18-3



「……っ、待てルカリオ!」

「アイク?」


突然進み出たアイクがルカリオを制して穴の横にしゃがむ。
そして片手を伸ばし、コノハの頬に触れた彼の瞳から涙が零れ落ちた。


「アイク……」

「コノハ……すまん、守ってやれなかった……。お前にちゃんと想いも伝えられなかった」


以前、グランドタワーの来賓室で、戯れに聞こえるように好きだと言った。
あれが本心だったとコノハは気付いてくれただろうか?
彼女の知る“アイク”は遊びでそういう事を言わない人物だから、きっと疑問にぐらいは思っただろう。
こんな事になるなら想いと真実を打ち明けるべきだったと、後悔しても遅い。


「……お前の事が好きだった、コノハ」


耐えられなくなったアイクの口から嗚咽が漏れ、声を押し殺して泣き始める。
一体いつから好きだったのか、いつの間に好きになったのか。
それをコノハが知る事はもう無い。伝える事すら出来ない。
彼女の人生は終わってしまったのだから。

アイクが棺から離れた後、ルカリオが名残惜しそうにゆっくりと棺の蓋を閉める。
参列した全員が棺の上に土を掛け、残りをアイクが済ませて埋葬が完了した。
全員が目を閉じ、あるいは手を組み、コノハに祈る。


「さよなら、コノハ。ボクも近いうちにそっちへ行くからね。そうしたらまた、一緒に遊ぼうね……」


ピカチュウの呟くような声は、コノハに届かないまま風に消えて行く。
暫くは誰もが黙って祈りを捧げていたが、やがてマリオが口を開いた。


「さて。ルイージ、リンク、ロイ、マルス。お前達はこれからどうする? おれ達に協力してくれたら有り難いが、無理強いはしない」

「僕はマリオさ……えっと、兄さんと一緒に行動するよ」


双子の兄が居る事が判明したルイージは迷わず即答した。
彼は5000年前に祖国復興を託されて眠った一人。
元から孤児として保護される予定だった為にマリオ以外の身内は居ない。

しかしリンク達は違う。
彼らはこの時代で生まれ、リグァン王国とは何の関係も無い家族が居る。
おいそれと反政府組織に加担する事など出来ない筈だ。
一番に口を開いたのは、政府に勤める親戚が居るマルス。


「僕、どうしても家族が心配で……。特に従姉が政府直営の孤児院で働いているんです。身の安全が保証されなければ協力できません」

「そうか……まあ家族の事なら仕方ない」

「すみません。せめてあなた方の邪魔はしませんから」

「そうして貰えると助かる」


マルスの主張に、ロイとリンクも協力は出来ないと続ける。
レジスタンス達は残念に思ったが仕方ない。
いくら似ている生まれ変わりだと言っても、彼らは過去の彼らとは違うのだから。

帰り際、リンクがアイクに訊ねる。


「……また墓参りに来ても良いかな?」

「悪いがここは俺が個人所有していて、政府の目が届かない貴重な場所だ。拠点にしようと思っているから事が終わるまでは近付かないでくれ」

「そうか……」


コノハの埋葬場所としてもレジスタンスの拠点としてもうってつけの場所だ。
下手に近付いたら彼らが、そしてリンク達まで危険になってしまう。


「いずれ俺達は政府を倒す。そうしたらまた墓参りに来てやって欲しい」

「分かった。必ず来るよ」


一礼して、リンク、ロイ、マルスが去って行く。
それを見送っていた一行だったが、ふとネスが口を開いた。


「そう言えばレッド来なかったね。一応 呼んだんだけど。リュカ、連絡つく?」

「ううん。電話しても出ないんだ。忙しいのかな」

「まあ時間が出来たら向こうから連絡してくれるよ。それまで僕達だけで話そう」


これから先は本格的に行動する事を念頭に置かなければならない。
ジェネラルインストールであるアイクが居れば事は進み易い筈だ。
彼は基本的にリグァン王国の事はどうでも良かった為、今まで協力する事は無かったが……。
こうなった以上はレジスタンスと協力してグランドホープを滅ぼすと決めている。


「コノハ、必ず仇を討ってやるからな」


改めて口にし、決意を固めるアイクだった。



一方、レジスタンスの拠点を出たリンク達。
僕の家に来る? とのマルスの提案に乗り、彼の家を目指した。

誰も何も言わず黙々と歩き、黙ったまま列車に乗り、マルスの家に上がって自室にお邪魔する。
イーストエリアにある住宅の例に漏れず、屋敷と言った方が正しい家。
なかなか豪奢な部屋の中、リンクとロイも勝手知ったるようにソファーへ座った。
ふう、と息を吐いてからも全員が黙っていたが、ロイが静かに口を開く。


「コノハ、もう……居ないんだな」


いつもの快活さはすっかり消え去り、泣きはらした目で表情を失っているロイ。
リンクとマルスも同じで、誰もが沈んだ表情から元に戻れない。
彼らの脳裏に浮かぶのは明るく笑うコノハ。
一緒に当たり前の日常を過ごした彼女は、あっという間に手の届かない所へ行ってしまった。
自分達が全く知らない間に大変な事に巻き込まれ、全く知らない間に死んだ。
それが何より悲しくて悔しくて、やるせない。


「ルイージもアイツらと一緒に残っちまったし……どんどん日常が壊れて行くみたいだ」


リンクの言葉に、ロイもマルスも静かに頷いた。
みたい、ではなく、これから確実に壊れて行くのだろう。
政府を倒すというなら戦いが起き、内乱状態になるかもしれない。

退屈なまでの平和がもうすぐ終わりを告げる。
そしてそれはコノハの死がトリガーとなって引き起こされた。
まるで彼女は、世界の運命を切り替えるスイッチのようだ。
この街で巨大な力を持つアイクは彼女の死によって考えを変え、レジスタンスに協力を決めた。
これは途轍もなく大きな変化ではないだろうか。
結果的にコノハが居なければ、アイクはレジスタンスに協力しなかっただろう。

そして自分達の前世、仕えていた王妹の孫である彼女。
それを聞いたからだろうか、“守ってやれなかった”という思いが次から次へと湧き上がる。
滅入ったまま晴れない重苦しい気分を吐き出したくて、リンクが呟くように口を開いた。


「なあ。ピカチュウ達が言うにはコノハそっくりのアンドロイドが居るんだろ? 反逆者取り締まりの為に造られて、記憶や思考回路も完璧にコピーしてるっていう……」

「そんな事を言ってたな。コノハを見付けたら気を付けないといけないのか。……あ。そう考えると、コノハに会う方法なら一応あるんだな……」

「でもロイ、それは飽くまでコピーであってコノハではないよ。むしろ僕達にとって、敵と言っても過言じゃない」

「分かってるよマルス。けどコノハにもう一度会えるなら会いたいって思うだろ。会う方法があるのにそれが駄目だなんて、悔しいじゃんか」

「……」


反政府思想の者を取り締まる目的を持つアンドロイドは、それさえ無ければ容姿も思考回路も性格もコノハそのものだという。
政府が無くなればアンドロイドのコノハに会っても大丈夫だろうか。
それとも政府が無くなればアンドロイドのコノハは壊れてしまうだろうか。

レジスタンス達の安全を考えるのであれば、“革命が成ってもコノハのアンドロイドには無事で居て欲しい”と思ってはいけないだろう。
けれど当然、友人としては。
またコノハに会えるのであれば、例えそれがソックリなだけの偽物だとしても、無事に革命を生き延びて欲しいと願わずにはいられなかった。




−続く−


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