「ふぅ……」

「カヤノ、やっぱり怖いか?」

「え……うん」

「心配すんなって、もしもの事があってもオレが守ってやるからさ。はぐれないようにだけ気を付けてな」


そう行って、リンクはカヤノの手をぎゅっと握った。
温かくて、そこから勇気と希望が流れ込んで来るような気さえする。

これは人柄なのだろう。
リンクが生まれつき持ち、そして今までの半生で培った能力。
こんな運命に放り込まれても、曇らず揺るがず存在している。
それがカヤノには余りに眩しくて、思わず目を逸らしてしまうのだった。

一方リンクは、そうして悲しげな顔で俯いてしまったカヤノの事が、気になってしょうがなかった。
いつかサリアが言っていた、カヤノが悲しげなのにはきっと何か事情があるのだろうという予想。
それを今更思い出し、全く想像がつかない“事情”に思いを馳せる。
カヤノは相変わらず表情が殆ど変わらず、声にも抑揚があまり無い。
旅立つ直前にサリアへ見せたという笑顔だって、見る事は出来ていない。

“暗くてつまらないヤツ”

出会って割と最初の方にカヤノに対して抱いたその感情に、後から別の物が次々と付加されて行く。


「(カヤノは暗い。でもいつか、そんなカヤノを明るくしてあげたい。他の誰でもない、オレが)」


恋愛感情なんていう物は、まだリンクは理解すらしていない。
ただカヤノが発する不思議な雰囲気を感じ取り、そんな物を持つ彼女に対し一種の独占欲を発揮していた。

小さくても男。
頼られれば嬉しいし、頼られる為に自分が力になって解決してあげたい。
純粋で未熟な子供のような、汚い成熟した大人のような、奇妙な感情。
これはまさに、庇護だけが包んでいた森を脱し大人への階段を上り始めた証なのだが、リンクはまだ、そんな事など知る由も無かった。



ケポラ・ゲボラの言った通り、侵入できそうな用水路を発見した。
そこから入り込み、再びナビィに頼りながら兵士の目を掻い潜って進むと、やがて開けた場所に出る。


「ここは……中庭ね」

「奥に誰か居る」


リンクが示す先、一人の少女。
遠目からでも分かる身なりの良さ、そしてこんな所に居る事からして、彼女がきっとお姫様なのだろう。
さて、どうすれば衛兵を呼ばれずに話を聞いて貰えるかとカヤノが考えを巡らせた瞬間、リンクが何の用心もせず無遠慮に近付いて行く。


「あの、こんにちは!」

「リ、リンク……!」


止めようと駆け寄っても遅い。
少女が小さな悲鳴を上げて振り返り……瞬間、カヤノと目が合った。


「あ……」

「…………」


お互いに時間が静止する。
疑問符を浮かべるリンクとナビィをよそに、カヤノと少女は見つめ合ったまま動かない。
やがてカヤノが少しずつ少女に近付き始め……。
はっきりと顔が見える所まで来た瞬間、突然カヤノと少女が涙を零し始めてしまった。


「ちょ、ちょっと!?」


驚愕したナビィの声も届かない。
その涙はやがて耐え難い嗚咽になり、思わず少女へ駆け寄ったカヤノ。
少女の方も軽く近寄り、漏れ出る嗚咽を口を抑えて必死に押し込めようとしながら喋り始めた。


「わたし……あなたに会いたかった。確かに、あなたに会いたかった。あなたの名前も知らないけれど……」

「私も、会いたかった、気がします」

「わたしはゼルダ、この国の王女です。あなたがどうやってここへ来たのか……そんな事はどうでもいいの。あなたに会えた、それだけで、わたしは……わたしは……!」


少女……ゼルダ姫の感情が決壊する。
大粒の涙は川のように流れ始め、ゼルダはカヤノに抱き付いた。
それを優しく抱き止めてあげながら、同様に涙を流すカヤノも口を開く。


