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「分かった。呪いを解いたらデクの樹サマは助かるんだろ? 邪悪な力とか世界の危機とかはよく分からないけど、そのくらいやってやるさ!」
きっとデクの樹を助けられると信じているリンクに、カヤノもナビィも何も言えなかった。
何にせよ、ここで立ち止まっている訳にはいかない。
リンクとカヤノ、ナビィは、呪いを解く為にデクの樹の中へ向かった。
「ところでカヤノ、オレに剣と盾をくれたけど、お前は武器とか持ってないの?」
「何も……」
「それ危ないだろ! これやるから、いざって時の為に持ってなよ」
リンクに渡されたのは、以前に彼が手作りしていたパチンコ。
固い木の実の種を弾にすれば、そこそこ衝撃を与える事が出来そうだ。
「ありがとう……」
「うん。何かあったら遠慮せずに言いなよ」
まだ11歳だという話だが、随分と勇気と優しさのある少年だと思う。
……しかしそんな者だからこそ、これから辛い運命を背負わされるのでは。
それを考えるとカヤノは、リンクが憐れに思えて仕方なかった。
デクの樹の体内は空洞になっており、広さは勿論だが高さを感じる。
そんな空間に響く、カサカサと虫が這うような音。
こんなに響くのであれば、大きさは尋常なレベルではない筈。
「リンク、カヤノ! あれっ!」
ナビィが突然叫び声を上げた。
彼女が示す先、上を見てみると暗がりの中に光るもの。
それが大きな一つ目だと分かった瞬間、その目の持ち主が飛び降りて来る。
衝撃に地面が揺れ、現れたのは頑強な殻に覆われた巨大なサソリ……のような生き物。
「なに、これ……!」
「カヤノ、オレから離れないで!」
リンクがカヤノを庇うように前に出て、剣と盾を構える。
巨大な目にギョロリと睨まれて足が竦みそうになったのを何とか堪えた。
「こいつは……甲殻寄生獣ゴーマ! 二人とも気を付けて、こいつがデクの樹サマに呪いをかけてるの!」
「つまり、このゴーマを倒せばデクの樹サマは助かるんだな!」
ナビィの言葉に奮い立ったリンクは、ここに居て、とカヤノに告げ、躊躇う事なく巨体へ斬り掛かる。
しかし硬い殻に覆われたゴーマはびくともせず、壁をよじ登って行った。
そして太い尻尾の先にある穴から次々と卵を産み落とし、それはすぐに孵化して小さなゴーマが現れる。
「あいつ……!」
「待って。何とか出来るかも」
カヤノはリンクの後方から、小さなゴーマ目掛けてパチンコを撃った。
まだ生まれ立てで弱いのか、一発当たっただけで次々と倒れて行く。
「(やっぱり弓とは感覚が全然違う……けど、基本を応用できない訳じゃない)」
「凄いじゃんカヤノ! ……でもアイツ、全然こっちに来ない! くそーっ、アイツを叩かないといけないのに!」
リンクの言う通り、いくら子供のゴーマを倒しても親を叩かない事には呪いは解けない。
ふと成り行きを見ていたナビィが、カヤノが撃った弾が、全て子供ゴーマの目に命中している事に気付いた。
カヤノは大きくて当て易いから狙っているだけのようだが、これはひょっとすると。
「カヤノ、親ゴーマの目を狙って! きっと弱点よ!」
ナビィの言葉に、すぐさま上方のゴーマ目掛けてパチンコを撃つカヤノ。
距離はそこそこ離れているが、巨体な分 却って当て易い。
見事に命中した弾はゴーマにダメージを与え、耐えられなくなった奴が落下して来る。
すぐさま駆け寄ったリンクが、ゴーマの目に目掛けて剣を振り上げた。
「デクの樹サマから出て行けーっ!!」
渾身の力で突き出された剣は、ゴーマの目を中心から貫く。
大きな雄叫びを上げたゴーマは青い炎を発し、消えてしまった。
「やったぁリンク、カヤノ!」
