「もしや怖いのか? さっきは平気そうだったが」

「さっきは、リンクが苦しんでた手前、言い出せなくて……」

「そうか、優しいのだなカヤノ」

「そ、そうですか……?」


そう言ったケポラ・ゲボラはカヤノの態度や行動について、正直、優しさよりも前に自制を感じていた。
自分を抑え込んでひたすら我慢しているような、そんな。


「(確かカヤノは贖罪の為にリンクと共に居るらしいな……。犯した罪と何か関係があるのだろうか?)」


ケポラ・ゲボラは何となくカヤノを哀れに思った。
彼女が犯した罪の内容やそれまでの生活は全く知らないが、このような幼い少女が自分を抑え、我慢を自然と行うような生活をして来たのは間違い無さそうだ。
カヤノは彼女の一族が信奉する神に贖罪を命じられたそうだが、その神が彼女をすぐに直接 罰しなかったのは、哀れに思ったからではないか。

贖罪は罰というより機会だ。罪を雪ぐ為の。
罪を負ったまま死んで汚れた来世を迎えないよう、与えられた機会。
彼女が罪を犯した事に関しては苦しまなければならないかもしれないが、それさえ終われば……せめて次の世では、幸せを迎えられるのではないか。


「(どちらにしろ今世では、辛い事が待っているやもしれぬ)」


高度はぐんぐん上がり、デスマウンテンの頂上付近までやって来た。
これからカヤノが力を得れば、いよいよ定めから逃げられなくなるだろう。
せめて、せめて苦しむ事が減ればいい。
既に彼女は運命の流れに乗っているのだから、これから得られるかもしれない力を、せめてもの手向けにしてやりたい。
ケポラ・ゲボラはそんな事を考えながら、頂上にほど近い場所へ降り立った。


「カヤノよ、そこに洞窟があるじゃろう。中には大妖精がおる」

「大妖精……?」

「お前の素質によっては力を授けて貰える。恐れずに行ってみなさい」

「……はい」


辺りはとっくに夜。更に示された洞窟の入り口は暗い。
思わず尻込みしてしまうカヤノだったが、数秒の逡巡の後、意を決して乗り込んだ。
……そして目の前の光景に、思わず息を飲む。

奥は神秘的な光が溢れる空間だった。
石造りの通路が奥まで続いており、その通路を挟むように滝から流れ落ちる水が池を作っている。
そして最奥には、それなりに大きな泉。
魔物の気配もしないのでそこまで行ってみると、突然女性の声で高笑いが聞こえ、泉から派手な美女が現れた。
派手は派手だが……何というか、大きい上に浮いていて只ならぬ雰囲気。
その女性はカヤノを見るなりにっこりと微笑む。


「ようこそカヤノ……いつか来ると思っていたわ」

「私をご存知なんですか?」

「ええ。運命の子と共に居るよう命じられた、異世界の贖罪の娘……。これからも彼と共に在るには力が必要、そう思ったんでしょう?」


何もかもお見通し。
迷わず頷いたカヤノに、大妖精は手を翳した。


「あなたには素質がある。異世界で特別な存在だったのね?」

「……はい」

「これなら魔法を授けてあげられるわ。さあ、受け取って」


翳された大妖精の大きな手のひらから光が溢れ、カヤノを取り巻く。
体の内に燃え盛るような熱さを感じて思わず小さく呻いた。


「苦しかったかしら? 本来ならアイテムに力を流し込んで、それを用いて魔法を使うようにするんだけど……。あなたには素質と充分な魔力があるから、直接 力を流し込んでみたの」

「っ……大丈夫、です。これで魔法が使えるようになったんですね?」

「その筈よ。さあ、体内を巡る魔力を感じて、手のひらに集めてみて。そうしたら燃え盛る炎をイメージするのよ」


意識を集中させ、言われた通りに己の中にある力を感じてみる。
体中を血液のように巡るそれを手のひらに集めるイメージを浮かべ、燃え盛る炎を頭の中に思い描く。
瞬間、カヤノの手のひらから一瞬だけ大きな炎が上がった。


「、わっ!」

「なかなか筋が良いわね。それは“ディンの炎”という魔法よ。だけど実戦で使うには まだまだかしら」

「も、もう一回……」


再度 同じようにディンの炎を発動させる。
戦闘に使いたいなら思いのままに操れなければならない。
大妖精に背を向けて何も無い洞窟の入り口へ向かって炎を飛ばしてみると、思った通りの場所に炎の塊が飛んだが、今さっきの炎よりだいぶ小さい。
どうやら、今の実力では威力とコントロールを両立できないようだ。


「練習……するしかないか……」

「そうね。世の中そんなに甘くないものよ。それでもあなたは素質があるから、だいぶ立派な方だわ。普通の人はアイテムが無いと魔法を使えないんだから」

「そうなんですか……ありがとうございました大妖精様。これから精進いたします」

「そうしてちょうだい。自分で分かると思うけど、魔法を使うと魔力を消費するから、あまり無用に使い過ぎないようにね」

「はい」


大妖精に一礼すると、彼女は現れた時のような高笑いを上げて泉の中に消えてしまった。
それを見送った後に自らの手を眺めて魔力の巡りを感じるカヤノ。
この力を使いこなせるようになれば、きっとリンクの役に立てる。
時間が出来た時にでも少しずつ練習するつもりだ。
洞窟を出ると、近くに留まっていたケポラ・ゲボラが声を掛けて来る。


「どうじゃ、力は……得られたようじゃな。ワシの見込み通りだったか」

「でもまだ使いこなせなくて。少しずつでも練習しないと」

「無理はするでないぞ。次にお前が倒れる番になっては困る」

「肝に銘じます」


再びケポラ・ゲボラに掴まって、カカリコ村まで送って貰う。
インパの家の近くで降り彼に別れを告げ、そろそろリンクの看病を交代しようと考えながら家がある高台への階段を上っていたカヤノだったが、そんな彼女の元にナビィが飛んで来た。


「あ、カヤノ! どこに行ってたの!?」

「勝手に出てごめんなさい。ケポラ・ゲボラさんに会って、ちょっとある場所へ案内して貰ってたの」

「いつの間にか居なくなってるからビックリしたよ……。今度から出掛ける時は一言 告げてからにしてね。……っと、実は大変な事が起きたんだ」

「! まさか、リンクの身に何か……」

「……リンク自身、の事には変わり無いんだけど、何と言うか……」


どうにも言い淀むナビィ。
この態度はリンクの身に危機が迫っている風ではない。
急かさずに根気よく話の続きを待っていると、ややあって言い難そうに。


「あのね、ちょっとコッコのお姉さんが席を外した時なんだけど。ランプに照らされたリンクの影が急に動き出して……」

「リンクの、影が?」

「それが勝手に歩いて行って、村の奥へ行っちゃったの。信じて貰えるか分からないけど……」


ナビィは信じて貰えると思っていないのか、沈んだ調子で告げる。
しかしカヤノは2日前、城下町の宿で似た光景を見ている。
リンクの影が持ち主の動きと無関係に動いたのを……。
それを告げるとナビィは驚き、見間違いでも何でもないと確信した。

何にせよリンクが動けない今、カヤノ達が何とかせねばならない。
カヤノはナビィの案内で、リンクの影が向かった村の奥へ進んだ。
風車の羽が回る低い音が響く夜道。
だんだん暗くなって行く道には余りに合い過ぎるBGMで、カヤノは密かに体を震わせる。


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