14-3
夢を見た。だけど今度は故郷の世界の夢じゃない。
どこだか分からないけれど、緑あふれる草原のような場所に居る。
風に揺れる草も、葉擦れの音を心地よく響かせる木も、全てが瑞々しい。
何となく天国とはこんな場所なんじゃないかと思った。
さて何の夢だろうと思って座り込んでいると、突然、目の前に巨大な何かが現れる。
何だろうコレ……4本足の大きな……鹿? 鹿なのか?
ちょっと機械のような印象も受ける白くて大きな体。
頭には白い大きな角を2本 生やしていて、背中には白い大きな翼。
やっぱり鹿に見えるなあ、何なんだろこれ。
何も出来ずに呆然と見上げていると声が聞こえて来る。
少々くぐもったように聞こえる、口から出しているのではないような……まるでテレパシーのように感じる声。
『あなたはヨリさんの血を引いているんですね』
「ヨリ……? ヨリって、私のお婆ちゃんの名前だ」
『そうですか、あなたはヨリさんの孫……』
「お婆ちゃんを知っているんですか?」
目の前の生物が話しているんだろう。
声が優しいので何となく恐怖が湧かずに話を続けてみた。
目の前の生物はクスリと小さく笑うと、質問に答えてくれる。
『僕はカムイ。このような姿で驚かせてしまいましたね。竜なんて見慣れていない人が多いと思いますから』
竜だったのかこれ。
正直な話、鹿に見える……なんて言わないようにしよう。
カムイさん? は優しげな雰囲気だけど、会ったばっかりだし何が地雷か分からない。
声からして男性だろうな。
もし彼が任天堂キャラだったら敵サイドか味方サイドかぐらいの予想はつくんだけど、
カムイなんてキャラ全く知らないからなあ……。
FE外伝にそんな名前のキャラが居た気がするけど、あの人は竜じゃないし。
竜のカムイなんてキャラは任天堂ゲームには居ない筈。
きっとピットと一緒に居た孤児の子達や、前に出会った地下鉄の社長令嬢みたいに、任天堂とは全く関係ないグランドホープのヒトなんだろう。
……いや、その前にこれは夢な訳だけど。
意識がやたらハッキリしているから夢じゃないみたい。
『どうかしましたか?』
「あ、いえ……これ夢だと思うんですけど、イヤにハッキリしてて……」
『夢ではありませんよ。正確には、あなたの夢に干渉して話し掛けています』
「それ夢じゃないですか」
『……そう言えばそうですね』
あれ? なんか急に声が女性になった。
ひょっとしてこのヒトもルフレみたいに性別が変わるんだろうか。
竜だし外見じゃ全く分からないけど。
『ヨリさんの血を引くあなた、名前を教えて頂けませんか?』
「コノハといいます」
『コノハさん……素敵なお名前ですね』
「お婆ちゃんがつけてくれたらしいんですよ」
『あら、そうなんですか』
「お婆ちゃんと知り合いなんですね」
『ヨリさんは大切な友人です。守ってあげたかったのに……守れなかった。彼女は元気にしていますか?』
「……死にました」
『えっ……』
カムイさんが絶句する。
表情は全く窺い知れないけれど呆然としているらしいカムイさんに悪くなって、お婆ちゃんは眠るように、安らかに死にましたと言ったら少し我を取り戻してくれた。
『そうですか、ヨリさん……もう、どこにも居ないんですね』
「あ、また声が男性になった」
『? ああ、これですか。あなた方と姿が違うので分かり辛いかもしれませんが、僕の中には僕と私、2つの性別があるんですよ』
「おぉわっ! また急に声が変わった! 双子なんですか?」
『いいえ、一応 人格は一つだけです』
「へえ……私の知り合いに不思議な双子が居るのでつい、あなたもそうかと」
『それは、その双子は……まさかルフレさん?』
ん、んんっ!? ルフレと知り合いなのかこのヒト!
これが夢じゃないなら世間ちょっと狭くない?
「そうですルフレって名前です。白髪の双子で、入れ替わりながら生活しているとか」
『間違いありません、私の知るルフレさんです。元気でしたか?』
「はい。あの人も友人なんですか」
『ルフレさんは言うなれば、私の子です』
オトウサマ兼オカアサマですと!? 一人で産んだんだろうか、っていうか出来ちゃうのか!?
