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返答しようと口を開きかけたネスを遮り、勢い良く後ろを振り返ったルカリオ。
「コノハ様!」と叫んだかと思うとすぐに私の傍まで来てしまった。
それと同時になだれ込んで来る、同じ制服の集団……シェリフだ。
入り口の方に陣取り逃げ道を奪うと、無線のような機械でどこかに連絡を取る。


「市民証不所持の孤児達を発見した。これから保護に当たる」


子供達から血の気が引いていくけれど、そんな事など構う気は無いらしい。
っていうか“保護”? 本当に保護する気なんてあるの?
だって保護するだけなら銃を持つ必要なんて無いでしょ。
危険な、言うなら反政府思想の大人が居る可能性も考慮しているのかもしれないけど、その銃口を子供達へ向ける必要なんて無い筈。

ピカチュウが私の足下、やや前方に陣取る。ルカリオはその少し右側。
シェリフ達が続々とこちらへやって来る……けれど、次の瞬間。


「PKサンダー!!」

「!?」


ネスとリュカの声が廃ビル内に木霊し、次いで目や耳を覆いたくなる程の閃光と轟音。
閃光はシェリフ達の頭上から雨あられのように降って来る。
PKって……PSI!? え、まさか2人とも本当に原作通りの超能力者だったの!?
それを合図に子供達がばらばらに、けれど出来るだけ離れないようビルの奥へ走り出す。
私が呑気に感動していると、ルカリオとピカチュウの声が鋭く耳を突いた。


「コノハ様、逃げ道が空いております! あなたは外へお逃げ下さい!」

「ボク達もすぐに追い掛けるから大丈夫! ここの子達は勝手知ったる彼らに任せよう!」


他に逃げ道があるのか、普通に出入り口から出る気は無さそうな子供達。
確かに地理にも彼らの事情にも疎い私達が傍に居たら邪魔になるかもしれない。
ルカリオが示す先、PKサンダーにやられてシェリフ達が倒れ、出入り口が空いている。
迷わずそちらへ駆け出そうとするけれど……、
ふと安全確認の為にまだ立っているシェリフ達へ向けた視線が、とあるものを捉える。

悔しげな顔の一人のシェリフ、今にも発砲しそうにトリガーへ掛けられた指。
狙う先は、逃げ惑う子供達。
私にくっ付いていた為、他の子より少し遅れている少女。


「……エイネちゃん!!」

「コノハッ!?」


出入り口の方へ向いていた自分の足を、バネのように弾いて方向転換する。
焦ったようなピカチュウの声を背後に踏み込んだ銃弾の軌道上。
乾いた破裂音と、私の右肩、二の腕辺りに激痛が走るのはほぼ同時だった。


「っうぅ……!!」


全く慣れていない激痛に足が震え、走っていた勢いのまま滑り込むように床へ倒れる。
なんだこれ、痛い、痛いっ……!!

もう一度、今度はルカリオとピカチュウの声が同時に私を呼ぶけれど、痛みに転がった私は膝を立てる事もそちらへ顔を向ける事も出来ない。
出来るのは ただ右の二の腕を押さえて、無様なまでにうずくまる事だけ。

すぐもう一度破裂音がして、私の頭すれすれで何かが弾けた。
そして数人分の足音が私の傍で止まり、その重い足音はピカチュウ達でも子供達でもない、シェリフのものだと気付いた時には全てが遅かった。
私に突き付けられる銃。それでも痛みに負ける私の体は言う事を聞かない。


「動くなお前達! これ以上抵抗するならもう一度この女を撃つ!」


広がるざわめき、不安そうな子供達の声の中には、私の名を泣きそうに呼ぶものも。

……違う。私、足手纏いになりたかったんじゃない。
私が異世界トリップなんてしたのが間違いでも手違いでも、そもそもこの世界に私なんて必要じゃなくても良い。
だけど積極的に邪魔をするような足手纏いになるなんて嫌だ。

私の事が必要無いなら、静かにフェードアウトさせてよ!
もう二度と任天堂キャラ達に関われなくても良いから、元の世界に帰してよ!
邪魔をして彼らを危険に晒すなんて、そんなの望んでない!

