ハイラル平原は広い。
ナビィが方角は知っているからと言うので付いて行っていたが、一向に城らしき物は見えて来ない。
そんな時に、城へ牛乳配達をするという人の馬車に出会い乗せて貰った。
ミルク缶が沢山乗ったホロ馬車の荷台でヘトヘトになる二人。
せめて水や食料を持っていたら、だいぶ楽だったかもしれないが。


「あー……森の外ってこんなに広いんだな……」

「ほんと……1時間も歩けば着くかと思ったのに」


そんなリンクとカヤノに、馬車の主はからから笑う。
ふくよかな中年男性。
名はタロンといい、平原にある牧場の主らしい。


「森の方から来たと言っとっただか? あっちの方から昼過ぎに城下町なんて目指したら、着く頃には日が暮れちまうだーよ。夜の平原は魔物が出るから、出歩かん方がいいだ」

「……ゴメン、もうちょっと調べてから目指すべきだったね……」


ナビィが申し訳なさそうに言うが、彼女だって森から出たのは初めてだろうから責められない。
一応、彼女が示した方角はちゃんと合っていたようだ。
ホロ馬車は風や日光を凌げて快適。
タロンに貰った牛乳を飲みながら、リンクは後方を見据えていた。
生まれた時からずっと過ごしていた森は、もう見えない。

旅立つ直前に仲直り出来たミドの泣き顔、大事なオカリナを餞別に見送ってくれたサリアの泣きそうな笑顔。
デクの樹の最期と託された願い。
様々なものが頭に巡って来て、昂りそうな気を鎮めようと空を見上げた。

青空は高く澄み、風は命を運ぶように優しく穏やかに吹き抜ける。
これからどんな運命が待つかは分からないが、導いてくれるなら付いて行くし、立ち塞がるなら打ち崩す。
そんな確固たる意志がリンクにはあった。



やがて辿り着いた城下町。
真っ白な門と塀、お堀に囲まれ、唯一の入り口である跳ね橋が降りている。
それを見てカヤノは驚いた。

今朝、デクの樹の元へ行く前に見た、何故か悲しさに満ちていた夢。
あの夢で見た景色と同じなのだ。
そう言えばハイラル平原の雰囲気も、夢の中で馬車に乗って渡った平原にそっくりだったように思える。

跳ね橋を渡り、見張りと思しき兵士達とタロンが何やら会話していたが、単なる牛乳配達だと証明して中へ進む。
門の近くにあった広場に馬車を止め、リヤカーで牛乳を運ぶようだ。

一緒に行くのはここまで。
お姫様に会うなんて簡単にはいかない筈。
ひょっとしたら忍び込む事になるかもしれないので、あまり一緒に居ると迷惑を掛けるかもしれない。
馬車から降りたカヤノは、タロンに頭を下げて礼を言う。


「タロンさん、どうもありがとうございました」

「おーう。近くに来たらぜひロンロン牧場に寄っとくれ」


初めての光景に辺りをキョロキョロ見回していたリンクを引き寄せて、タロンへ頭を下げさせる。
城の方へ向かうタロンが離れてしまうまで見送ってから、リンクとカヤノも城下町へ本格的に足を踏み入れた。


「う、うわ、凄いよカヤノ、人が沢山いる! 家も山程ある! デカイ人が“大人”ってやつ? いつかカヤノが言ってた……。あ、なんか良い匂いもする。食い物かな!?」

「待ってリンク」


今にも走り出しそうなリンクの腕を掴み引き止めたカヤノは、こちらを向かせて正面から向き合う。
見た所、商業が成り立つ文明はあるようで、森から出た事の無いらしいリンクがトラブルを起こすかもしれない。
ここは(特に中身が)年長者として、彼をきちんと見ていなければ。


「あのねリンク、あちこちに並んでいる物は“商品”っていって、勝手に持って行ったり食べたりしちゃ駄目」

「じゃあ貰えないんだ」

「お金、って物があれば交換できるけど……ナビィ、お金って分かる?」

「モチロン! ルピーっていう、キラキラした宝石みたいなのがお金よ」


ナビィの話によると、ルピーという宝石のような物がお金らしい。
話がファンタジー過ぎて飲み込めなかったが、簡単に纏めると、ルピーとはこの世界の自然を構築する要素が具現化し固まった物で、自然に存在する物なのだとか。
故に草を刈ると見付かったり、魔物を倒すと出て来る事もあるという。


