16-3



「ピカチュウ、おい、ピカチュウ!」


ピカチュウとルカリオが囚われている部屋を、誰かが開いた。
何も無い真っ白な部屋に閉じ込められて18日程度、気が狂いそうになっていた二人は、虚ろな目でそちらを見る。
そこに居たのはアイクで、彼には珍しく汗を流して焦燥していた。


「あ、アイク……」

「やられた……コノハの部屋の鍵を開けられていた!」

「え……確かアイク、もう次にコノハが部屋から出るのは脱出の時だから、それまで出る必要も無いって密かに鍵を変えてた筈じゃ……」

「ああ。ルフレにも銃の訓練を中止するよう言っておいた。ガノンドロフも今までコノハを放置していたのに急に……何故だ……! とにかく一緒に来てくれ! もう黙っていられない!」


有無を言わさない勢いに、ピカチュウとルカリオも彼に従う。
連れて行かれたピット達の事も気がかりだった為に動けなかったが、こうなってはコノハを優先するしかない。
アイクは昔の王国を復活させる事に執念は無いので、反政府活動をしているレジスタンス達の安全は二の次。
ピカチュウやルカリオとしては複雑だったが、コノハの身に危険が迫っているとなれば、もう二兎は追えない。

アイク達はタワー内を走り、やがて来賓室がある階の警備を担当しているシェリフを見付け詰め寄った。


「おい、市長の客人はどうした!」

「え、ジェネラルインストール様……?」

「答えろ!」

「は、はあ、市長室に訪問した後の事は何も……」

「何か変わった事は!?」

「変わった事と申されましても……。あ、そう言えばさっき、兵士達が研究室から大きな箱を運び出していましたが……」


恐縮しているシェリフに構わず、兵士達が向かった先を聞き出して向かう。
そこはタワーの中層、ある大きな施設がある階。
前方に大きな……まるで棺のような大きさの箱を抱えた4人の兵士を見付け、ルカリオが身体能力を活かして飛び掛かった。


「その箱を下ろせ!」

「う、うわぁっ!?」


兵士の一人に跳び蹴りをかまし、衝撃に傾いた箱を支える。
隙だらけになったルカリオを狙った兵士をピカチュウが電撃で攻撃し、アイクが一人を問答無用で斬り殺した。


「ひぃっ……!」

「いいか、今から俺が許可するまで動くな」


大剣を突き付けて脅すアイクに恐怖し、動かなくなったのを確認して箱を下ろさせる。
アイクは閉じられていた箱に攻撃を加え、無理やり蓋をこじ開けた。


「……」


中にあったのは、醜い死体。
顔は恐怖と苦痛に歪み、苦しみ抜いた挙げ句 死んだ事が窺える。
嘔吐したと思われる口元と服はそのままで、異臭を放っていた。

その死体を、ピカチュウも、ルカリオも、そしてアイクも知っている。


「……コノハ?」


呆けたような声を出したのはピカチュウ。


「ちょっと、やだ汚いよ。口元ちゃんと拭きなよ」


言葉の内容は日常会話のようなのに、喋り方は淡々として、目は見開き呆然とした表情のまま。


「ねえ、ちょっとコノハ。無視しないでよ。ねえってば。ねえ」


アイクはしゃがんで箱……棺の縁に手をかけたまま呆然としていて、ルカリオは口元に片手を当てて戦慄いていた。
そんな中でひたすらコノハに声を掛け続けていたピカチュウは、急に箱の縁に乗ったかと思うと、勢いを付けてアイクの胸ぐらを掴んだ。


「ふざっけんなぁぁぁぁッ!!」

「……」

「おい、何だよこれ! ボクはこんなの望んじゃいないんだよ!! お前はコノハを最優先するんじゃなかったのかよッ!!」

「……」

「何とか言えよ!! そりゃボクとルカリオだってコノハを守れなかったよ! だから責任は僕らで三等分だ! だけどアイク、お前は自由に動けただろ! ならお前はコノハの傍に居るべきじゃなかったのか!! それが出来たのはお前だけなんだよ!!」


途中からぼろぼろと涙を零しながら、それでもピカチュウはアイクへの罵倒をやめなかった。


「どうしてコノハの傍に居なかった!! まさかヨリへの罪悪感か!? ヨリを守れなかった自分はコノハの傍に居る資格も無いってか!? でもお前は結局コノハに近付いただろッ! それを見てボクは安心したんだ、お前が傍に居てくれるなら、例えボクが居なくてもコノハは大丈夫だって!」

「……俺、は……」

「言い訳すんなぁぁっ!! 聞きたくないんだよ! もう何も聞きたくない! ボクはコノハの声が聞きたいんだよっ!!」


そこまで叫んで、ピカチュウは棺の中へ飛び込んだ。
そして醜く歪んだコノハの顔に縋り付く。


「コノハ……可哀想すぎるよ、こんな……。苦しかったの? 痛かったの? もう大丈夫だよ、すぐに綺麗にしてあげるから待っててね」

「……コノハ様っ……私は、二度も、主を……」


ルカリオも涙を零し、嗚咽を漏らし始める。
アイクはそれでも呆然としていたが、ややあってコノハの顔に手を伸ばした。
痛みに見開いた目を閉じさせ、苦しみに歪んだ口元も閉じさせる。
そうしてコノハの死に顔は、安らかになった。


「……ほらコノハ、もう苦しくない。お前はもう苦しくなんてないんだ」

「遅いよ、馬鹿アイク……!」


そう言ったピカチュウはもう、アイクを罵倒する気は無くなったようだ。
コノハを守れなかった責任は自分とルカリオも同じなのだからと。
アイクは自分に泣く資格は無いと思っているのか、目に涙を溜めるだけで泣きはしなかった。


「……死化粧くらいしてやらんとな」

「綺麗な服も着せてあげよう。うんと着飾って、お姫様みたいにしてあげるんだ」


優しげな声で会話するアイクとピカチュウに、3人の兵士は呆然とするばかり。

……この階には、ある大きな施設がある。
ゴミを燃やして処理する、そんな施設が。


「……コノハ様を燃やそうとしたのか。ゴミと一緒に……!」


ルカリオが冷酷な瞳で兵士の一人に歩み寄って行った。
その殺気に怯え、尻餅をついてガタガタと震える兵士。


「わ、私どもは命令されただけでっ……!」

「市長の命令か」

「はいっ……!」


アイクも立ち上がり、大剣を構えながら兵士に近寄った。
そして剣を突き付けると憎々しい声で指示を出す。


「遺体は俺達が預かる。そしてこの事は誰にも言うな。分かったな」

「は、はい! 決して誰にも話しません!」

「そうか」


次の瞬間、アイクは剣を一閃させ、兵士の首を刎ねた。
恐怖に戦いた残り二人の兵士が逃げそうになり、ルカリオが一人に飛び掛かって思い切り首をへし折る。
その間にアイクが残った一人を斬り殺した。

アイク達は4人分の兵士の遺体をゴミ処理施設に放り込む。
そしてピカチュウは通路の全面窓から見える街の景色を見下ろし、ありったけの憎悪を込めて呟いた。


「ルカリオ、アイク。ボクはこの街を滅ぼすよ」

「私も共に行こう。この命は元より捨てた命……復讐に捧げる事に抵抗は無い」

「俺も無論そのつもりだ。待っていろガノンドロフ、コノハが受けた以上の苦しみを味わわせてやる……!」


彼らが一番大事に想う少女は、もう居ない。
復讐を誓った三人は行動を開始した。


  


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