いくら心の中で叫んでも、突然私が特殊能力に目覚めてこの場を乗り切ったり、光に包まれて元の世界へ帰れたり、そんな都合の良い展開にはならなかった。
撃たれていない方の手を掴まれ無理矢理立たされた私の目に飛び込んで来たのは、シェリフ達に銃を突き付けられて追い立てられ、ビルから出て行く子供達。
ピカチュウとルカリオは私から少し離れた所でしゃがみ込み、そちらも銃を突き付けられている。


「ピカチュウ……ルカリオ……」

「コノハ様。なぜお逃げにならなかったのですか」

「ごめ……私、足手纏いに、なるなんて……そんな、つもりじゃ」

「責めたいのではありません。驚いただけです」


ルカリオは私を見ないまま、淡々と呟くように話す。
その声音には怒りも呆れも感じられず、むしろ労るような調子さえ感じて、こんな状況なのに少しだけ落ち着いた。
だけど痛い。右の二の腕辺りが焼けるように熱くて涙が自然と溢れて来る。
左手で押さえると流れ出る血の感触がはっきり感じられて気持ち悪くなった。
ピカチュウは私の方を見て、撃たれた傷を気にしてくれている風。


「シェリフの人達、彼女を早く手当してあげてよ」

「逆らった癖に図々しい奴だな。言われずともそれくらいはする。この女に死なれるとこっちが困るのでな」


……?
私に死なれると困るって、どうして。
だけど今の私はそれを質問するより先に、気にしなければならない事がある。
私は消え入りそうな声でピカチュウ達の身の安全を懇願した。


「お願いします、子供達も、ピカチュウとルカリオ……そのふたりも、殺さないでください。お願いします……」

「これ以上逆らわなければ傷付けはしない。暫く監視下に置く事になるが」

「……」


それが本当である保証なんてどこにも無い。
こんな無体が許される国なら、呆気なく殺されるかもしれない。
けれど嘘だろうが本当だろうが、私には何も出来ないのだから、例えその場しのぎの口約束でも信じて心の糧にするしかない。

シェリフの一人が私の傷の応急処置をしてくれた。
痛みは酷いけれど止血は出来たし、この場での命の危険は去った。
やがて応援を呼ばれたのか新たなシェリフがやって来て、私達は引っ立てられて行く。
その行き先は分からないけれど、楽園じゃない事だけは確かだった。


+++++++


ノースエリア陸地の北限、政府の中枢となる5000mのタワー。
その中腹にある外壁に立ち、遙か下方の街々を見下ろす二つの影。

一人は流れるような美しい銀の長髪に金の瞳、黒いスーツを身に纏う者。
外見が中性的で性別の判断はつかない。この者の名は“セレナーデ”。

一人は流れるような美しい黒の長髪に銀の瞳、赤い派手な着物を身に纏う者。
外見は凛々しいが女性だと判断できる。この者の名は“ネラージェ”。

セレナーデは楽しそうにクスクス笑い、真顔のままのネラージェへ話し掛ける。
声まで中性的で、聞けば余計 性別の判断に苦労してしまいそうだ。


「ねえねえネラージェちゃん知ってる?」

「何をだ」

「ここ、グランドホープって名前の街じゃん。その名前の意味わかる?」

「意味? ……“偉大な希望”とか、そういう感じの意味か?」

「まあそういう良い意味をイメージして付けた名前なんだろうけどさ、“Grand”にはそういうポジティブな意味だけでなく、“思い上がった”とか“自惚れた”とかそういう意味もあるんだよ。犯した罪が重い時にも“Grand”って頭に付けたりするみたい」

「それで何が言いたいんだ?」

「いや……ふふっ、分かるでしょ」


セレナーデは心底楽しそうに、広大な街並みを見下ろす。
“普通”であれば見渡すのも困難を極めるであろう広さも、“ここ”なら通常より良く見渡せる。

これからこの街が、世界がどう転ぶのか。
何よりも“彼女”がこれからどうなり、どういう決断を下すのか。
それらが楽しみで楽しみでしょうがない。


「グランドホープ、グランドホープ、っと……」


楽しげなセレナーデの笑いと呟きに、ネラージェはそれ以上、反応を示さなかった。




−続く−


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