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「カヤノ、大丈夫か!? なあゼルダ、カヤノどうしちゃったんだ!?」
「恐らく、ですが……ガノンドロフの邪悪な気配に悪影響を受けてしまったのだと思います。感覚が鋭いと全て受け止めてしまいますから……」
「ガノンドロフ……さっきのヤツか。あいつ一体何者なんだ?」
真剣な顔で訊ねるリンクに、ゼルダも同様に視線を返し話し出す。
奴は、ハイラルの西にある砂漠に住まうゲルド族の首領、ガノンドロフ。
今はハイラル王国と和平を結びハイラル王に忠誠を誓っているが、きっと嘘だとゼルダは確信していた。
リンク達も、先程の態度と印象が合わさり、何とも信用できない。
「わたしは恐ろしいのです。あのガノンドロフが、夢に現れた暗雲に違いありません。あの男によってハイラルは滅ぼされる……。ですがお父様は、わたしの話を信じて下さらない……」
「オレ、信じるよ。あいつの邪悪な力のせいで、オレ達の親だったデクの樹サマが死んじゃったんだ。それにカヤノまでこんなに具合が……。ゼルダ、カヤノは助かる?」
「……私は大丈夫」
答えたのはカヤノ。
既に息は整っており、背中をさすってくれたゼルダに礼を言い立ち上がる。
少し顔色は悪いが体調は問題なさそうで、リンク達はホッと息を吐いた。
「良かった、カヤノ! 一時はどうなるかと思ったよ……!」
「無理はしないで下さい。まだ休んでいても……」
「もう平気です。……ゼルダ姫、私もあなたを信じます。私は、あなたを疑って否定するような事をしたくない」
「リンクも、カヤノも……ありがとう。あの男に、時のオカリナとトライフォースを渡してはなりません」
「? 時のオカリナって……」
リンクの疑問に、まだ大事な事を話していないと思い出すゼルダ。
王家に伝わる話です、と前置きして伝説を語り始めた。
ハイラルを創造した三人の女神は、神の力を持つトライフォースを残した。
神の力とは、トライフォースを手にした者の願いを叶えるもの。
心正しき者が使えばこの世は善き世界に変わり、心悪しき者が使えばこの世は悪に支配される。
トライフォースのある場所は聖地と名付けられ、古の賢者達は悪しき者からトライフォースを守る為に時の神殿を造り、聖地への入口を隠した。
時の扉と呼ばれる石の壁で入口は守られ、その扉を開くには3つの精霊石を神殿に納めなければならない。
更にもう一つ、時のオカリナ。
言い伝えと共に王家が守っているその宝物が揃ってようやく、扉が開く。
精霊石を神殿に納め、時のオカリナで時の歌を奏でれば……。
「これが王家に代々伝わる聖地の秘密です。わたしも亡くなったお母様に聞かされました。決して誰にも言ってはいけないって、何度も念を押されて……。秘宝である時のオカリナの事も」
「そんな大事な話、オレ達に喋っちゃっていいの?」
「あなた方はわたしの話を信じて下さいました。お父様だって信じて下さらなかったのに。だから、わたしもあなた方を信じます」
国政を執り行う父王が信じてくれないのは、凄まじい不安だっただろう。
いくら崩壊の未来を夢で見ても、父王がガノンドロフとの交流をやめず、聖地を守る行動もしないのだから。
しかしそこで、ふとカヤノに一つの疑問が湧いた。
「……ゼルダ姫、ガノンドロフは一体どうやって、聖地の秘密や時のオカリナの事を知ったのでしょう」
「それが分からないのです。先程あの者が時のオカリナの事を話題に出した時、心臓が止まりそうでした。一体どうやって知ったのか……」
先程のゼルダは毅然としていて、とても驚いていたようには見えなかったが……随分と心の強い少女だ。
