コッコ姉さんのお礼でインパの家に泊めて貰ったカヤノ達。
翌日、炎の精霊石を求めてデスマウンテン登山道を登り始める。
緑に溢れていた平原やカカリコ村とは一変し、草木が殆ど生えていない、味気ない土色と石、岩だらけの世界。
しかしカヤノの目には、これはこれで美しいように映った。
荒々しくて力強くて、草木の緑とは違う生命力に溢れているようにも見える。


「ふーっ、けっこう登り坂きついなあ……カヤノ、大丈夫?」

「まだ平気。リンク、やっぱりバッグ私が背負う。結局 私の方が手ぶらになってしまっているし……」

「そう? なんか悪いね」

「モンスターが出たらリンクに頼るんだから気にしないで、体力を温存して」

「じゃあお願いするよ」


一昨日はリンクに笑顔を見せたカヤノだが、あれからまた変化の少ない無表情と抑揚の少ない声に戻ってしまった。
リンクがそれを残念に思っている事に気付かず、彼からバッグを受け取り背負うカヤノ。
何も持たないよりは登りがきつくなるが、たいした重さではない。
あまり言葉を交わさずに山を登り続けていると、ナビィが鋭く声を上げた。


「二人とも、モンスターよ!」

「!」


リンクは剣を、カヤノはパチンコを構える。
坂の上からゆっくり飛び跳ねながら現れたのは、アメンボのような姿の魔物。
しかし大きさはリンクやカヤノよりだいぶ大きく、足も体も太くて当然ながら外観はアメンボとは程遠い。


「あれは赤テクタイト! 体当たりしかして来ないから落ち着いて、跳ねる動きを見切って!」

「オッケーナビィ!」


ナビィのアドバイスにリンクとカヤノはその場で動きを止め、跳ねながら近付くテクタイトに狙いを定める。
あと少しで接触するという時にカヤノがパチンコを撃ち、命中した奴が押されて怯んだ隙を逃さずリンクが剣で斬り付けた。
甲高い悲鳴を上げてバラバラになり、消滅するテクタイト。
リンクはそれを見るなり坂の上へ向けて走り出す。


「リンク……!?」

「上にもまだ居る! あれくらいならオレがちゃっちゃと倒すから!」


確かに上を見ると、テクタイトがあと2、3体居るようだ。
しかし一人で大丈夫なのだろうか……。
少し足を止めて戸惑っていたカヤノも坂の上へ駆け上がる。
その間に聞こえていた喧噪も追い付く頃には静まり、後にはリンクしか残っていない。どうやらみんな倒してしまったようだ。


「リンク、怪我は……」

「へーきへーき。ハイラルを救うんだから、こんなヤツらくらい倒せないと!」

「んもう、無茶しないで! カヤノにイイトコ見せたいのは分かるけど!」

「はぁ!? ち、違うし! 別にカヤノは関係ないよ!」


リンクとナビィがやいやい言い合っている横で、あまり彼を からかわないでと言ったのに……と呆れ気味のカヤノ。
しかしふとさっきのナビィの言葉が気になり、訊ねてみる事に。


「ナビィ。あなたモンスターの事をよく知っていたみたいだけど、あれはどういう事なの?」

「さっきの? あれはデクの樹サマから譲り受けた力よ。覚えてないかな。デクの樹サマが亡くなる前、ワタシに……」


言われて思い出した。
確かデクの樹は、神から授かった力の一部を託すとか言っていた。
どうやらモンスターの事が分かるようになる能力だったらしい。
この力はきっと、これから先 大いに役立つだろう。

しかしそこで、自分には何が出来るだろうと考えが浮かんでしまった。
パチンコでの援護もたいした事は出来ないし、カヤノが持っている巫女の力は、傷や病を癒やしたり出来るものではない。
出来る事と言えば……。


「……あ」


ふと。
ふと今、自分が持つ力の一つを思い出した。
この力をリンクに発揮するのは まずいのではないかと。
もしかして今、リンクが一人でモンスターに向かって行ったのは、自分が無意識のうちにリンクに対し力を発揮していたのではないかと。

カヤノ達 巫女の一族が持つ力の一つ、それは悪い考えを抑制する力。
“悪い”というのは悪だくみの事ではなく、言わばマイナス思考の事。
どうしても嫌な考えが浮かんでしまい、単なる想像で本気の恐怖に震える者は少なくない。
そんな者の心が軽くなるよう、悪い事が起こるような想像ばかりしてしまうマイナス思考を抑制する。

