「嫌よ、ダークやナーガを置いて行くなんて……」

「カヤノ。お前は裏切り者の俺すら助けようとしてくれるのか」

「だ、だってダークも仲間でしょう。私はまだそう思ってる」

「……ナーガの事、出来る限り守ってみよう。それとお前を逃がす事の二つが、今の俺に出来る最低限の罪滅ぼしだ」

「……」

「いい加減に行け」

「……行きましょう、カヤノ」


ナビィにも促され、カヤノは再び足を進め始める。
ダークの横を通り過ぎる際、ぽつり「無事で居ろ」と言われて。


「ダークもね。ナーガをお願い」


早口で言い、彼の側を通り過ぎた。


やがて辿り着いた、カヤノも通り抜けられる開閉可能な窓。
今は既に開いているようだ。


「どうやって逃げるのナビィ、まさか飛び降りるとか……」

「降りたりしないよ。……飛びはするけどネ」

「え?」


言うが早いか、カヤノの体がナビィと同じ青い光に包まれ浮き上がる。
そして開いた窓から外に出てしまった。


「え、えっ、うそっ、凄いナビィ……!」

「あ、あんまり喋ったり動いたりしないで、落としちゃうからっ……!」


ナビィが苦しそうに言うものだから、カヤノは慌てて口を噤み身動きを止めた。
城は溶岩の満ちる巨大なお堀の中心に浮いた、台地の上にある。
落ちてしまえば死は免れない……一人でこの調子なら【   】やダーク、ナーガを連れて逃げるのは不可能だっただろう。
じっとしていても、お堀の外側の地面へ辿り着くまでに何度か落ちそうになった。

ようやく辿り着いた地面に感動する暇も無く、カヤノは一目散に平原の方を目指して走り始める。
城の見張りだって居るだろうし、きっとそろそろバレている。
坂道を下り荒れ果てた城下町に入って……突然響き渡る、甲高くおぞましい叫び声。
見れば城下町には多数のリーデッドが。


「ひっ!? 何でこんな……」

「走ってカヤノ、止まっちゃダメ!」

「いやあぁっ、怖い怖い怖いっ……!」


半泣きになり、恐怖を少しでも吐き出そうと言葉にしながら、一気に走り抜ける。
どうしても行く手を阻まれたら魔法を放って撃退した。
基礎魔法であれば瘴気に阻まれていても使える。

とっくに役割を果たさなくなった、城下町入り口の跳ね橋。
そこを通り過ぎた瞬間、城壁の上から多数の魔物やゲルドの戦士達が飛び降りて来た。


「お前、ガノンドロフ様の女だな!?」

「どうやって逃げ出したんだ? 城へ戻れ!」

「い、嫌です!」


振り切って走り出すが、矢を射掛けられたり、魔物に纏わり付かれたりで上手く進めない。
基礎魔法で撃退するのにも限度があるが、こう敵が多くては詠唱が追い付かず、高威力の魔法を繰り出すのが難しい。
疲労からか体が震え、足がもつれ始めたカヤノ。


「し、しっかりしてカヤノ! もう、あの人どこに居るのっ!?」

「あ、あの人……?」


カヤノが疲れに霞む頭で疑問符を浮かべた瞬間、突然上空から誰かが降りて来た。
素早く何かの飛び道具を投げ、突然の事に対処が遅れたゲルドの戦士を3人ほど一気に倒す。
それは、その謎めいた姿は。


「シーク……!」

「すまない、遅れてしまったようだ。ひとまず君を逃がそう」

「えっ……待って、あなたはどうするの」

「心配はいらない、君を送ればすぐに逃げる」

「送るって、どこにどうやって……」


言い終わる前にシークがハープを手に、曲を奏で始める。


「“森のメヌエット”」

「え、あ、あれ……」


その曲の旋律に従うようにカヤノの体が浮き上がり、ナビィと共に光の塊となる。
ある方向へ飛んで行くその塊を見送ってから、シークは追っ手の方に目をやった。
飛び掛かって来たスタルベビーを避けて一撃を叩き込み、戦いながら逃げる。
まずはこの追っ手達をどうにかしなければならない。


