15-1



「コノハ、コノハー」


私の名前を呼ぶマナの声。たまに見る故郷の世界の夢だ。
どうやら相変わらず大学生らしい私達は、いつものキャンパスで普通の生活をしている。
故郷でこれを“日常”に出来る日は来るんだろうか。


「こらー、話を聞けー!」

「お、わっ。ごめんボーッとしてた」

「ったく、彼氏が出来たからって浮かれてますなあ。ま、あんたがボーッとしてるのは今に始まった事じゃないけど」

「……」


はて、彼氏。
いつの間に私に彼氏が出来たのだろう。
一体どこの誰かと考えたら、ふと前に見た夢を思い出した。
確か私、ケンジに告白されたって……。

え、え、ちょっと待って。
時期が分からないけどまだ大学生だし一番可能性高いのケンジだよね?
えっウソ私まさか付き合う事にしたの信じられない!
これは夢だけど、何だか予知夢めいてると思ってしまってから、この夢の内容がいつか現実になるような気がしてしまう。


「で、で? 彼氏クンとはどうですかー?」

「どう、って、言われても……」

「ま、ケンジとは気心知れた仲だからねえ。やっぱり急に関係性が変わったりはしないか」


や、やっぱりケンジなんだ……!
うわー妙に恥ずかしい!
いつか元の世界に帰れた時、ちゃんと応対できないかもしれない!

出来るだけ悟られないように心の中だけでパニックを起こす。
何とか外面だけは平静を保っていると、マナが少し寂しそうな顔をした。


「やっぱり、時間が経つと変わっちゃうもんなんだよね」

「えっ?」

「何となく、コノハとあたしとケンジで、いつまでも変わらずに居られるような気がしてた。ううん……そうであって欲しいって願ってたんだ、自覚が無いままで。でもコノハとケンジが付き合い始めて、関係が変わってさ……。いつまでも変わらないままじゃ居られないんだよなあって思うと、ね」


ひょっとして私、ケンジと付き合い始めてからマナを蔑ろにしてるんだろうか。
ケンジとばっかり一緒に居てマナとの誘いは断り続けてるとか。
そんな不安が顔に出てしまったのか、マナは笑って手を振る。


「あはは、別に疎外されてるとか思ってないよ。寧ろもうちょい彼氏に構ってあげてってくらい、コノハはあたしと一緒に居てくれるし。ケンジにヤキモチ焼かれるのあたしなんだからさぁ、もっと相手してあげなよ」

「アイツがヤキモチなんて焼くのかな……」

「焼く焼く! あーあー、あたしもそろそろ恋人探そっかなぁ」


変わってしまったとマナは言うけれど、こうして変わらず親友で居られる。
そしてこの先何十年も、老人になってもずっと続けて行きたい関係だ。
ケンジも……正直 付き合うとかそういう事は実感し難いし、異性だから独身を続けない限りは変わらない関係なんて難しいだろうけど。
お互いに息災で、ずっと平穏に友人関係を続けられたら良いと思ってる。

……でも、私は本当にケンジと付き合ってしまうんだろうか。
ていうか……。


「……ケンジは私みたいなののドコに惚れたんだろう」

「惚れる要素なら結構あると思うよ? コノハはこう見えて優しいし」

「やさっ……やめてよ恥ずかしい」

「本当の事なのに〜」

「大体さ、ケンジならもっと美人とか狙い放題じゃない? 私みたいな凡顔女を彼女にして何か楽しいの?」

「別にブサイクじゃないんだから良いじゃん。ま、アンタのお婆ちゃんみたいな人が身近に居たら自信失くすのも分かるけどね。アンタのお婆ちゃんの若い頃の写真 見せて貰ったけど、すっごい美人だったねー」

「そうなんだよ、私にその血がもうちょっとでも受け継がれていたら……!」


お婆ちゃんの若い頃は本当に、どこのお姫様だってくらい美人だった。
私が実際に見た事があるのは歳を取った姿だけど、それでも気品が感じられる小綺麗なお婆ちゃんで、見ればどんな女性にも『ああいう歳の取り方をしたい』と思わせる程。

お婆ちゃんは母方だから、私は父方に似たのかな……。
い、いいんだお父さん似でも私が両親の子かつお婆ちゃんの孫って事に変わりは無いし!
それに目元とかちょっとしたパーツなら似てない事も無いし!