そうすれば相手は単なる想像でしかない“悪い事”を考える事が激減し、何かに挑戦し易くなったり日常を過ごし易くなったりする。
危機管理能力まで奪ってはいけないので、飽くまでマイナス思考により日常や行動に支障が出るような相手にのみ使うのだが。

不安や恐怖心を和らげてしまうそれは、敵と戦わねばならないリンクに使うには危険だろう。
彼が敵に怯えているならまだしも、そういう事は今の所 無いのだし。
怯えてもいない彼から、誰もが持つ不安や恐怖心を奪い去ってしまえば、今 一人で敵に立ち向かったような無茶が増えるかもしれない。


「(もしかして一昨日、宿で落ち込んだリンクにも……)」


城下町の宿で、故郷やデクの樹を恋しがり寂しさで落ち込んだリンク。
そんな彼を抱き締めて慰めたカヤノだが、彼は泣く事も無く割とすぐ立ち直った。
あの時も、自分がリンクの心から不安などを消してしまったのだろう。

自分の力は、元から勇気溢れる彼には邪魔でしかないのかもしれない。
無茶を誘発する上に落ち込む事すら許さないのだから。
そう考えてカヤノの気は滅入ってしまいそうだった。


「(この力は駄目ね。リンクの役に立ちそうにない)」


何か他の力で役立ちそうなものを……と考えていたら足が止まっていたらしく、割と上の方から おーい、とリンクの声が掛かる。
今は考えるのは後にして、炎の精霊石探しに集中する事にした。



デスマウンテンを登り続けてだいぶ標高の高い所まで来た。
つづら折りになっている道を上ると、道端に巨大な岩が落ちているのに気付く。


「うわっ、こんな大きな岩が落ちて来るんだ!」

「頭上には気を付けないとね。小石がパラパラ落ちて来るような事があったら……」


カヤノが言いかけた瞬間、突然その岩が動いた。
バッと飛び退った二人は武器を構えて臨戦態勢。
岩は暫く微動していたが、やがてムクリと起き上がる。

……そう、起き上がった。
それは、まさに岩のような体に頭が乗っかり、手足が生えた生物。
体は大きいが瞳がつぶらで顔は可愛らしい印象。
何となく悪意を感じなかったカヤノは、声を掛けてみた。


「突然すみません。あなたは……」

「オラかい? オラはデスマウンテンに住んでるゴロン族だゴロ」

「ゴロン族!」


炎の精霊石を持っている種族だ。
ハイラル王家に頼まれ精霊石を探している事を伝えると、それは族長のダルニアが持っている筈だと言う。
親切な彼に案内して貰い、カヤノ達はゴロン族の住むゴロンシティへ足を踏み入れた。

山の中腹辺りの洞窟に作られたゴロンシティ。
中はそれなりの広さで、特に深さがある。
その最下層にダルニアが居るらしいので行ってみたカヤノ達。

他のゴロンより大きな体に筋肉質な太い腕。
瞳は他と同じでつぶらなのに、どこか威厳を感じる佇まい。
族長ダルニアに会う事は出来たが、どうにも彼の機嫌が悪い。


「あ、あの……」

「何だ何だ何だ! 王家の使者が来たと聞いたからどんな奴かと思えば、ガキンちょじゃないか! このダルニア様も甘く見られたもんゴロ!」

「ガキって何だよ、オレ達はちゃんと王家から命を受けて……」

「もう完全にヘソ曲げたゴロ、とっとと帰れゴロ!」

「話聞いてよっっ!」


リンクとダルニアがやいやい言い合っている。
それを少し離れた所で遠巻きに見ていたカヤノとナビィだが、このままでは埒があかない。


「カヤノ、あれどうしよう」

「とにかく落ち着いて貰わないと駄目ね」


何とかしてダルニアを宥められないか。
方法を考えていたカヤノは、ふとコキリの森での出来事を思い出した。
レリーフの素材を探しに入り込んだ迷いの森で、モンスターに襲われた自分をサリアが助けてくれた。
あの時サリアはオカリナで歌を吹いて、モンスターを大人しくさせていた筈……。


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