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そして辿り着いた村の奥は、よりによって墓地。
その墓地の最奥、頼りない月明かりに照らされた一つの影がある。
比喩ではなく正真正銘の影かと思ったが、近づいて行くとそれは紛れも無く一人の人物である事が分かった。
そしてその後ろ姿は、まさに。
「え……あなた、リンク?」
「……」
その人物が振り返る。
背丈も格好も間違い無くリンクと同一。
ただしその服の色は黒で髪は銀色。
肌はやや血色が悪く、瞳だけ真っ赤に染まっていた。
まるで色違いのリンクという様相のその少年。
彼はカヤノをじっと見つめて何も話さない。
そして何も言わないまま立ち去ろうとしたので、慌てて引き止めた。
「待って。あなたは……リンクではないの?」
「……俺は、リンクの影」
「影?」
色違いな事を除けば容姿は完全にリンクなのに、その表情は全く動かない無表情で、口調も抑揚の少ない平坦な声。
ナビィはそれを見て今のカヤノのようだと思い、カヤノ自身も、まるで自分のようだと思った。
自分が今どんな状態かはカヤノもちゃんと分かっている。
暗くて静かで無表情で、人によっては不気味とさえ評するだろう。
しかしそれでもカヤノは時折 表情を変えるし、もう少し声に感情がある上に叫んだり焦ったりもする。
彼は本当に表情が鉄のように動きそうにないし、絶対に叫んだりしなさそうだ。
「リンクは光。必然的に俺は闇。そしてただの“捌け口”。ハイラルを救うべき運命の子が、大きな感情を持った時の為の存在」
「どういう事?」
彼の説明はこうだ。
ゼルダが夢で見た通り、リンクはやはりハイラルを救う運命にあるらしい。
彼がハイラルを救えなければ滅びの未来しか待っていないと。
もしそんなリンクに大切な人が出来て、ハイラルとその人物を天秤にかけた時、ハイラルを捨てるような事があってはいけない。
そうならないよう、リンクが特定の人物に強い好意を持った時、“影”である彼が生まれる。
その役目は、リンクが持った“特定の人物に対する強い好意”を分散する事。
「んーと、それってつまり、リンクが『オレはハイラルよりカヤノの方が大事だ!』……なんて言い出したりしないようにするって事?」
「ちょ、ちょっとナビィ……」
「その通り。リンクが持つカヤノへの強い好意は分散し、俺を形作った。こうしなければリンクはいずれ、ハイラルを守る事よりもカヤノを優先するようになっただろう」
確かにリンクはカヤノを守ると言った。
しかしまさか、ハイラルと天秤にかけて、それに打ち勝つ程だとは思わなかった。
“影の彼”が言うには、飽くまで分散するだけで、好意自体は無くなったりしないらしい。
「俺はあまりリンクに近付かない方がいい。カヤノへの好意を再び強める事になる」
「じゃあ あなたは……えっと、名前は?」
「無い。俺はリンクから作られた、単なる闇」
「闇……じゃあ……ダーク、なんてどう?」
「どうとでも呼べ。お前に名前を付けて貰えるなら嬉しい」
「えっ」
「俺はカヤノが好きだから」
相変わらずの無表情、抑揚の少ない平坦な声。
なのにその言葉に嘘偽りが無いと分かってしまい、どうにも照れる。
リンクが持つカヤノへの好意が分散して生まれた存在なのだから、彼は当然カヤノの事が好きな訳だ。
いや、むしろカヤノへの好意だけが存在理由と存在意義な訳で……。
「ダークはこれからどうするの?」
「出来るだけリンクと会わないよう、各地を転々とする」
「……ずっと?」
「リンクがハイラルを救えば俺の存在意義は無くなる」
「えっ、じゃあダークは何の為に生まれたの?」
「もう言った。リンクの好意を分散させ、ハイラルより大事な存在を作らせない為に俺は生まれた」
「そうじゃなくて、あなた自身にやりたい事とかは……」
「それならカヤノとずっと一緒に居たい。しかしお前はリンクに付いて行くだろう。つまり俺は単独行動するしかない」
「……」
“そういう運命”の下に生まれてしまった彼は、それしか出来ないのだろう。
それに気付いたカヤノはどうにも納得できない。
何とかして彼を全てが終わった後も存在させられないか考える。
まだ残っている運命への反抗心が、彼女にそんな気持ちを持たせてしまうようだ。
「リンクが体調を崩したのは俺が生まれる際の影響だ。明日には元に戻る」
そう言ったダークは、踵を返して立ち去ろうとする。
その背中がどうしても気になってしまうカヤノは引き止めようとするが、ダークは頑として一緒に居る事を拒んだ。
「カヤノ、引き止めるな。俺はお前と一緒に居たい。だがそれは出来ない。それなのに引き止められるのは……辛い」
無表情でも、平坦な声でも、彼から辛さが滲み出ているのが分かる。
運命に導かれて生まれ定めに縛られて生きねばならない彼が、カヤノは自己投影も併せてどうしても哀れだった。
リンクも運命に従っているのは同様なのだろうが、彼の前向きさはあまり悲愴さを感じさせない。
「……ダーク」
「悲しそうな顔をするな。しなくていい。役目が終われば俺は消えるのだから」
「だ、だけど……」
「お前がそうして心を乱す程に思いやってくれている。それで充分だ」
それ以上はもう言わせないとばかりに、ダークは再び踵を返すと一度も振り返らず走り去って行った。
リンクと同じ背格好の少年の後ろ姿は、すぐ闇に紛れて消えてしまう。
「ねえナビィ。あれも運命なのよね」
「……そうね」
「旅に出る前の私なら、疑問にしか思わなかっただろうな」
「え?」
「今の私は、ゼルダ姫の為なら、運命に従ってハイラルを守りたいって思えるから」
「そうなの?」
「理由は分からないんだけど……」
カヤノにも、運命を受け入れたデクの樹やリンク達の事が、そして巫女としての人生を受け入れていた母の事が分かるようになって来ていた。
どうしてゼルダに会いたかったのか、彼女を大事に思えるのかは分からないが、その理由が分かった時、カヤノは運命を完全に受け入れるかもしれない。
そして家族を殺した事に対して、本当に罪の意識を持つようになるだろう。
「カヤノ、こんな言葉を知ってる? “運命は望む者を導き、欲しない者を引きずる”。前向きに受け止める事が出来れば運命は優しく導いてくれるけど、拒否したり否定的にとらえる事しか出来なければ、運命は嫌がる自分を無理やり引きずって行くように感じられるの」
「そう簡単に前向きには なれないけど……今なら少し、分かる」
「大切に思える人が出来たからよ。理由が分からなくてもアナタはゼルダ姫を大事に思ってる。愛する人や大切な人の為なら、運命ぐらい幾らでも受け入れられるわ」
「ナビィもそうなの?」
「ええ」
「……ナビィの大切な人って、誰?」
「カヤノ」
「えっ」
「……と、リンクとコキリの仲間達と……」
いたずらっぽくクスクス笑うナビィに、からかわれたのだと悟るカヤノ。
彼女の事だから本当にカヤノやリンク達を大事に思っているだろうが、敢えて最初に一人だけ告げられると、自分が特別だと思ってしまう。
「もう、ナビィってば……帰りましょう、リンクの看病しなきゃ」
「はーい!」
ダークの事は気になるが、もうどこかへ行ってしまった。
ハイラル中を旅していればいつか会えるかもしれない。
それを願いながら、カヤノはリンクの元へ帰るのだった。
−続く−