一方迷いの森へ入り込んでしまったカヤノは、どこへ向かっているのかも分からないまま歩いていた。
レリーフの基盤となる石の場所さえ聞かなかったのは失敗だったが、彼女はもう、半ば自棄になってしまっている。


「(この森は危ないと言っていた……。死ねるかもしれない)」


罰を受ける為にこの世界で生きているのに、それは反則かもしれない。
しかしカヤノが受ける罰は“神が与えた運命を受け入れる”事。
ここで死ぬのなら、自分はそういう運命を神に与えられた事になる。
それなら反則も何も無いだろうと、不気味な森の中を歩いていた。

……そんな折、森の中に響く高い声。


「カヤノ!? どうしてこんな所に……!」

「え?」


声のした方を見ると、そこには妖精が居た。
サリア達が連れているものと同じ、昆虫のような四枚の羽を生やした光の塊。
青い光を放っており、他の妖精と比べてどこか不思議な雰囲気を感じる。


「あなたは? どうして私の名前を……」

「あ、その。……ワタシはナビィ。アナタの事はデクの樹サマから聞いてるわ。コキリ族の子がデクの樹サマに、迷いの森に一人 入り込んじゃったって報告して。それでワタシが様子を見に遣わされたってワケなの。ねえカヤノ、帰りましょ。ここはモンスターも出て危ないのよ」

「でも、私はレリーフの石を持って帰らないと」

「? どういうこと?」


カヤノはナビィにこれまでの経緯を掻い摘んで話した。
新入りとして問題を起こした以上、これからの為にも解決したい。
ナビィも彼女の気持ちが分からない訳ではないのだが、戦闘能力も無いのに無茶はさせられない。

再度カヤノを説得しようとしたナビィだが、その時、彼女達からそう遠くない草むらがガサリと揺れる。
そこから現れたのは、オオカミのような見た目の魔物。


「……!!」

「カヤノ、逃げなさい!」


ナビィが叫ぶが、カヤノは足が竦んで動けない。
焦ったナビィが時間稼ぎをしようと決死の覚悟で魔物に向かって行くと、突然 木々の向こうから笛のような音が聞こえて来た。
それは踊り出したくなるような軽快さで、どこか郷愁のようなものも感じさせる。
魔物は獰猛さを忘れたかのように、動きを止めうっとり聴き入り始めた。

そこに現れたのはオカリナを吹いているサリア。
演奏をやめて魔物が大人しくなったのを確認すると、そっと横をすり抜けカヤノの側へ。
お互いに目配せすると、すぐに走ってその場から逃げた。

「サリア、今のは……」

「あたしが作った曲よ。内緒なんだけどね、時々 迷いの森へ遊びに来るの。奥の方にお気に入りの場所があって……レリーフの石もそこで取るのよ」

「………!」

「魔物がこの音楽を気に入ってくれたのかは分かんないけど、吹くとしばらく襲って来ないから。奥まで行く?」

「……行くわ。ここまで来たんだもの」

「待って2人とも。気持ちは分かるけど危ないわよ……!」

「あれっ、妖精。もしかしてカヤノの?」

「え? ううん、ワタシは違うんだけど……」


逃げ切ってからようやくナビィに気付いたのか、サリアが嬉しそうな顔をする。
しかしどうやらカヤノのパートナーとなる妖精ではないらしい。
カヤノは心の中で少し残念に思ったが、顔には出さなかった。
結局ナビィもカヤノとサリアの意思に押し負け、迷いの森の奥へ向かう事に。
魔物と遭わないよう慎重に、万一遭遇してしまったらサリアの曲に頼る。

そして奥まった場所にある長い階段を上り、辿り着いた迷いの森の深奥。
そこは明らかに人工的に区切られた四角い広場で、中央には黄金の正三角を3つ並べて更に正三角になるようにした、何だか妙に目を惹かれる紋章の台座があった。
奥には石造りの立派な建造物の入り口。
まるで神殿のような趣で、知らず心が引き締まる。


「カヤノ、あったわよ石!」

「!」


カヤノが紋章や建造物に目を奪われている間に、サリアがレリーフの基盤となる石を取ってくれていた。
……ひょっとしれこれは、あの建造物の一部が崩れたものではないだろうか。
少々気になったが、素材が何でも関係ないので黙っておく。

カヤノはサリアから石を受け取り階段の方へ戻る。
少しだけ建造物の方を見ていたサリアを早く帰ろうと促した。
その時 響く低い唸り声。ハッとして振り返るカヤノ。
その先には、先程と同じ種類のオオカミのような魔物が。


