カヤノは荷物入れからオカリナを取り出すと、祭りでサリアに教えて貰ったあの歌を吹いてみた。
踊り出したくなる軽快さながらどこか郷愁を感じさせる旋律。
そのメロディーが流れ始めた途端、リンクとダルニアが言葉と動きを止めてカヤノを見たので、落ち着かせる事に成功した……と思ったカヤノだったが。


「キャッホ〜ッ!」

「うわっ!?」


突然ダルニアが腕を振り回して踊り始めた。
落ち着いてくれると思ったカヤノは予想外の事に唖然。
イェイ! とかキタキタキタ〜! とか叫びながら踊り狂うダルニアに、リンクは怪訝な顔で後退りを始める。
カヤノはダルニアの気が済むまでサリアの歌を吹き続け、彼が満足して踊りやめた頃には疲れたように息を吐き出した。


「う〜ん良い曲だ、沈んだ気分もスッキリだ! 踊りまくっちまったぜ!」

「そ、それは良かったです……。あの、一つお訊ねしたい事がありまして……。こちらに炎の精霊石があると伺って来たのですが」

「なに? オメエ達も炎の精霊石を探してるのか? 炎の精霊石は別名【ゴロンのルビー】、オレ達一族の大事な秘宝。簡単にゃ渡せねえゴロ」

「そんな……ハイラルが危ないんだよ、そんな事を言ってる場合じゃ……」

「やかましいっ!!」


リンクの抗議に、ダルニアが声を荒げる。
話を聞くと彼らゴロン族は岩を食べる種族だという。
どんな岩でも良いという訳ではなく、主にドドンゴの洞窟という場所にある岩を食べていたそうだ。
しかしその洞窟に住む生物ドドンゴが凶暴化してしまい、岩を取りに行けなくなってしまったらしい。
碌な岩を食べられないゴロン達は常に空腹と栄養不足に苛まれ続けており、こんな時に一族の秘宝まで無くなってしまえば、もはや彼らから希望という希望が失われてしまうだろうと。


「っつー訳だ。どうしても精霊石が欲しけりゃ、ドドンゴの親玉を倒してオトコになってみな!」

「……分かった。絶対にそいつを倒してみせる!」


リンクは真っ直ぐに告げると、カヤノの手を引いてダルニアの元を後にした。
町のゴロン達にドドンゴの洞窟の場所を聞いてそこへ向かう。


「リンク、本当に行くのね」

「うん。そうしないと精霊石が手に入らないし、何よりあんなに困った事になってるのを放っておけないよ」

「……リンクならそう言うと思った」


うっすらとではあるが微笑んでカヤノは言う。
彼のこういう優しい所は いっそ痛快な気分にさえなる。
普通なら綺麗事だと言われる事も、彼は本当にやってのけるだろうから。

一方リンク。
また見る事の出来たカヤノの笑顔に心が上擦って良い気分だ。
しかし彼女が微笑むのはほんの少しで、またすぐ無表情に戻ってしまう。
もっともっとカヤノの笑顔が見たい。
彼女を守って笑顔に出来るならモンスターにも果敢に立ち向かうし、他にも彼女を笑顔にしてあげられる事なら何だってしたい。


「(オレ、ハイラルを守るって決めたのにカヤノの事ばっかりだ)」


リンクの行動原理がカヤノで埋め尽くされようとしている。
今はまだ分けて考える事が出来ているが、もしハイラルとカヤノのどちらか一方だけを取らなければならなくなった時、ハイラルを選べる自信がリンクには無かった。


「(ま、それでもいいよな。オレは別に英雄でも何でもない ただの一般人なんだし)」


ゼルダが見たという夢はリンクがハイラルを救うかのような内容だったが、かと言って自分は特別な事なんて何も無い人物だとリンクは思っていた。
ゼルダの夢を疑っている訳ではなく、ただ実感が無いだけ。
勿論 困っている人が居るなら助けるつもりだが、自分に出来るのはそういう人助けだけだと。

自分はカヤノの為に行動したいのかもしれない。

リンクがそう考えた時、またも彼から伸びる影に異変が現れた。
影が主の動きとは関係なく動くという異常事態。
しかしまたも誰にも気付かれず、やがては収まったのだった。



