普段は殆ど感情を露にしないカヤノの怒鳴り声に、周囲の誰もが驚く。

使命を果たせた事に満足し、安らかに眠ろうとしているデクの樹の事、親のような存在を喪いかけても尚、自らに課せられた運命をすぐ受け入れ、果たそうとするリンクとナビィの事。
運命や使命を呪い嫌っているカヤノは、とても納得できなかった。


「……優しいな、カヤノ」

「……!?」


予想外なデクの樹の言葉に、カヤノは驚いて勢い良く顔を上げた。
デクの樹は先程より更に、穏やかで優しげな雰囲気を醸し出している。


「自分が理不尽な目に遭ったと思っているからこそ、ワシらに同じ轍を踏ませたくないのじゃろう」

「……」

「カヤノよ、今はまだ分からんでも良い。だがいずれ理解してくれ。大切な者を守り、意思を受け継いで貰えるなら……。それで本望という事もあるのじゃ……」

「……デクの樹サマ……」

「まずは、少しでも楽しく生きろ。いつかこの世界を、この世界の誰かを、愛せるように……」


デクの樹が枯れて行く。
コキリ族達が駆け寄り口々に名を呼ぶが、もう元には戻らない。


「デクの樹サマ!」

「いやだ、死なないで!」

「……ワシは、幸せ者じゃな。どうか悲しまないでおくれ。お前達の生きるハイラルに希望を残せた……最期にそれが出来て、ワシは……もう……何も……」

「デクの樹サマッ!!」

「頼んだぞ、リンク、ナビィ、カヤノ……信じて、おるからな……」


最期に残したのは、慈愛と信頼。
青々としていた葉は全てが枯れ、顔が浮かんでいる幹は灰色に変色する。
永きに渡り森を守護して来た精霊の、静かなる終わりだった。

周囲で泣き崩れるコキリ族達の中、リンクは乱暴に目もとを拭うと、呆然としているカヤノに歩み寄る。


「カヤノ。お前も一緒に行ってくれるんだろ? よろしくな」

「……うん」

「ちょっと、待てよっ!」


声を荒げたのはミド。
ずんずん近寄って来ると、泣き腫らした目で睨み付けて来る。


「行くってドコに行くんだ、オイラ達コキリ族は、森から出たら死んじゃうんだぞっ!!」

「ミド……オレさ、デクの樹サマの最期の言葉を叶えたいんだ。デクの樹サマみたいに苦しむ人を減らせるなら、それが出来るなら、そうしたい」

「だってオマエ……つい昨日まで、半人前の妖精なしだったクセに……無茶に決まってんだろ!」

「……本当はオレさ、ミドとも仲良くなりたかったな。もし帰って来れたら、その時は……」


まるで最後を示すかのような言葉を、穏やかな顔と声音で告げるリンク。
我慢が出来なくなったのか、涙をボロボロ零し始めたミドは、そんなリンクの言葉を遮った。


「うるせーっ!! オイラだって本当は、本当はなぁっ!! ……今まで、イジワルして……ごめん」

「ははっ、こっちこそ意地張ってばっかりだったの、ごめん。最後に仲直り出来てよかった」

「最後じゃねーよ! 絶対、絶対 帰って来いよ! もし帰らなかったら、またイジワルしてやるからなっ!!」


泣きながら喚くミドに、リンクも涙を浮かべながら笑顔を向けた。
そして他のコキリ族達にも、元気でな! と挨拶すると、引き止められないうちにカヤノの手を引いて走り出す。
背後から聞き慣れた友人達の声が追い掛けて来るのを、振り切るように。

後ろ髪を引かれないようごく短時間で、お互いに家で軽く準備をしてから集落の出口で落ち合う二人。
まだコキリ族の誰も通り抜けた事の無い、外への道と言われる吊り橋。
集落からも離れたそこは、静かで不思議なくらい清涼な空気が溢れている。


「リンク、カヤノ! 待って!!」


歩みかけていた矢先、思わず止まったリンク達が振り返った先には、息を切らしたサリアの姿。


「行っちゃうのね、二人とも。デクの樹サマの最後のお願いだもんね……」

「サリア……」

「あのね、あたし分かってた。リンクもカヤノも、いつか森を出て行っちゃうって。だって二人とも……あたし達と、どこか違うもん」


その言葉にリンク達、取り分けカヤノは驚いた。
妖精の居ないリンクにも、その上で新入りのカヤノにも分け隔てなく接してくれていたサリアが、実はコキリ族の中で一番察していたらしい。


「でもそんなのどうでもいい! あたし達ずーっと友達! そうでしょ?」

「うん。オレ達、ずっと友達だよ」

「サリア……私がこの森で穏やかに過ごせていたのは、全部あなたのお陰よ。本当にありがとう」


リンクの笑顔に、そして初めて見るカヤノの穏やかな笑顔に、
サリアは一瞬だけ目を見開いた。
そして泣きそうな笑顔になると、お気に入りのオカリナを差し出して来る。


「このオカリナ、あげる! ときどき吹いて、森の事、あたし達の事……思い出してね」


慈愛と優しさに満ちた森。
そこを脱し、時に過酷さをも見せる運命へ飛び込んだ少年少女。
一人は決意を込めて。
一人は理不尽な思いをしながら。
それを見守る妖精もまた、大いなる運命の流れに浮かぶ小さな船。

しかし森を抜けた先、明るい色に染まり、森の中では見られなかった広大な青空を見せる平原は、まるで彼らの旅立ちを祝福するかのようで。
それでもやや不安そうな顔をするカヤノにリンクは、先程 彼女が叫んでいた疑問に答える。


「カヤノさ、言ってただろ」

「え?」

「何で運命を受け入れられるのかって。オレさ、まだ国を救うとか悪を倒すとか、そんなの分からないんだ。でもデクの樹サマに呪いをかけた奴を放っておいたら世界が危ないんだろ。そうしたら、コキリの森のみんなも危ないかもしれない。オレはさ、仲間のみんなを守りたいんだ」


最初はそんな小さな事からで良い。
友達を救うついでに世界を救う、そんな一見不純な理由でもいい。
行動していれば、きっと結果は後から付いて来てくれるものだから。
サリアを筆頭にコキリ族の者達に恩を感じているカヤノは理解しかけたが、やはり元の世界での出来事を思い出すと、気持ちがブレる。
大切な者の為とはいえ、神が勝手に与える運命を受け入れるのは……。

そんなカヤノにナビィが、暗い疑問を払拭するかのように明るく話し掛ける。


「まあ、デクの樹サマも仰ってたでしょ。まずは難しい事なんて考えずに、楽しく生きてみない? ナビィ、カヤノに一番必要なのは、そういう事だと思うの」

「……いいのかな。だって私は……」

「いいのっ! さっきサリアに見せたような優しい笑顔に、これから沢山なれるといいね!」

「えっ、笑顔!? オレ見てない! ちょっとカヤノ、そのサリアに見せたって笑顔、オレにも見せてよ!」

「そ、そんな事、急に言われても……」

「あー、見たかったー!!」


賑やかしくなる一行。
その雰囲気にカヤノは、まだ笑顔にはならないものの、こういうのも悪くないな、と思えて来てしまう。
良いのか訊ねようと空を見ても当然、神の姿はどこにも無かったが。


「じゃあ行きましょリンク、カヤノ! 目指すはハイラル城!」


神に選ばれた姫が居るという城へ。
運命に導かれる戦士達は足を進めた。





−続く−



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