15-3
褐色の肌に獲物を狩る肉食動物のような鋭い眼差し。
服装こそ現代風のフォーマルなものだけど、その人物は確実にガノンドロフ。
彼はシェリフに指示して私を向かいのソファーに座らせると、そのまま部外者を部屋から立ち去らせてしまった。
シンと静まり返る二人きりの部屋。
この状況で、任天堂キャラと会えた事を喜ぶような呑気さを私は持ち合わせていない。
ガノンドロフは相変わらず鋭い眼差しで、重々しく口を開いた。
「幾つか質問がある」
「……はい」
「貴様は5000年前に滅んだ王国について知っているか?」
「……」
これ、どう答えたらいいんだろう……?
知っているのと知らないのと、どちらがガノンドロフにとって重要か分からない。
昔の王国の事を知っていたら危険だとして始末されるだろうか。
それとも知らなければ用済み扱いになって始末されるだろうか。
どうしよう、どっちも有り得る。
もしかして私、今、50%の確率で死にかけてる……!?
心臓がバクバクと高鳴り始めて、荒くなる息を悟られまいと必死で抑えようとした。
怖い、分からない、どっちを答えればいいの!?
いきなり生死を分けるかもしれない選択を迫られてしまった。
このまま黙っていれば諦めてくれないかと逃げの思考にまで入ってしまうけれど、それで何事も無くスルーされて終わる……なんて事はある筈も無く。
「答えろ」
「……」
迫られても迷いが抜けずに答えられない。
俯いたまま膝の上、片手で片手を握っても、何か力が湧く訳でもない。
すると突然ガノンドロフが、高級そうなテーブルへ何の躊躇いも無く拳を振り下ろした。
バン! と鼓膜が震えるような音が部屋に響き、私は小さな悲鳴を上げてしまう。
「ひっ……!」
「自分の立場が分かっていないようだな。貴様が死んだ所で俺には何の不都合も無いんだぞ?」
「あっ……う、ぅ……」
「答えろ」
私は、よく夢小説に出て来るような特殊能力を持った夢主とは違う。
何かに重大な影響を及ぼすような力は全く持っていない。
故に邪魔であれば、いとも簡単に始末されてしまうだろう。
勇気を出せ私!
こうして黙ったまま災難の方から去ってくれるのを待っていても、殺されるだけ。
更に今は、私を助けてくれる人はどこにも居ない。
助けを待ってても駄目だ。私が、自分で何とかしなきゃ……!
「……もし、知らないと言ったら?」
知っているのと知らないのと、どちらにも始末される可能性はある。
ひょっとしたら、どっちを答えても殺されるかもしれない。
何も分からない私が まずやらなくちゃいけない事は、ガノンドロフが何を求めているか聞き出す事だ。
答えてくれるとは限らない。
生意気にも探るような事を言った私を問答無用で殺すかもしれない。
それでも彼の求めている物が分からない以上、どうしたって殺される可能性は同じだ。
なら少しでも道が開ける選択肢を私は選ぶ!
ガノンドロフは少し意外そうに私を見た後、再び眼光鋭く私を睨み付ける。
「様子見だな。そして本当に知らないかどうか調べる」
調べる、どうやって。
政府やシェリフの力を存分に使うのか、私を拷問にでもかけるのか。
……両方かもしれない。
そして私が『知らない』と嘘を吐いていた事がばれた時にどうなるか……。
その時はもう、終わりだろうな。
決めた、正直に答えよう。
それで殺されるとしても、実際 私は昔の王国の事を少し知っているんだから、知らないと答えた所で結局は同じ事なんだよね。
一つ深呼吸をする。これで私の人生が終わるかもしれない。
覚悟なんて出来ないし未練だって山ほどあるけど、黙っていたら殺されるんだから、少しでも可能性の高い方を選んで腹を括らないと……!
