このコキリの森に住んでいるらしい少女・サリアの案内で、彼女達が暮らす集落へ向かうカヤノ。
まるで幻のような美しさを放つ森は、歩いているだけで頭がふわふわしそうだ。
両側を岩壁に阻まれた狭い道を通り、小さなトンネルを抜けた先、清らかな水が流れ童話のような木の家が並ぶ集落へ辿り着く。


「ここがあたし達の住む場所よ。……ところでカヤノ、妖精は居ないの?」

「妖精……?」

「うん、この子みたいなの」


サリアが連れている、昆虫の羽のようなそれを4枚生やした光の塊。
どうやらこれが“妖精”らしいが、そんなものカヤノは持たない。
持っていなければ仲間として認められず追い出されるのだろうか。
そうしてカヤノが悲しそうな顔をした事に気付き、サリアは慌てて首を横に振る。


「居ないなら居ないでいいの。デクの樹サマが仲間だっておっしゃったんだから、サリアはカヤノのこと、ちゃんと友達だって思ってるよ!」

「まだお互いの事も知らないのに……?」

「これから知ればいいんじゃないの? あ、あとカヤノ以外にも、妖精をまだ持っていない子なら居るから、心配しないで」


子供とはいえ、ここまで信じ易くて良いのだろうかと余計な心配が浮かぶ。
ひょっとして他の住人達もこのような感じなのだろうか。

……と、思っていると前方から人。
サリアと同じような格好をした少年で、強気というか、やんちゃそう。
彼はカヤノを認めるなり憤慨したような顔で近付いて来る。


「おいオマエ誰だ、サリアと何してんだよ!」

「……」

「ちょっとミド、いきなり何よ」

「だって怪しいだろ! こんな黒いヤツ初めて見たぜ!」


ミド、と呼ばれた少年は不審そうにカヤノを睨み付けている。
黒いヤツとは、カヤノの黒髪と黒目の事を言っているのだろう。
確かにサリアは緑、ミドは金、ちらと遠目に見た他の子も金色の髪ばかり。
瞳の色も青っぽく、日本人的な色を湛えた者は居なさそうだ。
カヤノのような黒目黒髪の者はかなり物珍しいのだろう。


「それにオマエ、妖精は? リンクと同じ“妖精なし”なのか!?」

「……妖精なし?」

「ミド!」


その単語に、先程まで呆れ気味だったサリアの雰囲気が怒りに染まる。
ミドはそれに一瞬だけたじろいだものの、すぐに気を取り直すとカヤノに向かって舌を出した。


「なーんだ、リンクのヤツと同じなのかよ! じゃあオマエも下っ端だな! オイラはこのコキリの森のボス、ミド様だ! 下手に逆らうなよっ!」

「……分かった」

「お、お? 意外と素直なヤツなんだな……」

「あのねミド、カヤノはちゃんとデクの樹サマに仲間だって認められてるんだから。意地悪もいい加減にしないと怒るわよ!」

「!! な、なんだよ、オマエもサリアに味方されてんのか! ちっくしょー、リンクといいオマエといい、何で妖精なしばっかり……!」


悔しそうに顔を歪めたミドは足取り荒く去って行く。
気にしないでね、とサリアは優しい声で慰めて来るが、カヤノはどうにも慰められるような事を言われた気がしない。
余所者なので警戒されるのは当たり前だし、妖精に関してあまり知識が無いので居ない事が問題とも思えない。

そんな、表情が控え目な上に動かないカヤノを、サリアは心配そうに見つめた。
どうにも感情が薄いというか、ほぼ無いのでは、という印象を受けてしまい、何か辛い事があったのではないかと思ってしまう。
いきなりずけずけと訊ねる訳にもいかないので、早くあたしの家に行きましょ、と元々の目的を促した。


案内された木の家は巨大な切り株といった風。
中は意外にも快適で、真っ先に暖かな印象を受ける。
ベッド、テーブル、イス、タンス、それに物入れらしい壺。
壺以外は木造で、家具の少なさと相まって実に素朴な印象だ。
中央に大きく敷かれた絨毯の上に座り、サリアは笑顔で口を開く。


「カヤノ、ミドの言う事は気にしないで。あいつったら子分を引き連れていつもイバってるんだから。その真っ黒な髪と目、綺麗だと思うよ」

「……サリアの方が綺麗よ」

「え、あたし綺麗に見える? ほんと?」

「ここの森、綺麗だから。同じ綺麗な色してる」


相変わらずカヤノの表情はロクに動かず、言葉にもあまり抑揚が感じられない。
それでもきっと言っている事は嘘ではないだろうと思ったか、サリアは嬉しそうにはにかんだ。

……そこでふと、カヤノはある事が気になる。
サリアに親は居ないのだろうか。
家の中はサリア以外に誰かが住んでいるような印象が無く、しかもここに来るまでに森の中で大人を見掛けなかった。
この辺りが子供達の遊び場ならば不思議でもないが、家もある事だし確かに住んでいるのだろう。


「ねえサリア……あなた、親は?」

「親? デクの樹サマがあたし達の親よ。カヤノもそうじゃないの?」

「えっと、大人は居ないのかなって思って」

「? オトナってなんだっけ?」


きょとんとした様子のサリアに、カヤノは驚いて少しだけ目を見開く。
ひょっとしてコキリの森の子供達は全員孤児なのだろうか。
幼い頃に捨てられてデクの樹が面倒を見ているとか……。
デクの樹以外に“大人”が居ないというのであれば、言葉の意味が分からないのも有り得るかもしれない。

そもそもこの世界が、基本的にどういう世界かはまだ分からない。
勇者だの魔王だの言っていたし、現代日本とは文化もインフラも何もかも違う事だってあるだろう。
それに、デクの樹のような存在を鑑みるに、コキリの子供達がそれこそ妖精や精霊のような存在である可能性も。


「……いいの、忘れて」

「そう? じゃあカヤノ、今日からよろしくね。ベッドは明日にでも作っちゃうとして、今日は一緒に寝よう」


にこにこと笑顔のサリアは、カヤノの心へいとも簡単に入り込もうとする。
その晩 彼女と一緒に就寝するがどうにも寝付けない。
一体自分は何をしているのかと考えばかりが巡って落ち着かなかった。

このコキリの森にはどうやら、子供しか居ないらしい。
デクの樹という保護者なら居るもののはっきり“親”という存在が無さそうだ。

親に抑圧されず自由に過ごす子供達。
それはまさにカヤノが望んで止まなかったもの。
もちろん自由を得るからには責任が生じる。
事実、カヤノは抑圧されていた代わりに、一般の世間では負わなければならないような責任からは逃れられていた。

コキリの子供達も何もかも自由という訳でもないだろうが、自分のように抑圧されていない事が羨ましく思えて仕方ない。
……けれど今は、自分も抑圧されずに過ごせる可能性がある訳だ。
罰を受ける為に送られた世界だが、機会があれば……。

ほんの少し、この世界での生活に光明が見えたような気がした。


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