大喜びでこちらに飛んで来るナビィと、対照的に静かな態度ながら、ホッと安堵の息を吐くカヤノ。
冷静を装っていたが、やはりあんな化け物を相手にするのは怖い。
一刻も早くデクの樹に報告すべくリンクが駆け出し、カヤノとナビィも後を追って広場に戻る。
するとそこにはコキリ族の子供達。
どうやらデクの樹の異変を感じ取って集まったらしく、リンク達を見付けたサリアが駆け寄って来る。
「カヤノ、リンク!」
「サリア! オレ達やったよ、モンスターを倒したんだ! って、説明しなくちゃ分かんないよな」
「ううん、デクの樹サマが話して下さったわ。デクの樹サマにかけられた呪いを解く為に、リンクとカヤノがモンスターと戦ってるって……」
どうやら、大まかな話はデクの樹が伝えていたらしい。
得意気な顔をするリンクの頭上から、変わらず苦しそうなデクの樹の声が降って来た。
「よくやってくれた。ありがとう、リンク、カヤノ……。特にリンク、お前の勇気は確かに本物じゃな……」
「……デクの樹サマ? どうしてまだ苦しそうなんだよ……」
「お前達はよく頑張ってくれた。しかし……ワシの命はもう、元に戻らぬ」
その言葉に、コキリ族の子供達からざわめきの声が上がる。
特にデクの樹を助けるつもりで戦っていたリンクは呆然と立ち尽くした後、デクの樹に縋り付いた。
「な、なんでだよっ! オレ一生懸命 戦ったのに……そんなのやだっ!!」
「……よく聞けリンク。ワシに呪いをかけたのは、黒き砂漠の民じゃ」
その者は邪悪な魔力を操り、ハイラルのどこかにある“聖地”と呼ばれる場所を探し求めていたそうだ。
聖地には神の力を秘めた伝説の秘宝・トライフォースが存在する。
気が遠くなるほど遥かなる昔、ハイラルは混沌の極みにあった。
育む地は無し、秩序も無し、命さえ無し。
そんな混沌の地ハイラルに3人の女神が降臨した。
力の女神ディン、
知恵の女神ネール、
勇気の女神フロル。
育む大地を、守るべき秩序を、そしてあらゆる命を生み出した後、手にした者の願いを叶えると言われる黄金の聖三角、トライフォースを聖地に残し、天へ帰った。
「あの黒き砂漠の民を、トライフォースに触れさせてはならぬ。決して聖地へ行かせてはならぬ……! あの者はワシの力を奪い、死の呪いをかけた……。あの男がトライフォースを手に入れれば、ワシのような者が後を絶たぬじゃろう……」
「デクの樹サマみたいに苦しむ人が……もっともっと増える……?」
その言葉にリンクは、何かを決意したような表情を見せた。
そして流れていた涙を拭うと、意思の強い真っ直ぐな瞳を向ける。
「オレに出来るなら、やる! どうすればいいのデクの樹サマ!」
「カヤノやナビィと共に森を出て、ハイラル城へ行け。そこに神に選ばれし姫がおいでになる筈じゃ……。姫にこの石を渡すのだ。あの男がワシに呪いをかけてまで欲した森の精霊石、“コキリのヒスイ”を……!」
デクの樹から光が溢れ、やがてそれは緑色をした宝石へ変わる。
ゆっくりと降りて来たそれを、リンクは掲げるように受け取った。
「ナビィ、お前にも渡す物がある。……神から授かった力の一部をお前に託そう。これでリンク達を助けるのだ」
「はい……」
泣きそうな声で返事をしたナビィを、眩しい光が包み込む。
特に変化は分からないが、成功したのかデクの樹は満足げに息を吐いた。
そしてデクの樹は、カヤノに声を掛けた。
どこか慈愛を感じる声音で、先程より穏やかに言葉を紡ぐ。
「カヤノよ……お前の運命は過酷かもしれん。しかし、どうか……リンクと共に旅立ち、彼を支えておくれ」
「……どうしてですか」
「神が定めたからじゃ。お前は納得いかぬかもしれんが……」
「違います! どうしてそんなに運命や使命を受け入れられるんですか! デクの樹サマだけじゃない、リンクだって、ナビィだって……!」