翌日、宿を出て町の市場で準備を整える二人。
インパから地図やコンパス等の旅に必要な物と、共に幾らかの資金を受け取っていたので、それで水や保存食、薬など必要な物を買い揃える。
ちなみにゼルダ直筆のサインと王家の印が入った手紙も、兵士対策として受け取っていたり。

多くの人が行き交いざわざわと賑わしい城下町は、森の中とは大違い。
未だに慣れないリンクは物珍しそうに辺りを見回す。
そんな彼を見ながら、ふとカヤノは日本での自分の生活を思い出した。

親が選んだ付き添い無しで遊びに行きたい、買い物等をしてみたい。
そう思っていたが、ひょっとしなくても今それが叶っているのではないか。
重大な任務の途中なのであまり遊び気分ではいけないだろうが、準備ついでなら楽しんでも許されるのでは、と思い始める。


「(デクの樹サマが言っていた事はこれなのかな)」


いつかこの世界を愛せるように楽しんで生きろと言われた。
成り行きのようなものとはいえ国を守る使命を帯びたのだから、どうせならこのハイラルを大切だと思えるものにした方が良いだろう。

……正直 今はまだ、ハイラル王国が大事だなんて到底思えない。
今カヤノが神の与える運命の流れに大人しく乗っているのは、ゼルダの存在が大きかった。
初対面の上に今まで知りもしなかったけれど、どうしようもなく会いたかった。
そんな不思議な出会いを果たしたゼルダの住む場所を守りたい。
国の為でも世界の為でもなく、ゼルダの為に。
ゼルダがハイラルを守りたいと思っているならそれを手伝おう。
そんな気持ちがカヤノの中にはある。


「カヤノ、荷物持とうか」

「えっ……あ、ありがとう」


買った物を入れているとリンクが申し出てくれた。
縦方向の円柱状で口を紐で縛るダッフルバッグのような荷物入れ。
そんなに大きくないし背負えるので重さはあまり感じなかったが、思わず礼を言い手渡してしまった。
半ば呆然としていたカヤノだが、ナビィが楽しそうに。


「リンクったら、カヤノにいいとこ見せたいのね」

「いや、そういう訳じゃないけど……女の子が荷物持ってるのに、オレが手ぶらって なんか格好悪いじゃん」


照れたように言うリンクは、ふい、と顔を逸らしてしまう。
もう準備終わったんだよな? と背を向けたまま訊ねられたカヤノが肯定したら、そのまま城下町出入り口の跳ね橋の方へ歩き出した。
慌てて後を追いながら、カヤノはナビィに一言。


「ナビィ、リンクをあまり からかわないであげて。恥ずかしいみたいだから」

「ゴメンナサイ。でもリンクったらカヤノのこと意識し過ぎなんだもん」

「意識って……彼は優しいから、女である私に親切にしてるだけでしょう?」

「うふふ、そうかな〜。まあリンクは“まだ”そう思ってるかもしれないね!」


……なんとも楽しそうである。
他人の恋路にそんなに興味があるのかと少々呆れそうになるカヤノだが、やはり“ちゃんと友達”であれば興味を持つのは当たり前だろう。
それを口に出して からかうのは別問題として。
今までそんなに親しくなる友人が居なかったので、新鮮な気持ちになるばかりだ。

城下町を出て、向かうは東。
ゴロン族の住まうデスマウンテンが目的地だが、まずはデスマウンテンの麓にあるカカリコ村を目指すよう言われた。
カカリコ村はインパが生まれ育った村で、何かと協力してくれるだろうとの事。
ゼルダが書いてくれた手紙にはインパの事も記してある。
カカリコ村を目指して歩きながら、リンクがはあ、と息を吐いた。


「ほんっと森の外は凄いなあ。空ってこんなに広かったんだ」

「森は木が生い茂っていたものね。あれはあれで綺麗だったけど。こんなに風が吹き抜ける感覚とか、森には無かった」

「デクの樹サマが死んじゃったり、酷い事があったけど……。こんな事になってから これだけは良かったって思えるんだ」

「森の外に出られた事?」

「うん。いつかコキリの皆にも見せてやりたいな」


コキリ族は森から出たら死んでしまうとミドが言っていた気がするが、リンクが無事な所を見ると単なる迷信のようなものだったのだろう。
外にはモンスターも出るらしいし、彼らが危険な目に遭わないよう、デクの樹がそう言って繕っていたのかもしれない。

平原を渡り山を目指したカヤノ達。
山道の入り口である長い階段を見付けて登り、カカリコ村に辿り着いた。
城下町のような賑わしさは全く感じない穏やかな田舎村。
鳥の囀りに、村の奥にある大きな風車が回る低い音、家を建築している現場からは小気味良く木を打つ音が響く。
入り口らしき木造の門に近づくと、側に立つ兵士が声を掛けて来た。


「やあ少年少女。見かけない顔だが旅人かな」

「うん。ここカカリコ村で合ってる?」

「ああ。この村はゼルダ姫の乳母であるインパ殿が開放されたのだ。まだまだ住人は少ないが、やがてはハイラル城下町のように賑やかになる筈だ」

「デスマウンテンはどこから行けばいいですか?」

「デスマウンテン!?」


カヤノの質問に驚いた声を上げる兵士。

聞けばデスマウンテンは活火山で、子供が行くような場所ではないと止められた。
モンスターも出ると……しかしゴロン族はデスマウンテンに住んでいる。
炎の精霊石の為に、危険だろうが何だろうが行かなければならない。
リンクはゼルダから受け取った手紙を差し出す。


「オレ達こうしてちゃんと許可を得てるんだ」

「これは……ゼルダ姫のお手紙か! 王家の印もちゃんと入っている。『この者達 リンクとカヤノはハイラルを救う為 我が使命を受けし者なり……』」


読み上げられる手紙に自慢げな顔で胸を張るリンク。
しかしその兵士は一拍の後。


「ハッハッハッハッハ! 姫様もまたおかしな遊びを思い付かれるものよ!」

「ちょ、遊びなんかじゃないって!!」

「まあよかろう、噴石が飛んで来る可能性があるから山頂の方には近付かず、モンスターにも気を付けて行けよ勇者クン達。村の北側の階段を登ればデスマウンテンへ行く道だ」


向こうの見張りにも通達しておくから、と笑いが引かない声で言われ、ムスッと不機嫌な表情になるリンク。
代わりにカヤノが兵士に礼を言い、立ち止まっているリンクを促しその場から離れた。


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