「大丈夫、僕はこんな所で死なないさ」


シークの顔には焦りも何も浮かんでいないようだった。
逃げる事を前提に考えれば、苦労する数でも相手でもない。

……が、その途中、城下町の方から妙な感覚が漂って来た。
妙と言うか……今の瘴気に満ちた城下町からは考えられない、温かく優しい感覚。


「……まさか!?」


これは予定を変更しなければならない事態。
一旦この追っ手達を撒いてから、城下町へ行かなければ。

正確には、城下町外れにある時の神殿へ。


++++++


光の塊となったカヤノが飛ばされて来た場所は、見覚えがあった。
壊してしまったレリーフの替わりの石を取りに来た場所。
最後にコキリの森へ帰った時、サリアに案内されて来た場所。
迷いの森の最深部……森の聖域。
人工的に区切られた四角い広場の中央、トライフォースが描かれた台座の中心でカヤノは人の形に戻った。


「ふう……何とかなったわね。大丈夫よカヤノ、シークなら逃げるって約束してくれたから」

「……」

「カヤノ?」


カヤノは俯き加減の姿勢のまま反応しない。
どうしたのかと回り込んで表情を見ようとした瞬間、前のめりになって倒れてしまった。
息を飲むナビィの視界に飛び込んだのは、カヤノの脇腹と肩に刺さる2本の矢。


「カヤノ……!? 矢が刺さってたなんて、どうして言わなかったの!」

「う……ごめ、なさ……早く、逃げなくちゃって、思っ……」

「しっかりして! せっかく逃げ出せたのに……こんな事って……!」


矢が蓋の代わりを果たしているのか出血は多くない。
それがナビィやシークに気付かせるのを遅らせたようだ。
何にしろ、このままではカヤノは……。


「……カヤノ、凄く痛いと思うけど、矢を抜いて」

「え……?」

「早く、手遅れになる前に!」

「どうするのナビィ……」

「いいから早く! 絶対に治してあげるから!」


正直、刺さった矢を抜くなんて怖い。
だがここには代わりに抜いてくれる誰かなど存在しないし、助かりたければ自分でやるしかない。
娘を遠くへ追いやり、ダークとナーガを見捨てて得た自由。
ここで諦める事は彼らへの冒涜に当たるような気がした。


「う……あ゙、っくぅ……!」


痛みによる生理的な涙をぼろぼろ零し、2本とも抜いてしまうカヤノ。
間髪を入れずナビィが光を撒き散らしながら、カヤノの傷口を撫でるように飛び回る。


「ナ、ナビィ? 何してるの?」

「痛み、引いてない?」

「あ……言われてみれば、痛みがどんどん弱まってる……」

「良かった、効いてる、みた……」


言い終わる前に、今度はナビィがボトリと地面に落ちた。
慌てて抱き上げた彼女は光が弱々しくなり、今にも消えてしまいそう。


「ちょ、ちょっと待ってナビィ、あなたまさか……!」

「え、へへ……妖精の力、使っちゃった」


妖精はその命を使って傷や病を癒やす事が出来る。
そして命を使った後は消滅し、また妖精珠として生まれ再び妖精になる。


「どうして!? どうしてこんな事したの!!」

「……」

「何で……嫌よナビィ、死なないでっ!!」

「……今なら、神様も許して下さるかな……。ねぇカヤノ。妖精は力を使うと、すぐ消滅しちゃうのよ」


しかしナビィは一向に消滅する気配が無い。
消えないなら助かるのだろうか?
だが弱々しくなった光も声も戻りそうには見えない。


「ワタシ、ほんとは、……妖精じゃないの」

「じゃ、じゃあ何なの、あなた……」

「……」

「あなたは妖精のナビィでしょ? そうでしょ!?」

「……カヤノ」

「え……」

「カヤノ」

「え、あ、あれ? ナビィあなた……。えっ……」


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