「別の世界に追放……って、もちろん聖地とは別のだよね?」

「ええ。光とは決して交わる事の無い影の世界だそうです。ずっと昔の話ですから、今そこで暮らしているのは彼らの子孫の筈。自分達が犯した訳ではない罪で追放されている現状を、どう思っているのでしょう……」


心優しいゼルダは、反乱を起こした者の子孫の事さえ気遣う。
悲しげに目を伏せた彼女を見ると、リンク達まで胸が痛くなってしまった。
ちなみに今の話はオフレコだ。
かつて王家の一族がこの世の支配を目論んで反乱を起こしたなど、広まれば国民達に混乱が起きかねないので当然だろう。

魔法に関する資料が無いか探すと申し出てくれたインパが退室し、部屋は少しの静寂に包まれる。
出された紅茶を飲んで、ゼルダは口を開いた。


「リンク、カヤノ。あなた達に危険な事を押し付けてごめんなさい。こうして無事な姿で訪ねてくれて、本当に良かった……」

「オレ達なら大丈夫だよゼルダ。それよりゼルダの方こそ大丈夫? 王様はまだゼルダの話を信じてくれないの?」

「はい。いくらガノンドロフの危険性を訴えても、『私はもう戦争を起こしたくないんだ』と言って取り合って下さらなくて……」

「え、何それどういう事? 聖地を狙う奴を放置する方が危ないじゃんか!」

「戦争……そう言えばゼルダ姫、ハイラルは昔 戦争をしていたとか」

「ええ、統一戦争ですね。終戦はわたしが生まれる前、今から11年ほど前になります」

「それが何か関係しているんでしょうか……?」


ハイラル王国が統一される前、平原の南西方向に一つ国があったらしい。
国とは言ってもそう大きなものではないが、商売によって多大な財力と兵力を得た者達が治めていたとか。
統一戦争が起きるまではそれなりに良好な関係を保っていたそうだが、一体なぜ戦争が起きてしまったのだろう。

『私はもう戦争を起こしたくない』

この言葉を鑑みるに、国王がゼルダの話を信じないのには、統一戦争が関係している事は明白だろう。
小難しい話になって来て、リンクが椅子の背もたれに頭を預ける。


「あー、もう分かんない事ばっかだなー! 頭痛いよ」

「気晴らしに城下町で少し遊ぶ?」


ナビィがクスリと笑って言うと、リンクはバッと彼女の方を見た。
大した事を言ったつもりの無いナビィがビクリと驚いてカヤノの後ろに隠れ、ゼルダとカヤノも少しだけ驚いた顔でリンクを見る。
3つの視線を一身に受けたリンクは臆する事なく、ニヤリと笑って。


「よーし、遊びに行くぞ!」


結果、インパが部屋に戻って来た時には、部屋は蛻の殻だったとさ。

……テーブルの上には冷めた紅茶と、ゼルダが書いたであろう置き手紙。
申し訳なさが字面から滲み出るそれを読み、インパは溜め息を吐いて苦笑する。


「まったく、困った子達だ……」


そうして、こっそり護衛する為に城を出るのだった。



沢山の人々で賑わう城下町。
大通りには店を中心に建物が建ち並び、露店からは美味しそうな食べ物の匂いも漂って来る。
この状況に一番目を輝かせているのはゼルダだった。
いつもの修道女のような服を脱ぎ捨て、上等ではあるけれど普通の女の子のように見える可愛いワンピースを着ている。


「わ、わたし……いけない事しちゃってる……」


普段は城から出られないのだろう。
嬉しさに緩む顔を隠そうともせず、紅潮した頬に両手を当てて呟く姿は実に愛らしい。
特にカヤノは、いつまでも見ていられると思った程。

しかし時間がいつまでもある訳ではない。
きっと城からインパが探しに来るだろうし、見付かる前に色々と遊んでおきたい。


「よーし、じゃあ何やる? ゼルダとカヤノはどこ行きたい?」

「私はゼルダ姫の行きたい場所で良いわ」

「え、えっと……じゃあ、まず露店を見たいです」


恥ずかしそうに言うゼルダに、リンク達はすっかり癒やされ状態。
なんだか妹でも出来たような感覚に陥ってしまう。

露店の並ぶ通りは溢れ返るほどの売り物がある。
見ているだけで楽しいし、気になる物があれば買ってみたり。
カヤノはふと、様々な石を使った小物やアクセサリーが並ぶ露店が気になった。

これはパワーストーンのような物だろうか。
その中の一つ、高い空のような青色をした石に目を付けたカヤノ。
まるでゼルダの瞳の色のようで、カヤノはネックレスを一つ買ってゼルダに手渡した。


「あの、これを……」

「え? わたしに?」

「はい。お姫様なら色々と持っているだろうし、いらないかもしれませんけど……」

「そんな事はありません! カヤノからのプレゼントだなんて……嬉しい……」


はにかむ笑顔で呟くように言うゼルダ。
その小さな声が感極まった嬉しさを表しているようで、カヤノも自然と笑顔になる。
せがまれて首に付けるのを手伝ってあげていると、どうにも胸がいっぱいになってしまった。


「ありがとう、カヤノ。何だか泣いてしまいそう……」

「大袈裟ですよ。でも、私も泣きそうかも」


お互いに初対面の時から会いたくて仕方が無かった二人。
こうして一緒に出掛けてみたり、買い物やプレゼントをするのを、心のどこかで強く、とても強く望んでいた気がする。
お互いに笑顔を向け合っていると、人混みのせいで少し離れていたらしいリンクとナビィが慌てて戻って来た。


「良かった二人とも、居ないからビックリしたよ」

「あ、ごめんなさいリンク。ねえ見て、カヤノが買ってくれたのです」

「へえ……似合ってるねゼルダ。っていうかカヤノまで嬉しそうな顔してるじゃん」

「だって、何だか嬉しくって」

「可愛いんだからさ、普段ほぼ無表情なのやめたらいいのに」


突然の言葉にカヤノとゼルダ、ナビィが唖然とする。
まるで照れ隠しするようにそっぽを向いたリンクは、向こうに面白そうなお店見付けたから行ってみよう、と歩を進めた。
慌てて追い掛けつつも、カヤノは恥ずかしさに俯き気味だ。


「……信じられない。男性って子供でもこんな感じなの……?」

「カヤノ、大丈夫ですか?」

「大丈夫です、けど、恥ずかしい……」


顔を赤くするカヤノに、今度はゼルダの方が可愛らしく思う番。
リンクの方も照れているのか、カヤノの方をマトモに見ようとしないけれど、時々ちらりと視線を送って来るのが実に微笑ましかった。

それから大通りの建物にあった“ボムチュウボーリング”なんてゲームで遊んでみた三人。
ボーリング……まさかこんなお伽話のような世界で、そんな単語を聞くと思わなかったカヤノは密かに驚いた。
ボーリングに行った事は一度も無いが、さすがに知ってはいる。

ネズミのような形の自走式爆弾なんて、よくよく考えたら恐ろしい物を球に、奥の壁の的を狙って走らせ爆破する……。
修理が大変そうだが、壁に傷が付かないのはどういう事だろう。
最初は上手く行かず明後日の方向に行ってしまったり、うっかり向きを間違えて、こちらに走って来て慌てて逃げたり。
そんなハプニングの連続が楽しくて、気付けばカヤノはリンクやゼルダと一緒に大笑いしていた。
そんな彼女にナビィがこっそり話し掛ける。


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