「それでも経済が成り立ってるんだから凄いわよね……。まあ路頭に迷う心配は無さそうで良かった」

「えーと、取り敢えずあちこちにある物を勝手に取るなって事だろ?」

「そう。私から離れないでね」

「……年上ぶるなよ。カヤノ、オレと同い年くらいだろ」


カヤノと拗ねたようなリンクのやり取りに、ナビィがクスリと笑う。

城下町の奥に城が見えたのでそちらへ向かうが、賑わう町の大通りを歩きながら、カヤノは驚くしかない。

やはり同じだ。
今朝に夢で見た、あの町と。
しかも奥に見える城までもが同じ。
まさか予知夢……しかし今の自分達は馬車に乗っていないし、あの凱旋のような雰囲気も無い。

大通りを抜けて町を出ると軽い上り坂が続き、更に進むと小高い丘。
ここを登れば城だが、さすがに道は強固な門が閉じられ、見張りが沢山。
高く飛んだナビィが軽く周囲を見回し、困った様子で息を吐いた。


「お姫様だし簡単に会えないとは思ってたけど、見張り多すぎじゃない!?」

「見付かったら怒られるかな」

「怒られるで済めば良いけど、最悪の場合は牢屋行きね……」


軽く構えているリンクと、見付かった時の事を想像して気が滅入るカヤノ。
そしてカヤノの気が滅入っている理由はもう一つある。

行きたくないのだ。
あの城へ、どうしても行きたくない。
神に無理やり与えられた運命だからとか、見付かったらどうしようとか、そういう事は全く関係無く、ただひたすら行きたくない。
一体どうしたのか、これについてはカヤノ自身が困惑している。
あの城はとても美しい城だし、辺りも兵士が居る以外はのどかで緑が溢れる、ピクニックでもしたくなる風景。
それなのに何故、こんなに行きたくないのだろうか。


「カヤノ? どうしたんだよ、なんか顔色悪くないか?」

「……大丈夫」

「無理するなよ」


カヤノの様子が少しおかしい事に気付いたリンクが声を掛け、ナビィも心配そうな雰囲気を出してカヤノの側へ寄り添うように飛んで来る。
ただ行きたくないだけで具合が悪い訳ではないので、誤魔化しておいた。

さて、これからどうしようかと考え始めた三人の耳に届く、風を切る音。
何事かと音がした上方を見ると、巨大なフクロウ……ミミズクだろうか?
とにかく、大人くらいの大きさがあるフクロウが、近くの木に舞い降りた。


「ホッホゥ! お困りのようじゃな」

「喋った……」

「何だお前!」

「何だとはご挨拶だなリンクよ。ワシはケポラ・ゲボラ。運命の子を見守るよう、神から仰せつかった者じゃよ」

「ワタシ達に何か……?」


ナビィが恐る恐る訊ねると、彼は城への道に隙がある事を教えてくれた。
また城の向かって右側にある用水路から侵入出来そうだとも。


「子供の体格ならそう見付かる事もあるまい。恐れず慎重に進むのじゃ」

「分かった! カヤノ、ナビィ、このままジッとしてても始まらないし、行ってみよう!」

「勇気のある子だ。それではワシは去るとしよう。気を付けてな」


高く鳴き声を上げ、ケポラ・ゲボラは木から飛び立ち空の向こうへ消えた。

リンクとカヤノはナビィの偵察を頼りに、兵士の死角を進んで行く。
木や草の後ろに隠れ、目を逸らした隙に飛び出し……。
さっきからカヤノの心臓は、緊張で大きく鳴りっぱなし。
時々は意識して息を吐かなければ、苦しくてしょうがない。
蔦に掴まり崖を登って、上から城の正門より内側に侵入成功。
一際大きな息を吐き出したカヤノに、リンクが優しく声を掛ける。


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