カムイさんが言うには、ある日突然 自分の側に赤ん坊が居たらしい。
捨て子なんですか? と訊ねてみたら、自分の住む地には人間が居ないから有り得ないだろうって。
性別の件といい感じる雰囲気といい、カムイさんの魂から分かれた存在だと思うってさ。
他に人間が誰一人居ない所で過ごさせるのが可哀想で、こっそりグランドホープに行って子供を欲しがっていた夫婦に預けたんだとか。
今みたいにその夫婦の夢に出て……なるほど、そういう使い方も出来る訳か。
……ん? カムイさんってグランドホープのヒトじゃないんだ。
まあこんなに緑あふれる場所だし、確かに違うだろうけど。
じゃあドコなんだよココは……。
『ここには動物なら沢山 居るのですが、人は一人も居ません。人間が滅亡してしまった訳でもないのに、そんな場所で人を育てる訳にはいかないと思ったんです』
「まあ確かに言えてますね。ところでココってドコなんですか?」
『外ですよ』
「いやそれは見れば分かりますって! 具体的に! お願いします!」
『具体的に……そうですね、でもそろそろあなたの目も覚めますし、今日はもう時間が残っていないみたいです』
「なんですと!?」
そう言えば体の感覚が何だか変だ。
確かに私は今 起きているのに、目が覚めそうな不思議な感覚。
それなら仕方ないか、っていうか私これを現実だって受け止めちゃってるな。
『コノハさんと話せてよかった。出来れば今度はヨリさんのお話を聞きたいです。交信が成功するとは限りませんが、ヨリさんの血を引くあなたなら、他の人よりは成功し易い筈』
「いいですよ。私が知ってる限りのお婆ちゃんの事を話します。また会いましょう」
『ええ、また』
そこまで会話して、目を覚ました。
うん間違いない。捕まっている塔で私に与えられた部屋だ。
さっきまでのは夢だけど夢じゃなかったってやつかな?
お婆ちゃんに竜の知り合いなんて居たんだ。
……えっと、なんでお婆ちゃんと知り合いなんだろ?
カムイさんが居たさっきの場所は地球なんだろうか。
もしこの世界のどこかだったら、お婆ちゃんと知り合いになる訳ないし。
と、そこで一つ思ったのが、お婆ちゃんがこの世界に来た事があるんじゃないかって事。
物凄く突拍子も無い話に思えるけど、私が異世界トリップした理由が“お婆ちゃんに間違えられたから”だと考えると可能性が無い訳じゃない。
お婆ちゃんの若い頃の写真を見た事がある。
顔はそこまで似てなかったけど、目元とかちょっとしたパーツが似てた。
「……お婆ちゃんと会って話したいな」
例え元の世界に帰れたって それはもう叶わない。
カムイさんの言った事が本当なら、お婆ちゃんもカムイさんに会いたかっただろう。
異世界へ行くのも元の世界に戻るのも簡単な事じゃないだろうし、どんな思いでカムイさんと別れたんだろうか。
身を引き裂かれる思いだったかもしれない。
そして私も元の世界に帰りたいなら、そんな思いをしなければならない。
この世界で仲良くなった友人達と別れ……ひょっとしたらピカチュウやルカリオとも。
特にピカチュウと別れるのが辛くてしょうがない。
まだたった3ヶ月半程度の付き合いだけど、彼は一番の親友だ。
なーんて思ってるの知ったらマナが怒るだろうな、
「一番の親友あたしじゃないの!?」って。
「マナだよ、一番の親友は。ピカチュウは飽くまでこっちの世界で一番の親友。あとピカチュウは一応 異性だから完全に別カウントじゃないかな。あ、今度はケンジが怒ったりして。うーん、あいつはそんな性格じゃないか?」
実際にマナに文句を言われた訳ではないけれど、傍に彼女が居る体で言い訳をしてみた。
ついでにケンジに対しても言い訳してみたり。
ああ、会いたいな、なんて。
お婆ちゃんもカムイさんを思い出しては胸を痛めていたんだろう。
そんなお婆ちゃんの気持ちを考えると、息苦しくなるくらい胸が痛くなる。
「……辛いね」
ベッドに寝転んだまま、自分とお婆ちゃんに向けて言ってみた。
−続く−
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