そんな会話をしながら歩いていると、前方に見知った顔。
……うわ、ケンジだ。


「コノハ」

「あ、やっほーケンジ……」


やっぱり上手く応対できない。
夢の中だけどすっごい気まずい……そう感じてるのは私だけなんだろうけど。
その通り、マナは何でも無くおちゃらけた調子を出して。


「おーっとケンジさんあたしはお邪魔かね!?」

「邪魔とは言わないけどもう少し遠慮しろよ。まだデートの一回もしてないんだぞ」

「え、ちょ、さすがにそこまでとは思わなかった! コノハ、彼氏 蔑ろにしちゃ駄目じゃん!」


付き合ってどのくらい経ってるんだろう。
デートをしてない事にマナが驚愕してるくらいだし、ひょっとしたら一ヶ月くらいは経ってるのかもしれない。
気温は暑くもなく寒くもなく、秋頃だって言われたら納得する。
3DSのスマブラの新作……forだっけ?
正夢になるかどうかは分からないけどあれ、確か前の夢で9月頃の発売だったよね。
じゃあ今は10月頃だったりするんだろうか。


「んもーコノハってば、恥ずかしいのは分かるけど告白OKしたんでしょ? なら覚悟決めて腹括ってケンジとデートの一つでもして来なさい!」


あたしは先に帰るからね〜、と笑顔で手を振りつつ去って行くマナ。
取り残された私は追い掛ける事も出来ずに立ち尽くすだけ。
お互いに黙ったまま、沈黙が数十秒は続いた後だろうか、ケンジが頭を掻きながら静かに口を開いた。


「……俺ら、付き合う前の方が自然に一緒に居られたよな」

「……そう、だね」

「でも別れるなんて選択肢は無いぞ。取り敢えずお前もうちょっと俺に慣れろよ」

「な、慣れろって言われても、ケンジとは高校の頃からずっと友達だし……」

「だからほら、今から遊びに行く。折角マナも気を使ってくれたんだしな。ゲーセンとかならお前も気負わずに遊べるだろ」

「ゲーセン……」


ふと思い出す。
トリップする前、ケンジと一緒に行ったゲーセン。
あそこでピカチュウのぬいぐるみを取ってくれたんだっけ、私のお金だったけど。
何だか妙に懐かしく感じるなあ。
いつだったか前に見た高校時代の夢で聞いた、マナの亜空の使者一緒にやろう発言といい、郷愁を覚えさせるには充分すぎる言動が忘れられない。

ん、とケンジが片手を差し出して来る。
手を繋ぐつもりなんだと分かって急に心臓が苦しくなってしまった。
だけどこれは夢なんだし、なら別に恥でも何でもないよねオッケー度胸見せろ私!
ドキドキしながらケンジの手を握って……。


「……」


おはようございまーす。


「…………ねーよ」


これはひどい。
もはやコントレベルのタイミングで目が覚めた。
私の決心を返せ。


捕まってからもう10日以上が経った。今日で11日目だろうか。
後々ルフレから聞いた話によると、この政府中枢の5000mの塔は【グランドタワー】って呼ばれてるみたい。
あっさりシンプルな名付け、嫌いじゃないよ。
っていうか名付けというより、いつの間にかそう呼ばれるようになった的な感じらしい。

銃の訓練は続けていて、そこそこ上達したと思ってる。
だけどこれから先どうなるかの見通しが全く立たないから不安が拭えない。
あれからアイクは来てくれないし、相変わらずピカチュウとルカリオにも会えないし。
暫くは一人で何とかするしかないんだよね……。
幸いにも毎日会っているルフレがそれなりに好意的だ。
彼女(現在は“彼”)とも良い関係を築いて行かなくちゃね。

今日の訓練は午後からだったと予定を確認する。
さて午前中は何をしようかな。
バイトする事も無いし、ルフレ以外に誰とも会えないから暇で暇で……。


×  


RETURN


- ナノ -