそうだが、今は12歳であるカヤノの体格に弓矢は大きい。
それを言っても譲らないので、店主はやれやれと言いたげに弓矢を貸した。


「ショットチャンスは15回! 10個の的を全部うてるかな? パーフェクト目指して頑張りな!」


カヤノが規定位置について弓を構えると笛の音が鳴り、それを合図にルピーの形をした的が現れる。

……その瞬間、的が勝手に壊れた。

見ていた店主とリンク達は呆気に取られてしまうが、実際はカヤノが驚くべき反射神経で矢を射った。それだけだ。
改めてカヤノを確認すると、実に綺麗な姿勢で弦を引いている。
それからも、上下左右様々な方向から様々な出方で現れる的を、カヤノは出現とほぼ同時に、凄まじい正確さで射貫いて行った。
弾かれた弦が立てる空気を切る音が、耳に心地良い。


「ワ……ワンダホ〜ッ!! ブラボ〜ッ!! パーフェクト〜ッ!!」


リンク達が我に返ったのは、そんな店主の声が聞こえてから。
涼やかな顔で店主から賞金と景品を受け取ったカヤノに、リンクとゼルダが興奮した様子で声を掛ける。


「す、すげーっカヤノ! カッコよかった!」

「どこかで弓の名手にでも師事していたのですか? ハイラル騎士団にも、これ程の腕前の者は居ません……!」

「……ちょっと、小さい頃から。色々あって」


言葉を濁したカヤノだが、興奮気味のリンク達は深く追求しなかった。
オレもやる! なんて転びそうな勢いで店主に話し、挑戦を始める。
カヤノは結局一度だけしか挑戦しなかったが、二人に弓を教えたりしながら充実した時間を過ごしたのだった。



的当て屋を満喫し、建物を出た頃にはすっかり夜。
これはいい加減に帰らないと大目玉を食らいそうだ。
ゼルダは大目玉で済むかもしれないが、リンクとカヤノは少しまずい。


「リンク、カヤノ、今日はありがとうございました。わたしは一人で帰ります」

「ちょ、ちょっとさすがに一人じゃ危ないよ、送るから」

「門の所まで行けば兵士が保護してくれます。お城を抜け出したわたしと一緒では誤解されかねません」

「そうだけどさ……」


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