「ナビィ……!?」

「カヤノっ……! 良かった、生きてたのね、良かったぁ……!」

「うそ、ほんとに、ほんとにナビィなの!?」

「ホントにワタシだよ、カヤノっ!」


涙声でカヤノの胸に飛び込んで来た妖精ナビィ。
ダークにもナーガにも会えずに過ごして2年以上。
久々の仲間にカヤノは喜びと安心で泣きじゃくる。


「もう……誰にも、会えないかと、思ってたっ……! 会いたかったよナビィっ……!」

「うん。ワタシも会いたかった……。頑張ったねカヤノ、もう大丈夫よ。一緒に逃げましょ」

「逃げる……? どうやって」

「ワタシに出来る事があるの。急ぎましょ、こんな所 一刻も早く出なくちゃ」

「あ、待って、ちょっと……」


カヤノは乱暴に涙を拭ってベッドの方に走り、ナビィもその後を追う。
そこに居る赤ん坊を見たナビィが息を飲むのが分かった。


「カヤノ? え……その、赤ちゃんは?」

「……私の娘よ。名前は【   】」


抱き上げ、笑顔を浮かべながらナビィに娘を良く見せるカヤノ。

どうして。酷い。あんまりよ。可哀想に。

ナビィの思考をそんな言葉がぐるぐる回る。
こんな場所で敵に囲まれている以上、望んでこうなった訳は無い。
赤ん坊の小麦色の肌と赤い髪はゲルドの特徴で、ガノンドロフとの子だとは容易に想像できる。

けれど、そんな憤りや悲しみ、哀れみを示す言葉を言えなかったのは。
娘を抱き上げるカヤノの笑顔が本物だったから。
本当に娘を愛し、娘に慈しみを感じている母の顔だったから。

ナビィはその感情に、とても覚えがある。


「そうだったの。ふふ、とっても可愛い子ね。カヤノに似てるわ」


ナビィが優しく言うとカヤノは照れ臭そうに笑い、娘もつられて へにゃりと笑う。
そんな母子を見たナビィにも本当に幸せな気持ちが溢れて来た。
これが平和で明るい場所で、愛する人との間に出来た子供なら心から祝福できたのに、と内心で独りごちてみたりもしたが。

カヤノは、ナビィが来てくれた事に歓喜した。
今まで忘れていたが彼女を見て思い出した事がある。
それはいつか彼女が言っていた事。


“たった一度だけ……どこの世界、どんな時代に行くか分からないけど、存在そのものを移動させる事が出来るの。デクの樹サマから授かった力の一つよ”


「ねえナビィ、この子……連れて行ける?」

「……ごめんなさい。ワタシの力と作戦じゃ、二人同時には逃がせない……」

「そっか」


元々、娘と一緒では逃げ切れないだろうと考えていた。
まして向こうは娘を殺したいのだから手加減などしないだろう。
この子を置き去りにするくらいなら私も逃げない、と言った所で、逃げなければ結局 娘は殺されてしまう。
それなら少しでも可能性のある方に賭けたい。
カヤノはナビィに、娘が殺されようとしている事を話してから告げた。


「ナビィ、いつか言ってたわよね。人をどこかに移動させる力があるって」

「……ええ」

「その力でこの子を移動させて」


ナビィは、本当にいいの? と訊く事はしなかった。
カヤノの顔は穏やかだったが、決意と覚悟に満ちていたから。
これ以外に娘を生存させる方法が無いという事は手に取るように分かる。


「一つ約束してくれるなら、移動させてあげる」

「何?」

「娘を完全に守れなかったからって、自暴自棄になったり、自ら命を絶とうとしない事。いいわね?」

「……」

「カヤノ」

「……分かった」


本当は心のどこかでその結末を考えていたのだろう。
しかしナビィは、それを許す訳にいかない。
まだカヤノには幸せになれる可能性が残されているのだから。
カヤノが娘を守りたいと思うその感情と同じ物を、ナビィは持っている。