「あ……」

「カヤノ!」


サリアとナビィ、2人の悲鳴が同時に響く。

ここまでだった。
これが神に与えられた自分の運命。
特に抵抗もせず目を閉じると、カヤノは死を受け入れる。

だが、次に響いたのはカヤノの悲鳴ではなかった。
聞こえたのは唸り声とはかけ離れた、魔物の甲高い悲鳴。
えっ? と驚いて目を開いたカヤノが見たのは、太い棒きれを振り下ろした格好で佇むリンクとミド、そして倒れている魔物。
彼らだけではない、後方には他にも複数、コキリの子供達の姿が。


「あ……」

「ほんっと無茶するよ、追い掛けて来て良かった……!」


気が抜けてぺたんと座り込んでしまったカヤノに、手を差し出してくれるリンク。
少し躊躇っていたが、やがて怖ず怖ずと手を差し出し立たせて貰った。
それでも未だ気が抜けているカヤノに、ミドが怒ったような様子で。


「オマエなっ、いくらレリーフを壊した妖精なしの新入りだからって、死んでほしいワケじゃねえんだぞっ! ……し、心配かけんなよっ!」

「え……」


心配してくれた事が意外で、カヤノは目をぱちくりさせる。
ミドはすぐサリアの方へ行き彼女の心配を始めた。
ぽかんとしているカヤノに、リンクが面白そうに笑う。


「そういう顔できるんだ」

「え、あ、その……ありがとう……」

「だからオレとしてはもっと嬉しそうに言ってほしいんだけど。まあ他の皆にも、ちゃんとお礼言っときなよ」


言われ慌てて、ミド始め助けに来てくれたコキリの仲間達に礼を言う。
サリアにもお礼と危険な目に遭わせてしまった謝罪をするが、彼女は、自分もレリーフを壊した一因かもしれないのだし、気にしなくていいと笑ってくれた。
人の良さが心配になる程だが、正直に有り難い。
ふとそこで、ナビィが居なくなっている事に気付いた。
彼女にも付いて来てくれた礼を言いたかったのだが……。
デクの樹の使いと言っていたので、きっとまた機会はあるだろう。

コキリの仲間達と一緒に帰りながら、カヤノは心が温まるのを感じている。
ロクな友達付き合いが出来なかったせいで、こんなに心配してくれる友人は今まで出来なかった。
しかもまだここへ来て2日目だというのに、こうして危険な場所へ助けに来てくれるなんて。

集落に帰って来たカヤノ達は、改めて祭りの準備を進める。
取って来た石にも器用な子が改めて柄を彫り、翌日には完成した。

祭りが始まったのは、あの騒動の3日後。
デクの樹が辺りをふわふわ漂う妖精珠を多数生み出し、森じゅうが普段以上の美しい光で満ち溢れる。
コキリ族の子供達は歌ったり踊ったり演奏したり、まさに“お祭り騒ぎ”の言葉が似合う。
そんな中、一人でそれをぼーっと見ていたカヤノに、サリアが森の果物で作ったジュースを持って来てくれた。


「カヤノは何もしないの? よかったら一緒に踊らない?」

「私はいい。踊った事なんて無いし……」


神楽舞ならやっていたのだが、あの重々しい曲と振り付けはこの雰囲気に合わない。
そっか、と隣に座ったサリアが言ったきり、2人の間には無言が訪れる。

……ここは、何か祭りに参加できるような話題を振るべきだろう。
サリアだって祭りを楽しみたいのだろうに、カヤノに合わせてくれている。
せっかく親切にしてくれている“友人”に自分も何かしたい。


「ねえサリア、迷いの森で吹いてたオカリナの曲があるでしょう」

「あの曲? あれがどうかしたの?」

「……私に教えてくれない? 演奏してみたい」


ぱあっと、顔を明るくさせるサリア。
これまで特に何かに興味を示して行動する事が無かっただけに、初めて自分から乗り気になったカヤノに感動すらしていそう。

それからカヤノはサリアにあの曲を教えてもらう。
笛など楽器の演奏は経験があった為にすぐ覚えて、翌日には皆に披露できる程になった。
カヤノの演奏でサリアはじめ他の子供達も楽しそうに踊り、次はあんな曲、次はこんな曲、とリクエストまで受ける。
その度に、初めはたどたどしいながらも割とすぐ曲にする事ができ、数日も続いた楽しい祭りの間じゅう、カヤノはコキリ族の一員になれたような気がしていた。




−続く−


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