それを告げられた時、カヤノは自分が絶望したのか喜悦を得たのか分からなかった。

囚われてからと言うもの、何度もガノンドロフに犯され、毎日のように快楽拷問を受け、地獄のような日々を味わって半年。
正直、こういう事になる可能性は十分にあったし、カヤノも分かっていたのは確かだ。

何故かカヤノを支配し我が物にしたいらしいガノンドロフは、体調を崩した彼女を配下ゲルドの医師に診察させる。
そうして出た診断結果は。


「身籠っているな」

「……」


誰の、なんて言われなくても分かる。
ガノンドロフ。
奴との子が、今、カヤノの胎内に。

嬉しい訳が無い。
ハイラルを、世界を手中に収めようと悪事を働き、ゼルダを追い詰め追いやり、今は愛せるようになった国を汚した男に強姦され、挙げ句に出来た子供なんて。
それなのにカヤノは、嫌悪や絶望を感じる事も出来なかった。

……産む?
そんな事が出来るだろうか。
そもそもガノンドロフが許さないのでは。
あの男は子供なんて面倒がりそうだ。

どうやら聖地でトライフォースを手に入れたらしいガノンドロフは、満ち足りた魔力の影響か、歳を取った様子が無い。
跡継ぎなんて必要無いだろう。
いつかシークに教えて貰った伝説の通り、ガノンドロフが入手できたトライフォースは1つだけで、残りは分裂してどこかへ行き、別の者に宿っているらしい。
そんな“不足している”トライフォースの魔力に何かがある可能性も捨てきれないので、跡継ぎ等は万全を期し持っていた方が良いだろうが、そんな事はカヤノが心配する事ではない。

だが。
カヤノが妊娠している情報が入ったガノンドロフが部屋にやって来て、こう告げた。


「産め」

「……」

「いいな」


奴が産めと言うなら拒否したい。
たが抵抗する力はカヤノには無く……それに、心のどこかで産みたいと思っている自分にも気付く。


「(どうして……? 私、嫌よ。愛してもいない人との子供なんて……)」


そう思おうとしても、心の隙間を縫うようにして湧き出る嬉しさを止められない。

結局カヤノは、ガノンドロフの命令通り子を産む選択をした。
抵抗する手段が無いから……なんて言い訳してみても、微かな嬉しさが消える訳でもない。
ただ素直に心から良かったと思えるのは、犯される事も快楽拷問を受ける事も無くなった事。
ガノンドロフが産めと言っているのだから、無闇に体へ負担を与えられないのだろう。

体調の不良に耐え、膨らんで行く自らの腹を見ていると、素直に幸福を感じられるようにもなった。
男の子かな、女の子かな、名前は何にしようかな……なんて、普通の幸せな妊婦のような事まで考えてしまう。


「(何やってるんだろう、私)」


リンクがこんな事を知ったらどう思うだろう、幻滅されるかもしれない。
ナビィやナーガが知ったら怒られるだろうか。
ダークやゼルダが知ったら……自分を責めてしまうかもしれない。

カヤノはそんな想像をしては胸を痛めながら、自分の腹をそっと撫でる。


「あ……。今、動いた……」


そこには確かに、命があった。


++++++


そして、カヤノが18歳を迎える年の春。
暗くおぞましいガノンの城に、生命に満ち溢れる泣き声が響き渡った。
予定より早かったが何とか無事に生まれたのは、女の子。
ゲルドの特徴が出た小麦色の肌に赤い髪。
瞳の色はどうやらカヤノと同じ黒らしく、顔もカヤノに似ているようだ。

カヤノが娘とマトモに対面できたのは、数時間経ち自分の体調が落ち着いてから。
産婆に手渡され、柔らかく簡単に壊れそうな体を抱き締めた……瞬間、ぶわっと沸き上がる愛しさ。
自然と涙が浮かんで、次々と頬を伝い落ちて行く。


「あり、がと……う……。ごめん、ね……」


何に対し礼を言っているのか、何に対し謝っているのか自分でもよく分からない。
ただその言葉が勝手に出て来た。


「あなたの名前は……【   】ね」


考えていた名前を告げると、娘が少しだけ笑ったような気がした。


ガノンドロフはなかなか娘と会おうとしない。
出産・子育て経験のあるゲルド族に教わりながら手探りで子育てをしていると、それだけで手一杯になり他を気にする余裕も無かった。
だから、だろうか。
娘にまつわる不穏な話が聞こえて来るのが、だいぶ遅れたのは。

それはある日の事。
城の限られた場所だけ移動を許されたカヤノが娘を抱いて散歩していると、通り掛かった部屋から話し声。
気にせず通り過ぎようとした所、娘の名前が聞こえて足を止める。
どうやらツインローバのものらしい声が語ったのは。


「【   】を生贄にねぇ……」

「(……!?)」


生贄……!?
と、思わず聞き耳を立てると、話がはっきり聞こえ始める。


「血を引いた娘の魔力なら馴染むだろう。殺して命の全てを使いカヤノに取り込ませれば……ガノンドロフ様お望みのカヤノが手に入るかもしれない」

「実行の日まで感付かれないよう注意しなきゃね。1歳を過ぎるまでは観察だけと行こうか。生まれて一年も経てば、保持する魔力が自身だけのものになるだろうよ」


声を上げそうになるのを必死に耐えた。
音を立てないよう慌てて部屋に逃げ帰り、扉を背に座り込むと娘をぎゅっと抱き締める。


「……殺す? 【   】を? 殺して、私に……」


恐怖で顔が引き攣り、涙が溢れて来る。
成り行きはどうあれ今のカヤノにとって、娘は大事な存在。
どう取り込ませるのかは分からないが……命が失われる事だけは確かなようだ。

抱いた娘に視線を下ろすと、カヤノの緊張が伝わったのか泣きそうに顔を歪めていた。
慌てて抱き直し、背中を優しく叩いてあやす。


「ごめんね、ごめんね【   】。怖かったね、大丈夫だからね……」


どうすれば娘を守れるのか。
瘴気に遮られているらしく、貢物である魔力が女神へ届かない為に高威力の魔法が使えない。
基礎魔法だけで何とかするにしても、娘を抱えていては多数の戦士や魔物から逃げ果せないだろう。
そもそもこの城は宙に浮いていて、周囲は溶岩で満ちたお堀……逃げ出せない。


「……どうしたらいいの」


娘が1歳になるまで、あと一月程しかない。
その間に娘を守る方法を考えなければ……。

恐怖と緊張に満たされる日々が再び訪れた。
どれだけ考えても良い方法が思い付かず、時間だけが過ぎて行く。

そして娘の誕生日も数日後に迫ったある日の事。
部屋に居たカヤノの元に、懐かしい声が届く。


「カヤノ……!」

「えっ?」


その声にまず我が耳を疑い、次いで扉に何かが当たる音が聞こえた。
期待を胸に満たしながら開けた扉の先には、青い光を放つ妖精が。


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