そんな彼女の眼前、聖堂への扉がひとりでに開き、眩い光が放たれる。
思わず目を瞑り腕で目元を覆ったカヤノ。
やがて光が少し収まり、そちらへ視線を向けると……見知らぬ美女が居た。
神秘的な佇まいに美しいながらも畏怖を感じる顔。
彼女はカヤノの側までやって来ると、重々しく口を開く。


「なぜ、このような恐ろしい事をしたのです」

「だって、私……我慢できなかったのよ!」

「嫌だった、我慢できなかった。カヤノ、あなたはただそれだけの理由で、わたくしの従者をその手に掛けたのですか」

「嫌なの、もう嫌なの! 神様なんて大っ嫌い。神様を信じる人も大っ嫌い! そんな人居なくなってしまえばいい!」


カヤノの悲痛な叫び声を、女性はただ真顔で見つめている。
沈黙が訪れ、少し落ち着いたカヤノは一つの疑問を浮かべた。
彼女は一体、何者なのか?
この辺りは一般人の立ち入りが禁じられている上、彼女が出て来た聖堂は一族の者さえ滅多な事では入れない。
雰囲気も佇まいも明らかにただ者ではないし、極め付けは“わたくしの従者”……?


「……あ、なた、は、……まさか」

「カヤノ、罪は償わなければなりません。そうですね?」


気付いてしまった。彼女が何者なのか。
圧倒されロクな返事も出来ないカヤノに構わず、女性は更に近付くとカヤノの頭に手を翳す。
その瞬間、まるで眠るように意識を失ってしまうカヤノ。

そして気付くと、不思議な空間に居た。
カヤノはふわふわ浮いているが周りには何もない。
やがて目の前に巨大な光の珠が現れる。
それは中に何かが居る訳ではなく、本当に光の塊。


「な、なに……」

「お前はカヤノだな? これから身柄を預かる」

「……!?」

「混乱しておるな、無理もない。……我はお前の一族が仕えていた女神と知り合いでな。“神”とでも名乗らせて貰うか。ただお前の世界の神ではない。我はまた別の世界、勇者と姫と魔王の因縁が宿業のように廻り続ける世界の神だ」


そんなまるでおとぎ話のような世界、と否定的な気持ちになったが、カヤノ達一族が持つ特別な力をそう評する人も居た。
特に一族の中でも一番の大仕事である、女神への祈りと祭事で自然災害を軽減する力は馬鹿にされる事もある。
しかし一族の力は本物。ならば非現実的だからと頭から否定できない。
何よりカヤノは既に出会ってしまった。一族が信仰していた女神に。
そうして神と直接通じた今となっては、この巨大な光の球から畏怖を感じる事に気付ける。

……冗談でも嘘でもないのだ。
カヤノの心がすんなりと理解する。


「お前はその世界で罰を受けねばならん。神から与えられた運命を嫌い呪ったお前には、【神から与えられる運命を受け入れ続ける】という罰がお誂え向きだな」

「……」

「決して逃げるな。辛い事があっても、苦しい事があっても。それがお前が受けるべき罰、償うべき罪。ちょうど我の世界でも心配事が出来たからな、手伝わせるのに丁度良い」


神は基本的に下界の者や出来事に手を貸す事は出来ない。
(ここで言う“下界”とは物理的な意味でなく概念的な意味である)

カヤノの一族が女神の力を借りられたのは、その特別な力を神に捧げ従事していたから。
当然、何でも叶えて貰える訳ではないので、普段は自分達の力のみで何とかせねばならない。

ああ、これは観念するしかないと、カヤノは息を吐く。
どうせ逆らえないだろう。
頭では拒否しようとしているものの、体が萎縮して全く動かない。
神の光が強くなり、強烈な輝きによってカヤノの体まで白く染めて行く。
カヤノはそのまま再び意識を失ってしまうのだった。


++++++


「……娘、娘や」

「……う?」

「起きられるか? 目は見えているか」

「ん……?」


低い優しい声が響き、カヤノは目を覚ました。
何だか長い間眠っていた気がする。それこそ10年も20年も。
眠そうに目を擦るカヤノは、自分が森の中に倒れている事に気付いた。
美しい幻想的な光が舞う不思議な森。
目を擦りながら体を起こし、己を呼んでいた声の元を探すと……。


「え、えっ……?」

「うむ、無事のようだな」


巨大な、本当に巨大な木がそこにあった。
表面には顔が浮かび、そこから声が聞こえて来る。


「木が、喋って……る?」

「驚かせてしもうたか。ワシはデクの樹。このコキリの森を守護しておる」

「……精霊、か、何かですか?」

「そのようなものじゃ」


精霊なら元の世界でも存在を感知した事がある。
もはやこういった非現実的なものを否定する段階は過ぎていた。
どうせカヤノ一族の力も、他人に言わせれば“非現実”なのだから。

森の守護精霊の前でいつまでも座り込むのもどうかと思ったので、怠い体を騙し騙し立ち上がるカヤノ。
しかしその瞬間、己の異変に気付いた。


「あ、あれ? なんだか体が変……さっきまでと違う」

「違う? ふむ、特に怪我などは無し、歳の頃は12といった所に見えるが」

「12……!? 私、18歳なのですが……」

「ワシには生物が生きた時間が見えるのだ。間違いなくお前は12年 生きた姿をしておる。恐らく神は何か考えがあって、お前の年齢を戻されたのだろう」


後で鏡か水面にでも姿を映してみなさい、と言われ、恐らく冗談でも何でもないのだと悟ってしまった。
一体、神は何を考えてカヤノの年齢を戻したのか。
今は何も分からない。


「カヤノ、といったか。神より話は聞いているぞ。お前にはこれから時が来るまで、このコキリの森で過ごして貰う」

「……拒否権は無いんですよね」

「可哀想じゃがな。しかしあまり悲観し過ぎるでない。お前の協力がいずれは、このハイラルを救う事になるのだから」

「ハイラル?」

「この国の名だ。かつてこの地が……」

「デクの樹サマー!」


デクの樹が喋りかけた瞬間、背後から軽やかな声。
振り返ると緑色のふわふわした髪を揺らし、女の子が走って来た。
長い耳、髪と同じような緑色の、ノームのような服装。
そして小さな光の珠に昆虫のもののような羽が生えた何かを連れている。
少女はカヤノに気付くと、不思議そうに首を傾げた。


「あれ……? アナタ、だれ?」

「おお、ちょうど良い所に来た。彼女は新しい仲間なのだが家の空きが無くてな。お前の家に住まわせてくれんだろうか」

「え、新しい友達なの!? やったぁヨロシクね! あたしサリアっていうんだけど、アナタは?」

「わ、私は、カヤノです……」

「カヤノね! そんな緊張しないで、普通に喋っていいんだから!」


明るくはしゃぐ少女……サリアに圧倒されて、ロクな返事が出来ない。
ふとカヤノは、家族を殺めてしまった自分にも、こんなに明るく無邪気だった頃があった事を思い出す。
もうあの頃に戻る事は出来ない筈だが、年齢が戻っている今、もう一度築き上げる事が出来るだろうか?
しかしカヤノは罰を受ける為にこの世界へ来ている。
そんな気楽な事は許されないだろうと思い、少々上がりかけていた気分が一気に沈んで行った。

サリアはカヤノの手を取ると、あたしの家はこっちよ! とお構い無しに手を引っ張り走り出す。
慌ててよろけながら付いて行くカヤノ。

彼女の向かう先に、一体何が待ち受けているのか……。
まだ誰も、知る由は無かった。




−続く−



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