「分かりました、正直に答えます。 ……“少しだけ知っている”という所です」
「ほう」
「確か植物に溢れた王国があったとか。それを滅ぼしてグランドホープが建国された。合っていますか?」
「その通りだ」
「後は私の連れていたピカチュウが、その王国の象徴だった事も知っています。ルカリオも関係者だったとか……それくらいですね」
「それを誰から聞いた?」
「えっ」
まずい、レジスタンスの事なんて政府に話せる訳がない!
焦ったけれど、ふとピカチュウがルカリオやピット達に何か話していたのを思い出す。
以前にピーチ姫達レジスタンスとの接触を迫って来たし、ピカチュウならきっと知っている。
ここは賭けるしか……!
「それは……ピカチュウに聞きました」
「……」
考える様子を見せるガノンドロフ。
お願い、何かあるなら早めに言って下さい。
待ってる時間が既に苦しいんですけど……!
ガノンドロフは結局何も言わないままソファーから立ち上がり、来い、と短く言って壁の方にある出入り口じゃない扉の方へ向かった。
当然 逆らえないので黙って付いて行く。
入ってみると左右に棚が並ぶ、物置らしい長方形の部屋。
どんどん奥へ行くガノンドロフに付いて行くと、奥の壁際に小型の樹木。
以前シュルクが私の部屋に持って来てくれたものと同じだ。
「こんな所に植物が……?」
私がそれを、言い終わるか終わらないかぐらいの時。
突然ガノンドロフが私の首を鷲掴み、そのまま壁に叩き付けた。
「あぐっ!?」
衝撃に咳き込もうとしても、首を掴まれていて上手く行かない。
壁に押さえ付けられたまま首を絞められ、呼吸が一気に詰まり始める。
宙に浮いた足をばたつかせても、彼の腕を必死で引っ掻いても、その大柄な体躯に相応しい力を持つ彼はびくともしない。
片手だというのに、それを感じさせない力強さでぎりぎりと首が絞められて行く。
「あ……あがっ……」
視界がぼやける。
私、答え方を間違った……?
走馬燈だろうか、故郷の世界の親しい人が次々と頭に浮かんだ。
お父さん、お母さん、お婆ちゃん、マナにケンジ。
ごめん、私……帰れそうにないや。
こっちに来てから何度か見た故郷の世界の夢は、結局は単なる夢だった。
死んだらお婆ちゃんに会えるかな……。
失われて行く意識は、この世界で出会った友人達を惜しむ時間までは与えてくれない。
それでも何とか最後にピカチュウを思い浮かべたけれど、別れの言葉を心で唱える事も出来ないまま、私の意識は闇に沈んでしまった。
++++++
「あれ、殺しちゃったの」
コノハの意識が消えた後、ガノンドロフの背後から聞こえた声。
現れたのは、流れるような銀の長髪に輝く金の瞳、真っ黒なスーツを身に纏ったセレナーデ。
億劫そうに振り返ったガノンドロフは一つ息を吐いた後、床に倒れたコノハを見下ろした。
「まだ殺してはいない。命の危機が迫れば能力を出すかと思ったが……。どうやら俺の心配は杞憂だったようだな」
ガノンドロフは倒れたコノハの側にある小型の樹木を睨み付ける。
セレナーデはそれを見て、もー、と溜め息を吐いた。
「だから言ったじゃない、その子は何の力も持ってないって」
「貴様はたまに意図の分からない嘘を吐くからな」
「あはっ、返す言葉もございませーん。で、その子これからどうするの?」
「本来なら用済みだが……まだ使えるかもしれん。昔の王国の関係者は恐らく他にも居る」
「その子を餌に全員捕まえて処刑ですかぁ?」
「“街の平和”の為だ。平和に犠牲は付き物だろう?」
「自分の支配を揺るぎ無い物にするのが目的のくせに」
物騒な内容の会話を不敵な笑顔で話し合う二人。
事態は少しずつ、しかし大きく動こうとしていた。
−続く−
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