リンクとカヤノはドドンゴの洞窟に辿り着いた。
中は結構な広大さで、所々に溶岩の溜まっている場所もある。


「二人とも、落ちないように気をつけてネ」

「ナビィは飛べていいなあ、落ちる心配ないじゃん」

「なに言ってるのよ、飛べない代わりにリンクとカヤノはワタシが出来ないこと沢山できるじゃないの。そう言えば教えて貰ったバクダン花のこと覚えてる?」


洞窟内には引っこ抜くと爆弾になる奇妙な花が咲いていて、もし必要であれば使うと良いとゴロンに教えて貰っていた。
洞窟内はゴロン達が岩を採りに来るだけあってそれなりに整備されているが、ドドンゴ達が暴れている弊害か所々不自然に塞がれている場所があったので、例のバクダン花を用いて壊し、通路を解放して行く。
時折 地面から出て来る小さなドドンゴ達を二人で倒しながら進むと、溶岩に囲まれた複数の足場の上、2足歩行のトカゲのようなモンスターを発見。


「ナビィ、あいつは? 武器を持ってるけど」

「あれはリザルフォスね。攻撃を上手く防ぐか避けるかしたら隙が生まれるから、そこを攻撃するの!」

「分かった。カヤノ、ここで待ってろよ」

「うん。気を付けて……」


足場の上へ飛び移り、リザルフォスと戦闘を始めるリンク。
相手は身軽で闇雲に剣を振ればあっさり避けられてしまう。
リンクは攻撃を盾で防ぎながら辛抱強く隙を窺い、攻撃を加えて行った。


「ナビィ。リンク、どんどん強くなってるわね」

「うん。この調子ならきっとハイラルなんて軽く救っちゃうよ!」


嬉しそうに言うナビィだが、カヤノは一つ思い悩む事が増えてしまった。
果たして自分は彼に必要なのだろうかと。
こうして付いて来ている以上それが運命なのだろうし、それ自体は癪ではあるが、ゼルダの為にもこのままハイラルを救う為に行動したいのに。
何の役にも立たないのであれば、付いて来る意味が無い。
それどころか、いつか邪魔にすらなってしまうかもしれない。


「(何とかリンクの役に立たないと……)」

「! リ、リンク!」

「え?」


突然ナビィが焦ったような声を上げる。
見ればリザルフォスがもう一体現れリンクに狙いを定めていた。
ただでさえ手強い相手なのに、今のリンクには二体を同時に相手する余裕など無い。
それに気付いたカヤノは一目散に駆け出し、足場の上に飛び移るとパチンコで一体のリザルフォスを攻撃した。
途端に標的がリンクからカヤノに移り、カヤノは奴が追い掛けて来るのを引き付けて逃げ回り始める。


「ちょっとカヤノ!?」

「一体は私が引き付けているから、リンクは早くそいつを倒して!」

「む、無茶するなあもう……!」


だが今は目の前の一体を倒すのが先決だと考え、リンクはカヤノの無事を信じて攻撃を続ける。
カヤノはカヤノで、逃げ回りながら少しの隙を突いてパチンコで攻撃。
やがて先に相手していた一体を倒したリンクは、カヤノを追い掛けていたリザルフォスに背後から近寄り、ジャンプ斬りで思い切り斬り付けた。


「カヤノから離れろっ!!」


渾身の斬りが無防備な背後から決まり、リザルフォスは消滅。
ホッと息を吐くカヤノに、リンクとナビィが慌てて寄って来る。


「カヤノ、大丈夫? ケガは!」

「無いわ、平気」

「ああいう無茶はオレがするから、カヤノはしなくていいよ」

「立ち向かってないんだから無茶じゃない。それにリンクはテクタイトに一人で向かって行ったじゃない」

「あれは……たいして強くなかったからで……」

「結果論でしょう。私もあなたと同じハイラルを救う一人なんだから、リンクがやる事だったら私だってやるわ」

「えぇーっ……」


こうでもしないと役に立てないと思ったカヤノは頑固で、彼女に無茶をして欲しくないリンクは困り顔。
ここで言い合っていても埒があかないので先に進むが、カヤノが今以上の無茶をしないかと気が気でない。


「(まあ、どうかなる前にオレが守ればいいか……)」


自己完結して、リンクは考えを封じた。


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