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「剣と盾……? ナビィ、まさかこれ……私が使うの?」
「違うわ、使う人は他に居る。カヤノがやらなくちゃいけないのは、その人の手助けよ」
「剣と盾って事は戦うんでしょう? そんな人の手助けになるような事、出来る気がしない……」
「大丈夫、その時はワタシも一緒に行動するんだから」
「ナビィも?」
その言葉に、カヤノは心の中で密かにホッとする。
ナビィは精霊であるデクの樹の使いを務めている妖精だし、何かとアドバイスしてくれそうだ。
それに何だか、彼女と居ると安心する。
コキリ族の子供達、取り分け世話を焼いてくれているサリアと比べるとだいぶ付き合いは短いが、それでも彼女が一番信頼できる気がしていた。
やるしかないのなら、少しでも心配事の少ない方が良いだろう。
盾と鞘に収まった剣を持ち、誰にも見つからないようにデクの樹の広場へ。
この事はまだ黙っていて欲しいと言われたので、剣と盾はデクの樹に預かって貰う事に。
ナビィとも別れ集落の方へ戻ると、一緒に居るサリアとリンクがカヤノに気付いて近寄って来た。
「カヤノ、どこに行ってたの?」
「ちょっとデクの樹サマに呼ばれて……用事を言い付けられて終わった所」
「デクの樹サマから直接ご用を? 凄いじゃないカヤノ、そんな事って滅多に無いのよ!」
「そうなの……?」
サリアだけでなくリンクも驚いていて、彼らにとってそんなに大層な事をしたのかと不思議な気分。
サリア達は何をしていたのかと訊いたら、リンクがパチンコを作るので付き合っていたらしい。
森にある素材で作られたパチンコはシンプルながら、頑丈に出来ていた。
「器用ね……」
「そうかな? オレまだ妖精が居ないからさ、ミドがイヤミ言って来たらこいつで撃退するんだ!」
「ふふっ、リンクったら。でも最近ミド、イジワル言うこと減ったよね。カヤノのおかげかな」
「えっ?」
「あー、そうかも! オレと一緒で妖精がまだ居ないけど、祭りの時に大人気だったもんな。あの演奏、ミド達も気に入ってたみたいだし」
確かにあれ以降、コキリ族とはすっかり打ち解けたし、予想していたミド達からの意地悪も無い。
それがリンクの方にまで影響していたとは思わなかった。
迷いの森でモンスターに襲われたカヤノを助ける際、共闘したのも効いているらしい。
さすがにミド達が友好的に対応する事はまだ無いけれど、リンクは、以前とは明らかに違うと言う。
「……この分ならさ、ミド達と普通に仲良くなれる可能性も、あるかも」
「きっとなれるわ。ミドだってそう思ってるから、イジワルをあまり言わなくなったんじゃない? やっぱりカヤノのおかげね!」
明るく言うサリアにリンクも同調し、褒められたカヤノは恥ずかしくなって俯いてしまう。
そんなカヤノに二人は、あまり変わらない彼女が見せる珍しい表情と態度の変化に、目を見張った。
困ったような表情で頬を赤く染め、瞳は泣きそうに潤んでいる。
そのままの姿勢だったカヤノは、二人が下から自分の顔を覗き込むようにしている事に気付き、慌てて後退る。
「な、なに……?」
「ううん、ちょっと……」
「あのさカヤノ、今の顔、もうちょっと見せてくれないかな」
「!!」
きらきらと瞳を輝かせる二人に圧倒され、カヤノはもう逃げるしかない。
そんな彼女をリンクとサリアは追い掛け、それを見て遊んでいると思ったコキリ族の仲間達も混ざり……。
暫くの間、森の中に子供達の楽しげな声が響いていた。
++++++
ある日の晩、カヤノは夢を見ていた。
豪華な馬車に乗り、周囲を多数の屈強な兵士に守られて平原を進んでいる。