カヤノは最後に、愛する娘をぎゅっと抱き締めた。
これが今生の別れになる。
この城に居るよりはマシというだけで、別の場所に移動した後、生きていられる保証は無い。
別の時代か世界か、どこへ行くのかは分からないが、移動しなければ生き残る可能性は0%、移動すれば……それでも可能性は高くないように思える。

だが賭けるしかない。
0をほんの少しでもプラスへと押し上げる為に。


「ごめんね【   】……。お母さん、あなたに謝ってばっかりね」


涙を流しながら、それでも笑顔を浮かべるカヤノに、ナビィは何も言えない。
ただ永遠の別れとなる母子を見守るだけ。


「お願い、生きて。生きて幸せになって。私なんかよりずっと、ずっと幸せに生きて。あなたが無事に生まれて来てくれただけで、お母さん、親孝行も恩返しも全部受け取ってるから。……愛してるわ、【   】」


最後にもう一度 強く抱き締め、カヤノは娘をベッドに横たわらせた。
間もなく1歳を迎える小さな赤ん坊。
そんな彼女をこれ以上、守ってあげられない。

カヤノが一瞬たりとも目を離すまいと娘を見守る中、ナビィがそっと近寄り意識を集中させる。


「あまねく光の神々よ……この者を、遠くへ。輪廻に等しい、どこか遠くへ送り給え。願わくば、命繋ぎし者に出会えん事を」


娘の体がナビィと同じ青い光に包まれる。
それが面白いのか、きゃっきゃと楽しそうに笑い声を上げながら……娘は消えた。


「……」

「……カヤノ、行きましょう。ぐずぐずしてると気付かれるわ」

「……ええ」


後ろ髪を引かれながら、それでも振り切る。
ここに娘はもう居ない……どこにも居ない。


「【   】」


最後にもう一度だけ、娘の名を呼んだカヤノ。
それは誰の耳にも届く事無く、溶けて消えた。


++++++


どこかカヤノが通り抜けられる大きさの窓がある所は、と訊かれ、近くには無いのでそこまで案内する事に。
カヤノが居た部屋は一面が全面窓だが開閉は出来ず、開くのは換気用の小窓しかない。
早くしなければ気付かれてしまう……が、廊下の先、見覚えのある影。


「ダ、ダーク……!」

「どこへ行く、カヤノ」


今はガノンドロフの配下となってしまったダーク。
剣を片手に行く手を阻む。


「ダーク、あなたとナーガも一緒に逃げよう……!」

「……」

「駄目よカヤノ、【   】でも無理なんだから、二人以上なんてとても……」


どういう方法かは分からないが、ナビィの作戦はどうしても一人しか無理らしい。
相変わらずの無表情で動かないダークに、ナビィが懇願する。


「お願いダーク、ワタシ達を逃がして!」

「娘はどうした」

「え?」

「カヤノの娘だ」


囚われてから一度も会えなかったダークだが、カヤノの状況はある程度伝わっていたらしい。
いつか話したナビィの力でどこかへ送った事を告げると、一つ溜め息を吐く。


「俺は結局、お前を傷付ける事しか出来なかった訳か。お前がガノンドロフに犯されている事も、拷問を受けている事も知っていた」

「……」

「お前が娘を簡単に手放す訳がない。きっと傷付き苦しんでいるだろう? お前はそういう女だ。……リンクに嫉妬する余りに、神や運命を呪った余りに取った行動の結果が、これか」

「ダーク……」


それについてカヤノは彼を責められない。
自分だって神の定めた運命を憎み呪い、結果取った行動の果てに今、ここに居る。


「行け」

「え……待って、ダークは」

「俺を連れては行けんのだろう。ナーガも無理なら、お前一人で行くしかない」

「だ、だけど」

「ぐずぐずするな! 魔物が、最悪ガノンドロフが来るぞ!」


初めて聞いたダークの怒鳴り声。
顔も怒りに似た真剣な表情で……今までの無表情、抑揚の少ない平坦な声が嘘のよう。
だがそれも、すぐ収まって元の無表情に戻る。


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