16-4



「コノハ」

「……」

「コノハ」

「……?」


声が聞こえる。
少しだけ嗄れたような……けれど優しい声。
重い瞼を開けると、倒れた私を覗き込む懐かしい顔。


「お、お婆ちゃん……!?」

「ああ、コノハ……あなたって子は……!」


どんな女性にも『こんな歳の取り方をしたい』と思わせる、淑やかで小綺麗な老婆。
間違いない、この人は私の祖母、ヨリお婆ちゃんだ。
どうして……と思った瞬間 私は、自分の身に降り掛かった悪夢を思い出す。


「あ……あ、ああ……」

「コノハ、もういいの。全部終わったのよ」

「お婆……ちゃん」


我慢できなくなった私はお婆ちゃんにしがみ付くと、小さな子供のように泣きじゃくった。


「うわああああぁぁぁっ!」

「コノハ、あなたは友達を庇って……あんな……目に……」

「こわ、か、った……! 怖かった、怖かったぁぁぁっ!!」

「うん、怖かったね。苦しかったね。もう大丈夫。あなたを苦しめるものは何も無いわ」


お婆ちゃんも涙を流している。
私は暫くお婆ちゃんに甘えるように、ずっと泣いていた。
お婆ちゃんは優しく抱き締めてくれて、背中を優しく叩いてくれて。
まるで、味わった苦しみを早く忘れるようにと。
私も もう何もかも忘れたい、何も考えたくない。
そう思っていた私の背後から、嫌に明るい声。


「いやあコノハちゃん、あっぱれ! 君は素晴らしい!」

「!? あ、あなたは確か、セレナーデさん……」


振り返った先に居たのは、容姿も声も性別の判断がつかない、美しい銀の長髪と金の瞳の、美しい人物。
彼(?)は満面の笑みでゆっくり拍手をしていた。


「正直 僕はね、キミがここまで頑張るとは思わなかったんだ。多分ガノンドロフに情報 吐いちゃうだろうなって思ってた」

「な、み、見てたんですか……!?」

「キミは何となく察してるだろ? 僕は“設定”や“キッカケ”を創る側の人物。世界に起きた出来事で僕が知れない事なんて無いんだよ!」

「……それで、私に何を言いに来たんです。祝辞?」

「いや、頑張ったキミにご褒美として、もう一度チャンスをあげようかなって思って」


え? と、私は良い情報だと思って反応した。
だけどお婆ちゃんは険しい顔で私とセレナーデの間に立ち塞がる。


「待って。あなたがどんな立場の人かは知っています。けれど私の可愛い孫娘をこれ以上苦しめるなら、許しません!」

「ヨリちゃん、キミの意見は知らないよ。決めるのはコノハちゃん。ピンチのお友達を助けられると知ったらどうするかな?」

「……!」


心配顔のお婆ちゃんを制し、セレナーデの説明を聞いてみる。
ガノンドロフが作り出した私のアンドロイド。
あれに私の精神を入れてくれるという。


「まあキミはもう死んじゃったから、キミ自身が生き返る訳じゃない。あのアンドロイドはキミとは完全な別人、それは確かだ。でもキミの身体を完璧にコピーしてくれてたお陰で、周囲の人にはコノハちゃんにしか見えないよ!」


正直、心が揺らいだ。
もうあんな痛い思いや苦しい思いはしたくない。
本当に怖かった。あれ以上の恐怖はあるのかってぐらい。
でも、あれ以上の恐怖が無いなら。
もう他に何も怖いものなんて無いような気がする。
強いて言うなら、私が命を懸けて守った友人達に危害が及ぶ事ぐらい。

……そうだよ、私、命を懸けて友達を守ったんだ。
そんな彼らが再び危機に陥るなんて……許せるもんか……!

あのアンドロイドに私の精神が入る事によって、反政府勢力を摘発する目的には使えなくなる。
まだあれ一体しか無いみたいだし、相当な痛手の筈だ。


「コノハ、もういいのよ。これ以上あなたが苦しむなんて耐えられない……! 私の事も話しておこうかしら……」

「おおっとヨリちゃんまだ言っちゃ駄目! まあ遠からず知る事になるだろうけど」

「あなたって人は……」

「さあ決めちゃってコノハちゃん! 早くしないとちょっとヤバイよ!」

「ヤバイ?」

「アンドロイドがもう起動してキミの知り合いの所に向かってるんだ。それだけでなく、かなーり強く復讐を誓っちゃった子達も居るね」

「え……!」


これはもう、迷っている暇は無い。
お婆ちゃんに思いっ切り甘えられて何だか心が落ち着いた。
私は……行かなきゃ……!


「お婆ちゃん、私、行くよ」

「コノハ……! 馬鹿な事はやめなさい!」

「ば、馬鹿って……決断を褒めて貰えると思ったんだけど」

「可愛い孫娘があんなに苦しんだ所へ戻るのを、止めない訳は無いでしょう!」


私だって本当は、久し振りに会えた家族にもっと甘えたかった。
だけど私は大事な友達を守らなくちゃいけない。
ううん、誰かに強要されてる訳じゃない。私が自分の意思で守りたいんだ。
それを告げると、お婆ちゃんは一つ息を吐いて私を抱き締めた。


「本当に……馬鹿な子……。だけど本当に勇気があって優しい子……。あなたが私に似なくて心から良かったと思うわ……」

「えぇーっ、私、美人なお婆ちゃんに似たかったんだけど……」

「ふふ、美人だなんて。でも外見が何ですか。若い頃の私より、今のあなたの方がずっと立派で素敵よ」


……若い頃に何かあったんだろうか。
だけど訊けないし、ゆっくり聞いている時間も無さそうだ。
また“次に私がここへ来た時”にでも教えて貰おう。


「会えて嬉しかったよお婆ちゃん。私、お婆ちゃんのこと大好き!」

「コノハ……」

「また会おうね。それまで私、頑張るから」

「ええ……でも無理はしないで。友達と力を合わせるのよ」

「分かってるって! っていうか私一人じゃ何も出来ないから、思う存分 友達に頼ります!」


泣きたいのを堪えて笑顔を作る。
ひょっとしたらお婆ちゃんもそうだったかもしれない。
セレナーデが少し急いだ様子で割り込んで来る。


「じゃあコノハちゃん、準備はいいかい?」

「はい!」

「うん、良い返事と良い顔だ。僕は今まで“主演の子”にそこまで深い思い入れは無かったんだけど、キミの事はすっごく好きかもしれない。頑張ってね。
 (まあアイクが替えたキミの部屋の鍵を戻したのは僕だし、ガノンドロフを焚き付けたのも僕なんだけど、これで許してね!)」


何かひっそり衝撃発言が聞こえた気がするけど無視しとこう。
セレナーデが手を翳すと、私の体が光に包まれる。
寂しそうな笑顔を浮かべるお婆ちゃんに満面の笑みを見せ、大きく手を振った。


「行って来ます、お婆ちゃん!」


大切な友達を守る為に。
私はもう一度、戦ってみせる……!




−続く−


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