「私はカヤノといいます、ゼルダ姫。私もあなたに会いたかった。理由なんて分からないし、今まで思いもしなかったけれど……会えて嬉しい」


そんな不思議な会話をして泣きながら抱きしめ合う二人を、リンクとナビィは呆然と見ていた。


「ナビィ、これ……どういう事?」

「わ、わかんないわよ……カヤノってゼルダ姫と知り合いだったの?」


そのやり取りが届いたか、ようやくゼルダがリンク達に気付く。
涙を拭い、落ち着くように深呼吸をして改めてリンクに向き直った。


「あら……? それは、妖精!? それじゃ あなた達、森から来た人なの?」

「うん。オレ達、コキリの森から来たんだ。お姫様に会えって言われて」

「それなら、森の精霊石を持っていませんか? 緑色のキラキラした石……」

「コキリのヒスイの事?」


リンクが精霊石を見せると、やっぱり! と嬉しそうに笑うゼルダ。
彼女は夢を見たのだという。

ハイラル王国が真っ黒な雲に覆われ、どんどん暗くなっていく。
その時 一筋の光が森から現れ、暗雲を切り裂き大地を照らすと、それは妖精を連れて緑色に光る石を掲げた人の姿に変わったと。
確かデクの樹が、世界に忍び寄る邪悪を感じ取り映し出した夢を見る事は、選ばれた者である証だと言っていた。
リンクが夢を見たように、きっとゼルダの見た夢も重要なのだろう。


「あなたがその夢に現れた森からの使者……あなたの名前は?」

「オレはリンク、こっちは妖精のナビィで、そっちは……カヤノの名前は聞いたか。キミがゼルダなんだろ?」

「……リンク、相手はお姫様よ」


先程からタメ口のリンクをカヤノがたしなめるが、ゼルダは気にしないでと笑う。
しかしその瞬間、ハッとして笑顔を険しい顔に変えたゼルダは、カヤノ達の後方へと視線を向けた。

中庭の入り口、そこに居たのは褐色の肌をした大男。


「これはゼルダ姫。今、お父上にお会いして来た所です」

「……ガノンドロフ殿。黙ってこの中庭に入って来るのは無礼でしょう」

「恐れ入ります」


慇懃無礼。
ガノンドロフと呼ばれた男の態度を見たカヤノが、真っ先に浮かべた言葉。
きっとゼルダもそう思っているのだろう、険しい表情は消えない。
リンクもただ者ではない雰囲気を感じ取ったのか、少々顔を歪めている。

ガノンドロフが近付いて来る……が、はっきり顔が見える所まで来た瞬間、カヤノは突然 胸の奥から湧き上がった急激な苦しさに襲われる。
息が苦しくなる程のそれに胸元を押さえて後退り、少しでもガノンドロフから距離を取ろうとした。
それに気付いたゼルダが、さり気無くカヤノの前に出て背後へ庇う。
ガノンドロフは中庭の中程過ぎまで歩いて来たが、それ以上は近寄らない。


「ハイラルの傘下に入る事を許され光栄です。これほど美しい国は無い……姫もそのひとつでいらっしゃる」

「世辞などよい。お下がりなさい!」


背後で苦しそうにしているカヤノを気遣い、ゼルダは鋭い口調でガノンドロフを戻らせようとする。
ガノンドロフは全く気後れする様子も無く一礼すると、踵を返して立ち去りかける……が、不意に立ち止まり。


「ところで、ハイラル王家に伝わる“時のオカリナ”とかいう秘宝を、姫がお持ちでいらっしゃるとか……。今度、私に見せて頂けませんかな?」

「……そんな宝物の話は聞いた事がありません。どこでそのような話を?」


ゼルダの問い掛けには答えず、ガノンドロフはそのまま去って行く。

彼の姿が完全に見えなくなってしまってから、ゼルダの背後でしゃがみ込むようにしていたカヤノが、溜まった息を吐くように大きく呼吸した。
ゼルダは屈んでカヤノの背中をさすってやり、リンクとナビィも心配そうに駆け寄って来る。


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