突然、彼女に対して引っ掛かりが浮かんで来た。
カヤノは知っていた。
ナビィの事を……“この女性”の事を、この世界に来る前からずっと。

気付いてしまえば、逆になぜ今まで気付かなかったのか分からない。
そうだ、“この女性”は間違い無く。


「……お母さん?」

「……」

「もしかしてお母さんなの? ううん、絶対そうでしょ! 私の、お母さん……!」


顔も無いのに、ナビィが……母がにっこり微笑んでいるのが分かった。

カヤノの先代の巫女。
同じ境遇で最大の理解者だった、そして最後にカヤノが殺めてしまった家族。


「お母さんね、後悔したの。自分が巫女の使命を受け入れられたから、カヤノもいつか、受け入れられる筈だって……決め付けてたの」


カヤノの苦しみにちゃんと向き合ってあげられなかった。
だからあんな事件を起こしてしまったのだと……ただひたすら、自分を責めたという母。
カヤノが贖罪の為に異世界へ送られたと聞いて、何とか娘を見守らせてくれと神に懇願した。
そうして与えられたのが、今の妖精ナビィとしての姿。

命を終える者を、神の決定でもないのに無理に蘇らせるには、制約が必要となるそうだ。
母に課せられた主な制約は、自分の正体を話したり悟られたりしない事。
また生まれ変わる訳でもないのに、人の魂を妖精に変えて蘇らせるのは色々と無茶が生じる。
母は、父や祖父母の魂も全て使って妖精になったという。


「お父さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、あなたに謝っていたわ。苦しみをちゃんと理解してやれず、すまなかったって……」

「そんな……お母さん達が自分を責める事なんて無い! きちんと話し合いもせずに、感情に任せて家族を殺した私が悪いの!」

「でもあなたにそうさせたのは、お母さん達でしょう」


いつか家族に抑圧されていた事を話した時、ナビィが自分の事のように憤ってくれた。
あれは本当に“自分の事”だったから。
彼女は自分に対し憤っていた。

そう言えば、ちゃんと見せた事も無いのに、カヤノが乗馬が得意だと知っていた事もあったが……当たり前だ。
彼女は、母はカヤノの乗馬を何度も見ているのだから。
思い返せば、“母の言動”だったと分かるものが沢山ある。


「ちが……違う! 悪いのは、私で……! 罪滅ぼしの為に命を使うの!? そんな事、して欲しくないっ……!」

「罪滅ぼしだなんて。お母さんは、あなたを愛してるから、助けたいの」

「でも……でもっ……」

「それに、どっちみちお母さんは……もう長くないわ」


カヤノの娘に使った、人をどこか……時代か世界か、もしくはその両方が違う遠くへ転移させる魔法。
あれを使ってしまえば、もう先は長くないという。


「そんな……!」

「元々、使う場合はあなたに使う予定だったんだもの。見守りたい対象が居なくなった後なら……良いかな、って」


カヤノを見守り、叶うなら助けたい。
その一心で記憶等を保持したまま妖精として蘇ったのだから、カヤノが居なくなれば今のまま生きる意味など無くなる。
いや、そもそも今のまま生きる事など許されない、と言った所か。
母は本来、既に死んでいる筈なのだから。

ナビィの……母の光はどんどん弱くなって行く。


「せめて……あなたが本当に幸せになる時まで、見守っていたかった」

「いや、死なないでお母さん……いやぁぁっ……!」


小さな妖精を手のひらに乗せ、泣きじゃくるカヤノ。
かつて自分が殺害した相手に対し虫のいい願いだ。
それでも母には、カヤノを恨む気持ちなど微塵も無い。


「カヤノ……。孫の顔まで見せてくれて、ありがとうね」

「あ……」

「……リンクと、みんなと、仲良く……ね」

「お、母、さ……」

「……」


何かを言おうとしているのは分かる。
けれどもう声を出す力すら残っていないようだった。
一瞬、母がグッと体を強張らせたかと思うと、最後の力を振り絞るように飛び上がる。
そしてカヤノの額に自らの体をくっつけ……。


『大好きよ、カヤノ』


音ではなく、直接脳内に響いた……ナビィではない、元の世界の母の声。
瞬間 妖精の形を保っていた彼女が無数の光の粒になってばらけ、それはカヤノの体を包み、吸い込まれるようにして消えてしまう。