その行く先には賑わう街と美しい城。
誰もが馬車を含めた一同を歓迎し、全ては喜びに満ち溢れている。
なのに、どうして。
どうしてこんなに、悲しいのだろう。
「……っ!?」
目が覚める。
そこはいつも通りのサリアの家で、隣のベッドに目を向けると、サリアが気持ち良さそうに寝息を立てていた。
何故か心が浮き足立ち、じっとしていられない。何か惹かれるものがある。
目にしなければならないものが、今、この森の中に確かにある。
暫くベッドの上でぐずぐずしていたが、遂に居ても立ってもいられなくなったカヤノはそっと家を抜け出した。
外は既に明るく、太陽は登りかけていると思われる。
心が赴くままに足を進めた先は、デクの樹が居る広場だった。
だが何かが違う。デクの樹の様子が以前とは激変している。
「……デクの樹サマ?」
「……カヤノ……か……」
応えたその声はとても苦しげなもの。
ドキリとしたカヤノは体を震わせるが、それでも何とか声を絞り出す。
「なっ、ど、どうしたんですか。具合が悪そうですけど……」
「ムウ……今、このハイラルには危機が訪れておる……。悪しき力が満ち、飲み込まれてしまいそうじゃ……。ナビィ、妖精ナビィよ、ここへおいで」
その声に、ナビィが飛んで来る。
苦しそうなデクの樹を見て驚いていたが、覚悟していたのか何も言わない。
デクの樹はナビィにリンクを呼んで来るように言い付ける。
彼こそがハイラルを善い方向へ導く運命の者、今こそ立たねばならないと。
ナビィは全身を傾けるように頷くと、何かを振り切るように集落の方へと飛んで行く。
それを呆然と見ていたカヤノに、デクの樹は言葉を続けた。
「さて、カヤノよ……。お前もリンクと共に立たねばならぬ。以前 持って来た剣と盾をリンクに渡し、以後は彼と行動を共にするのじゃ」
「それが、私の使命ですか?」
「ああ。神もそれを望んでおる」
嫌だとか、怖いとか、癪だとか、そんな感情は勿論あったが、いずれにせよカヤノに拒否権は存在しない。
神妙な面持ちで頷いたカヤノは、気になる事を訊ねてみた。
「デクの樹サマ、助かりますよね?」
「……いいや。ワシに残された時間はもう……多くはない……。ナビィもそれを承知で、何も言わずにいてくれたのじゃ」
ひゅ、とカヤノの息が詰まる。
デクの樹は自身の死期が近付いて尚、この国ハイラルの為に使命を全うしようとしている。
そしてナビィも、自分達の親のような存在である筈のデクの樹の状態を知りながら、自分の使命を果たしに行った。
彼らはまるで、巫女となる己の運命を受け入れていた母のようで。
やはりカヤノには分からない。
何故こうまでして、使命を果たし運命に酬いようとしているのか。
その時、ナビィが戻って来る。
「デクの樹サマ……ただ今戻りました!」
「オレに話があるって……あれ、何してるんだカヤノ?」
言い付け通りにリンクを連れて来たナビィと、カヤノを見付けて驚くリンク。
「ここに居たんだ。サリアが心配して探してたよ、戻ってあげたら……」
「いいえリンク、私は用があるの。ひとまずこれを受け取って」
剣と盾を渡すが、まだ事情を知らないリンクは不思議そうな顔をするだけ。
カヤノもまだ詳しくは分からないが、まずデクの樹に話を聞かなければ始まらない。
二人でデクの樹の前に並び、話を聞く事になった。
デクの樹との会話を要約すると、リンクは最近 悪夢に悩まされており、その夢はこの世界に忍び寄る邪悪を感じ取り映し出したものらしい。
それが出来る事自体、リンクが選ばれた者である証だという。
そしてデクの樹の具合が悪そうなのは、呪いをかけられているから。
それをリンクとカヤノ、ナビィで力を合わせて解いて欲しいと。