カヤノが魔法を(形だけでも)使えるようになり、リンクの影から生まれたダークに会った翌日。
ダークが言っていた通り、リンクの体調はすっかり良くなった。


「あー、昨日のが嘘みたいだ! 気分爽快ってこういう事か!」

「リンク本当に大丈夫? 少しでも具合が悪いなら言って」

「平気だって。本当にめちゃくちゃ調子が良いんだ。……それよりもカヤノ、もう昨日みたいな事は言わないでよ」


昨日みたいな事、というのは、リンクと一緒に居られないと言った事だ。
カヤノも本心からそう言った訳ではない。
寧ろ試そうとして言った訳で、思い返せば申し訳なさが募る。

カヤノはそれを正直に伝えてみた。
リンクにとって自分が役立たずなのではないか、リンクと一緒に居る必然性が無いのではないかと悩んでいて、
つい試す為にそう言ってしまった、悪かったと、謝罪する。
ナビィがそんなカヤノをフォローするように割り込んだ。


「違うのリンク。そう言ってみれば、って焚き付けたのはワタシなのよ。だからカヤノの事は責めないであげて」

「それに関してはもういいよ。オレもカヤノを不安にさせて悪かったし。これから頼れそうな場面ではちゃんとカヤノを頼るから、カヤノはもう、洞窟の時みたいな無茶はしないでくれよ」

「うん、分かった」


リンクはカヤノを守りたい、カヤノはリンクの役に立ちたい。
それを自分の中だけで完結させようとしていた為に擦れ違いが起きた。
こんな事が無いように これからはちゃんと話そう。
お互いがそう誓い、故にカヤノは習った魔法の事を話してみた。


「え、凄い! じゃあカヤノは魔法を使えるようになったんだ!」

「だけど、まだまだ実戦で使うには未熟すぎて……。誰かに魔法を教えて貰えないかと思ってるんだけど」

「うーん、誰か居るかな。ナビィ、心当たりある?」

「そうねえ……こういう不思議な事はゼルダ姫に相談してみたら?」

「ゼルダ姫?」

「聖地の事とか、誰も知らないような伝承をご存知でしょ? ひょっとしたら魔法について何か分かるかも」


確かに、こういう事に通じていそうな知り合いはゼルダ姫しか居ない。
リンクとしても、カヤノが魔法を自在に操れるようになるのは願ったり叶ったりだ。
離れた所から攻撃すれば、安全性を確保した上で彼女の役に立ちたい欲求を満たせる。

早めにハイラル城を目指そうとカカリコ村を出ようとしたリンク達。
しかし前方に、見知った人物を見付け駆け寄った。
リンクが明るく声を掛ける。


「タロンさん! 牛乳の配達?」

「おー、リンクにカヤノ。今カカリコ村に配り終わって、これから城下町へ行く所だーよ」

「それじゃあまた乗せてってくれない? オレ達も向かうんだ!」


何気に図々しくお願いをするリンクだが、タロンは気を悪くした様子も無く了承してくれた。
カヤノが改めて頭を下げてお礼を言った時、近くから女の子の声が聞こえて来る。
現れたのは茶色の髪を伸ばした、快活そうな少女。


「とーさん、この子達は?」

「おお、マロン。前に城下町まで乗せてあげた子達だーよ。二人とも、この子は娘のマロン。仲良くしとくれ」


同い年くらいであろう少女……マロンは、くりくりした大きな目を好奇心に染めて、リンクとカヤノを交互に見て来る。
アナタ達どこから来たの? 牧場知ってる? と質問攻めが始まる。


「へー、森の妖精の子なんだ! そっちのアナタは……」

「私はカヤノ。その子と違って森の住人じゃないわ」

「じゃあどこから来たの? 城下町の子じゃないんでしょ?」


いつまでも話が終わりそうに無い状況を、タロンが止めてくれた。
村を出て登山道の登り口に置いてあったホロ馬車の荷台に乗り込み、再び城下町を目指して出発する。
その間もマロンは話し続けるが、リンクとカヤノは彼女の平凡な雰囲気に癒やされ、進んで相手をしていた。


「じゃあマロンのお母さんは死んじゃったんだ……寂しくない?」

「ちょっとね。でも平気。牧場の仕事が忙しくて寂しがってる暇ないもん。それに、かーさんから教わった歌を歌ってると元気が出るの」

「歌?」

「牧場の動物たちはみんなこの歌が好きなのよ。歌ってあげる!」


それは、のんびりとした旋律の歌。
のどかに暮らす動物達の情景がありありと頭に浮かび、同時に母性のように包み込まれる優しさを感じる。
ふとリンクはサリアに貰ったオカリナで一緒に演奏してみた。
マロンは少し驚いて一瞬歌を止めたが、すぐに続きを歌う。

爽やかな風の渡る平原に、穏やかな歌声とオカリナの音色。
カヤノとナビィは二人の合奏に聴き入りながら、緑豊かな平原を眺める。
まるで楽園のように思える爽快な時間だった。



城下町へ辿り着き、タロン&マロン親子と別れる。
すぐにハイラル城へと向かい、以前侵入した時と同じルートを進む、が。
中庭に辿り着いてもゼルダが居ない。


「そ、そう言えばゼルダだっていつでも中庭に居る訳じゃないよな」

「どうしよう、見つかったら厄介な事に……」

「お前達」


突然声を掛けられ、リンク達は飛び上がらんばかりに驚く。
しかし聞き覚えのある声だったので迷わず振り返ると、視線の先に立っていたのはゼルダの乳母・インパ。
いい人に出会ったとばかりに事情を説明し、他の者に見付からないようゼルダの許へ案内して貰う。

向かったのは彼女の自室。
以前は中庭にガノンドロフがやって来てしまったが、ここならそういう心配も無いだろう。
インパが扉の前で軽く挨拶すると、慌てた様子でゼルダが扉を開けた。
カヤノが頭を下げ、まずは謝罪から入る。


「すみませんゼルダ姫、突然お訪ねしてしまって」

「大丈夫です、少し驚いてしまって……どうなさったんですか?」

「実は知りたい事があるんです」


カヤノはゼルダに、大妖精に魔法を教えて貰った事、使いこなす為に何か有用な事を知らないか訊ねてみる。
ゼルダは暫く考え込んでいたが、やがて小さく首を振った。


「ごめんなさい。思い当たる事はありません」

「そうですか……やはり地道に練習するのが一番みたいですね」

「お母様が生きていらっしゃったら、何かご存知だったかもしれません」

「王妃様ですか?」

「ええ。わたしの母は、ハイラル王家 分家の血を引いているのです」


ゼルダの話によると、昔は今の王家ともう一つ、力を持つ分家があったらしい。
彼らは魔法に長けており、それゆえ段々と驕るようになってしまった。
なぜ魔力に長けた自分達が、分家という存在に甘んじていなければならないのか。
この力さえあれば聖地を治める事も可能なのでは?
誰かがぽつりと漏らしたその考えは、すぐさま一族に広まってしまう。

結果、それは実行に移される。
分家とはいえ王家の一つである彼らにも、トライフォースや聖地の伝承は伝わっていた。
彼らは聖地の扉を開き、魔力によってそこを支配しようと画策。
そしてやがてはハイラルのある世界さえも手中に収めようと……。

それを是としない王家本家との間に激しい争いが起き、やがて分家と彼らに協力した者達は、神の遣わした精霊によって魔力を封じられ、こことは別の世界へ追放されてしまったらしい。
ゼルダの母……今は亡き王妃は、分家の考えに反対して本家に協力したため追放を免れた、とある分家の者の血を引いていたそうだ。


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