そんな疑問に、ナビィが少し申し訳なさそうに口を挟む。
「言い難いんですけど……王家内部に、ガノンドロフと通じている人が居るという可能性は?」
「王家は今、わたしとお父様しか残っていません。お母様はわたしが幼い頃に死んでしまいましたし、かつては分家もありましたが途絶えたそうです。お父様は、わたしの話は信じて下さらないけれど、お父様なりにちゃんと国を想っていらっしゃるし……」
「じゃあ有り得ませんね。ごめんなさい、失礼な事を言ってしまって」
「いいえ。お気遣い感謝します」
何にせよ、今ガノンドロフに抵抗する為に動けるのは、リンク達だけ。
ガノンドロフがデクの樹に呪いを掛けたのも、ハイラル王家に偽りの忠誠を誓っているのも、全ては聖地へ入り、トライフォースを手中に収めんが為。
そうしてハイラルを……いや、この世界そのものを我が物にしようと……。
リンクは意思を固め、ゼルダへ真っ直ぐに宣言する。
「オレ、残り二つの精霊石を取って来るよ。森にあったみたいに、どこか城じゃない所にあるんだろ?」
「ええ、残りの精霊石は昔、ハイラルが戦争をしていた時にハイラルに味方した、ある一族へと託されています」
「それは私から」
突然、その場にカヤノ達の誰でもない声が響いた。
驚くリンクとカヤノが振り返ると、そこには武芸に秀でていそうな、逞しく凛々しい女性が一人。
ゼルダが紹介してくれる。
「彼女はインパ。わたしの乳母です。小さな頃からずっとわたしを守ってくれている人なんですよ」
「信用できる人ってわけか。で、精霊石はどこにあるの?」
「残る二つのうち一つ、炎の精霊石は、デスマウンテンに住むゴロン族が持っている。もう一つ、水の精霊石の在処は分からなくなってしまっているが、ゾーラという種族が持っている筈だ」
「王家に味方した種族なのに分かんなくなってんの?」
「ゾーラ族は半ば水棲でな、水が汚染されないよう基本的に他種族を拒む。澄んだ水を求め、人が訪れない場所へ行ってしまったのだ」
「へー……」
取り敢えず行き先は決まった。
まずはデスマウンテンへ向かい、ゴロン族に会って精霊石を貰わなければ。
ゼルダはリンクと一緒に行くカヤノへ、心配そうに声を掛ける。
「……カヤノは、ここに残っても良いのではありませんか?」
「え?」
「その、あなたは女の子ですし、危険な旅に行くのは……」
「ゼルダ姫も危険でしょう。ガノンドロフからオカリナを守らなければならないし……。心配して下さるのは嬉しいですが、私は行きます」
「……では、あなた方が戻るまでわたしも頑張ります。ガノンドロフには決して、時のオカリナを渡しません!」
「はい。一緒に頑張りましょう」
その時、リンクは見た。
カヤノがゼルダに向けて、優しく微笑んでいるのを。
ずっと無表情、稀に驚いた顔や悲しい顔ぐらいしか見る事のなかった彼女の、初めて見る笑顔……一瞬だが心を奪われた。
「(でもオレに笑いかけてくれた訳じゃないんだよな。なんか悔しい)」
こんな時に妙な事を考えてしまったリンクは、慌ててその考えを振り切る。
カヤノの事は気になるが、それは後回しにしなければ。
ここに集った、運命の戦士達。
まだまだ小さく微弱な光は、しかし確かに輝き始め、闇を払拭する力の源になろうとしている。
贖罪の為にこの世界へ送られたカヤノは、闇どころか、輝きが強くなれば光にさえ飲み込まれ、やがては掻き消されてしまうかもしれない。
だが今は進みたい気持ちが大きい。
来たくなかったハイラル城で出会った、どうしようもなく会いたかったゼルダ姫。
この不思議な感覚の正体はまだ分からないけれど、カヤノに前を向かせてしまう程の力がある。
今はただ、心地良ささえ感じるそれに身を任せていたいカヤノだった。
−続く−