翌日、サリアの紹介でコキリ族達に紹介されたカヤノ。
やはり子供ばかりで大人の姿は見えなかった。
女の子達は特に分け隔て無く対応してくれたものの、男の子は多くがあのミドの子分のようなものだったので、突っ慳貪な反応をされるだけ。
サリアが怒ってくれたが改善の兆しは無さそうだ。
憤慨した様子のサリアだったが、ふと我に返ったように辺りを見回す。


「あれ? そういえばリンクはどこ行ったんだろ」

「リンク……?」

「昨日話した、まだ妖精がいない子よ。紹介したかったんだけど……。ちょっと家まで行ってみない?」


何もする事が無いので、断るべくも無い。
サリアの後をついて行くと少々低い位置にある家へ辿り着いた。
低いとはいっても、この家だけ他とは違い入り口が高い所にあって、長いハシゴを登って行かなければならない。
サリアが家へ向かって声を上げる。


「リンクーっ、起きてるー? ……ねぼすけなのよ、彼」


楽しそうにクスリと笑うサリア。
ややあって、家の中から欠伸をしながら一人の少年が出て来た。
格好は他の少年達と変わらない……しかし、下世話な話かもしれないが、顔がだいぶ整っているように見える。
早い話が飛び抜けて美少年だ。
入り口が高い位置にあるため見上げる形になり、眠そうな声が上から降って来る。


「なにサリア〜……? あれ、隣の子、だれ?」

「この子はカヤノ。デクの樹サマに紹介された新しい友達よ。知らないのもうリンクだけよ?」

「え、ちょ、と、待って、すぐ降りるから!」


慌てた様子でハシゴを降りる少年……リンク。
すぐさまカヤノ達の側までやって来ると、じっとカヤノを見つめる。


「ふーん……。 ……変わった色してるんだ」

「ちょっと、リンクまでそんなこと言うの?」

「べ、別に悪いとは言ってないよ」


やはりこの真っ黒な髪と瞳は目立ってしまうらしい。
彼に悪気は本当に無さそうなので、物珍しそうにされるくらいならば何とも思わない。

どうやらサリアはカヤノが寝る分のベッド作りを彼に手伝って貰うつもりだったらしい。
お願いすると、リンクはふと思い出したように手を叩く。


「そう言えばいつだったっけ、オレが新しいベッド作ろうとしてさ、大きめに作ったから部屋が狭くなっちゃって……結局 諦めたことあっただろ」

「あ、そうね。あの後どうしたの?」

「つい昨日 皆と一緒に祭りの準備を進めてた時に、去年の祭りの飾りとか片付けた倉庫で見つけたんだ。サリアの家は広めだから、あのベッド入れても大丈夫じゃないか?」

「それなら作らなくていいね。カヤノ、行こう」

「うん……」


リンクとサリアに連れられ、ベッドを片付けた倉庫へと向かうカヤノ。
ところで“祭り”とは何かあるのかと二人に訊ねたところ、年に一度、森の平和を願う祭りを皆で行うのだとか。
そこらじゅうを飾り付けて、歌ったり踊ったり、変化の少ない森の中では大きな楽しみの一つのようだ。

……元の世界で祭りの時期に罪を犯した自分が、贖罪の為に送られた世界でもすぐ祭りに関わりそうだとは。
新しい人生を楽しんで罪を忘れる事が無いよう、そうしたのだろうか。

ベッドはいくつかのパーツに分けられており、3人でサリアの家に運んで組み立てた。


「これでゆっくり寝られるな。良かったじゃんカヤノ!」

「……ありがとう、サリア、リンク」


カヤノはお礼を言いつつも顔は沈み気味の無表情で、声音に抑揚が殆ど無い。
てっきり笑顔を向けて明るくお礼を言ってくれるものと思っていたリンクは、本当に感謝しているのか計りかねる態度にムッとした表情。


「おいおい、もうちょっと喜んでくれても良いんじゃないの?」

「有り難いと思ってるわ」

「そうじゃなくてさ、もっと態度に出してくれても……」

「さっきベッドがあった場所、少し荷物を崩してしまったから片付けて来る」


リンクの言葉を遮るように言って、カヤノはサリアの家を後にする。
後を追おうとしたサリアだが、リンクが憤慨したような態度で文句を言い出したので立ち止まった。


「なんだよアイツ、暗くてつまんないヤツ!」

「何か事情があるのよ。あんな悲しそうな目をした子、見たことないもん」

「サリアは優しすぎるんだよ……」

「とにかく、あたしカヤノを手伝って来るわ。リンクは皆と……」


その瞬間、外の方から「あーーっ!!」と大きな叫び声。
嫌な予感がしたサリアが駆け出し、慌ててリンクも後を追う。
何か怒鳴りつけるような声が聞こえたのでそちらへ向かうと、先程ベッドがあった……祭りの道具を片付けている倉庫。
そこには立ち尽くしているカヤノと、彼女を責めるミドと取り巻きの姿。


「おいオマエ、何てことしてくれたんだよ!」

「ちょっとミド、どうしたの!?」

「どうしたもこうしたも、コイツが祭りの飾りを壊しやがったんだ!」


見ればカヤノの足下、木々や花々が彫られたレリーフが割れてしまっている。
このレリーフは森の中で一番危険と言われる、迷いの森の石を削って作られていた。
年に何度か迷いの森の魔力が薄れる時があり、その時にデクの樹の守りを受けながら取りに行けるらしい。
しかし今はその時期ではなく、危険でとても取りに行けない。
予備の石も無く、このままでは祭りに出す事は難しそうだった。


「それ、飾りの中で一番大事なモンなんだぞっ!」

「ち、ちが……私、壊してない……。ここに来たら落ちてたの……」

「さっきオマエらがここから何か運び出してるの見た! それが原因で落ちちまったんじゃないのか!?」


カヤノ達は間違いなく落としていないのだが、ミドが言う通りそれが原因の可能性も高い。
そうならば意図的ではないにせよ、カヤノが原因を作り出してしまったも同然。
新入りの上に普通は持つべき妖精も居ない、そんな“異端”の状態で皆の迷惑になるという最悪の事をしてしまった。
サリアがカヤノを庇おうと彼女の前に飛び出すが、カヤノはそれを制して一歩前に進み出る。


「……迷いの森って、どこ?」

「え? 外に出たら高台に入り口が見えるけど……まさか!」

「ありがとう」


止める間も無く走り出すカヤノ。
子供達が慌てて外へ出ると、高台へ向かう姿が。
モンスターが出る上、もし森に取り込まれてしまえば帰って来られない。
そんな危険な森へ躊躇いなく入って行くカヤノに、誰も呆然として動けなかった。
そこで一番に我に返るのはサリアで、仲間達に鋭く告げる。


「誰か、デクの樹サマにこの事を伝えて!」

「ど、どうするんだよサリア!」

「あたしはカヤノを連れ戻しに行くから!」


慌てて引き止める声にも反応せず迷いの森へ向かうサリア。
それでも誰も呆然として動けず、やっと女の子の一人がデクの樹へ伝えに行く。
迷いの森の方角が、不気味にざわめいているように見えた。


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