「あ……あっ……」


『ワタシはナビィ。アナタの事はデクの樹サマから聞いてるわ』

『楽しかったら笑っても良いと思うわ』

『……ゴメン、もうちょっと調べてから目指すべきだったね……』

『それでもワタシはカヤノの味方だからね。罪を償わなくちゃいけないならワタシも手伝うわ!』

『リンクとカヤノはワタシが出来ないこと沢山できるじゃないの』

『愛する人や大切な人の為なら、運命ぐらい幾らでも受け入れられるわ』

『カヤノが楽しそうにしてるとワタシも嬉しいよ』

『エー? ちょっと今の、ついでっぽかったなァ』

『ホントに心配だったよぉ〜っ!』

『ワタシ自由に恋愛なんて出来なかったから。せめて話だけでもしたいの。恋が実る話はもっと聞きたい』

『頑張ったわねみんな! きっとゼルダ姫もお喜びになるわ!』

『分かったわ、ワタシも一緒に居るからね』

『ルト姫もそう思います!? 寂しさを押し殺しながらリンクを待つカヤノがもう可愛くて!』

『すごいすごい! カヤノ、もうだいぶ立派な魔道士ね!』

『そんな……イヤよカヤノ! ワタシ、あなたから離れたくない!』

『ふふ、とっても可愛い子ね。カヤノに似てるわ』


ナビィとの、知らずに過ごしていた母との思い出が走馬燈のように蘇る。
娘に殺害されたというのに、その娘を心配してずっと側に居てくれた。
優しく見守っていてくれた。


「……いや、いや……お母さん……いやぁっ……いやあぁぁぁぁっ!!」


泣こうが喚こうが、もう母は戻らない。
かつて自分がそうしてしまったように。

カヤノは暫くの間、台座に突っ伏し泣きじゃくっていた。
どれくらいそうしていただろうか、ふと感じた人の気配から間もなく、そっと頭に誰かの手が添えられる。
そちらを見れば、シークが隣にしゃがみ込み、優しく頭を撫でてくれていた。


「シーク……」

「カヤノ、どうして君の中にあの妖精の力があるんだ?」

「え……?」

「もしや彼女は、自身の命と力を全て君に……?」

「どういう事?」

「今の君なら自分で分かる筈だ。意識してごらん」


疑問符を浮かべながら起き上がり、考えてみる。
すると途端に体中を駆け巡る、“初めてなのに理解できる”もの。
ナビィが使っていた魔物の情報を得る能力、そして何より……。

カヤノは高威力の魔法を放つ時と同じように魔力を捧げ、意識を集中させる。
すると体が淡く光って小さくなり、ナビィと全く同じ姿になってしまった。
予想して行った事ではあるが、本当に妖精になってしまい半ば呆然としているカヤノに、シークが優しい口調で。


「彼女は、君に託したんだね。命と、魂と、力を。少しでも君の役に立とうと」


死しても尚、力となり守ろうとしてくれる母。
妖精の姿の為に涙は流れないが、一旦 泣き止んだものがまた溢れて来た。


「……お母さん……お母さんっ……!」

「……何か複雑な事情があるようだ。僕には分からないけど、君が受け取りたいように受け取るといい」


その力も、その想いも。

暫く体を震わせていたカヤノだったが、ふとシークが口を開く。


「カヤノ、悲しまないでくれ。君が悲しみに満ちているのを見るのは辛い」

「……」

「朗報があるんだ。コキリ族の集落に行ってみるといい」

「どうして?」

「君が待ち望んだ彼が目覚めている。そろそろやって来るよ」

「えっ……!?」


それは誰、なんて訊くまでもない。
慌てて飛び去ろうとして、すぐ思い直しシークの側までやって来る。


「助けてくれてありがとう、シーク。また会いましょう」

「ああ。必ずね」


言い合い、今度こそ飛び去る。
深い迷いの森を抜け、コキリ族の集落へ。
集落は何故か静まり返っており、漂う空気が妙に淀んでいる。
状況を確認しようとしたカヤノだったが、その前に平原へ向かう出口から、待ちに待った彼が入って来た。

背が伸び、精悍な顔つきになった彼はすっかり大人の姿。
たまらず最高速で飛んで近付き、彼がこちらに気付いた瞬間、妖精から人の姿に戻った。


「リンクッ!!」

「え……カヤノ? もしかして、カヤノなのか!?」


カヤノは泣きそうな顔でリンクの胸に飛び込む。
予想外の行動に少しだけよろけそうになったリンクだが、逞しくなった足腰も腕もしっかりとカヤノを支え、抱き止めた。

本当に大きくなった。
抱き止められたカヤノの頭が、リンクの肩程にしか届いていない。
青年に相応しい逞しさを備えた体も、しっかりとカヤノを包んでいる。


「会いた、かった……会いたかったよ、リンク……!」

「オレも。会いたかったよ、カヤノ……」


ぎゅっと、少し息苦しさを感じるくらい抱き締められる。
それすら心地良くて、カヤノは泣き笑いのような表情に。

二人は暫くそのまま、お互いを感じ合っていた。




−続く−


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